戸倉
2024-06-29 02:34:32
22053文字
Public 終わらない牧台シリーズ
 

終わらない牧台⑤

【ニコラス・D・ウルフウッドと秘密のボックス編】
・現パロ W23歳 会社員 × V 23歳 売れない役者
・4年前に失踪したVと再会して同居5か月目
・リヴィオやミリィが出てきたり
・キスに関する暗黙の了解でもちゃもちゃするふたり
・付き合ってない



「ミリィ・トンプソンですぅ」
 ニッコリと人好きのする笑顔を浮かべた茶髪のロングヘアの女性。その横で鼻高々に紅茶のカップを傾けるメリルを見て、ヴァッシュは頬を緩めた。多忙なメリル待望の新人が入ってきたというわけだ。ヴァッシュの所属する芸能事務所にはそれなりの人数が所属しているのだが、手放しで売れていると言い切れる役者はほんの一握り。そのため、マネージャーは兼任が普通になっていて、新人が入ってもその仕事の不規則さと激務にすぐに辞めてしまうと聞いていた。だからこうしてヴァッシュをわざわざ呼んで紹介するということは、彼女――ミリィが待望株ということは間違いない。
 これで少しはメリルの負担が減ればいいのだが、そんなことを心配する前に自分の仕事を増やせとお小言を食らうのがオチだ。ここは黙っておくのが吉。ヴァッシュはミリィがこの事務所に入所することになったきっかけを笑顔で聞きながら、メリルおすすめの夏限定マスクメロンプリンパフェに舌鼓を打つ。
――ということですので、これからはわたくしとこのミリィでこれまで以上にヴァッシュさんのサポートをしていきますので、よろしくお願いします! それで、一つご相談なんですけども……ミリィもこれからヴァッシュさんたちのお宅を訪れることがあるかもしれませんし、ウルフウッドさんにご挨拶しておいた方がよろしいでしょうか?」
「えっ、ウルフウッドぉ? なんで?」
「だって、なんといいますか、ヴァッシュさんといったらウルフウッドさん……でしょう?」
「なにそれ、そんな風に思ってたの?」
「先輩の言ってたヴァッシュさんのコイ……!」
「ミリィ~~~~~!」
 メリルの腕がピンと斜め上に向かって伸び、ミリィの口元を覆う。ついでに口の端についたさくさくのミルフィーユ生地の破片を取ってやる姿はどこか保護者のよう。
 ミリィが後輩としてメリルの下についてから十日経つが、素直すぎるところが時々危なっかしい。担当する役者たちのことを知るのはスムーズな業務に繋がる。だからこそメリルは自分の知る限りのヴァッシュのことをミリィに伝えていたのだが、ここ数か月のヴァッシュを語るにおいてウルフウッドの存在を欠かすことはできず、つい先日もいかに今のヴァッシュにとってウルフウッドが生命線なのかということを熱弁してしまった。それをミリィは恋人と判断したらしい。
「えーと」
 ヴァッシュはマネージャーたちの不思議なやり取りに困り果て頬を掻く。
「うん……。そうだなぁ、君たちならいつ来てくれても大歓迎だけど、あの家の家主はおれじゃないから、一応ウルフウッドに事前に話しておくね。まぁ、きっとアイツならオッケーしてくれると思うよ」
 今のところ、あの家に誰かが足を踏み入れたことはないし、招いたこともない。ウルフウッドは家主なのだから好きにすればいいのに、誰かを呼ぶ気配もない。
「最近はどうですの? お仕事の方はこちらで把握してますけども、暑くなってきてヴァッシュさんが体調を崩されているのではないかと心配してますのよ」
「おれは大丈夫だよ。暑くて食欲ないって言って食事を抜こうとしても許してくれない男が一緒に住んでるからねぇ。食欲なくても食べられそうなさっぱりしたメニューを考えてくれたりしてさ……
「栄養面もしっかりされていて安心ですわ。さすがウルフウッドさん」
「うん、すごく助かってる。でも、一緒に暮らしてると変な暗黙の了解みたいなのが出来上がって、今さらなんでこんなことしてるの? なんて聞けなくてさ……ちょっとモヤモヤすることもある。で、今度こそ聞いてやろう! って思うのに、なんていうか、アイツを前にすると何も言えなくなって委ねちゃうっていうか……
 踏み入った内容を口にしたヴァッシュが珍しく、メリルは目を見開いてミリィと顔を見合わせる。もちろん具体性はぼやかしているが、メリルが推察するにそれはきっとウルフウッドの方とて同じなのではないかと思う。知りたくて聞きたくて、でもそうせずに相手に甘えて「なんとなく」を貫き通している。
「その暗黙の了解を、日常にしてしまうというのはダメなんですの?」
「へ?」
 メリルはさらりと言い放つ。一瞬にしてヴァッシュの脳内に妄想が駆け巡った。
 朝起きて、出勤前のウルフウッドのネクタイを丁寧に締める。靴を履き今まさに出かけようとしている男がヴァッシュの顎にそっと触れるのを合図に「いってらっしゃい」と微笑んで幸せそうに自ら唇を合わせる自分の姿――
 想像するだけでまるで劇薬でも飲んでるみたいに身体が熱くなり、ヴァッシュはテーブルに額を強く打ちつけた。素面でなんて無理に決まっている。一度だけ自分からウルフウッドにキスをしたことがあるが、あれは単なるお礼のつもりだったし触れるだけのものだった。今は違う。酔いと疲れに任せて舌を絡ませるアレを日常に――? 考えるだけで頭が逆上せそうだった。
「それは、むり」
「でもそのままモヤモヤしてるのはきっと辛いですよ」
 はっとしてテーブルから顔を上げると、ずっと笑顔だったミリィが眉根を寄せていた。隣のメリルも同じ表情。分かっている。このまま更に奥地へと踏み込むか、今までのことなんてなかったかのように一線を引くか。けれど、そうして壁をつくることでこれまで築き上げた生活にヒビを入れるのは絶対に嫌だった。