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戸倉
2024-06-29 02:34:32
22053文字
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終わらない牧台シリーズ
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終わらない牧台⑤
【ニコラス・D・ウルフウッドと秘密のボックス編】
・現パロ W23歳 会社員 × V 23歳 売れない役者
・4年前に失踪したVと再会して同居5か月目
・リヴィオやミリィが出てきたり
・キスに関する暗黙の了解でもちゃもちゃするふたり
・付き合ってない
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「久しぶりに見ました、その懺悔箱」
「すまんなぁ、探すの手伝わせて。ここ出る時にリヴィオに預けたとこまでは覚えとったんやけど」
「
――
何に使うんですか? ソレ」
「懺悔箱の使い方ちうたら、アレやろ」
箱のてっぺんについた十字架のモチーフを指で弄りながらウルフウッドは言葉を濁す。
「バチかぶりーなコトとか、道ハズレーなコトとか。人間生きとったら何ぞあるやろ」
「ニコ兄、懺悔したいことがあるんですね」
「誰だってあるやろ
……
」
それ以上は訊くなと言われていることを察し、リヴィオは黙って側にあった子ども用の椅子に腰かける。ミシッと嫌な音を聞き慌てて立ち上がる弟の姿を見て、ウルフウッドは苦笑した。
現在は奨学金制度で大学に通っているリヴィオ
――
、ウルフウッドが施設にいた頃よく面倒を見ていた弟で、今でもリヴィオはウルフウッドのことを兄貴として慕っている。そんな兄貴分からの久しぶりの連絡は、施設に置いてあるはずの携帯式懺悔箱を一緒に探してほしいという妙なものだった。
携帯式懺悔箱とは、昔ウルフウッドが手作りした持ち運び可能な懺悔箱。外見は教会そのもので、窓などの細部まで凝った装飾が再現されている。地域のお年寄りや子どもたちのところへ出向いて悩みや懺悔を聞くという風変わりなそれは、当時ウルフウッドが面倒を見ていた子どもたちの間ではかなりの人気を博していたが、ウルフウッドがいなくなってからは役目を終え物置小屋にしまわれていた。
この懺悔箱を持って人々の悩みを聞くのはかなりの営業力とコミュニケーション能力がいる。要するに初対面の人間の懐にするっと入っていける人間力。ウルフウッド以外の人間が同じように使いこなすのは容易ではない。施設を出て外の世界を知れば知るほどリヴィオはそれを実感するようになった。
「そういえば、みんなに聞きましたよ。今、えっと、ヴァッシュさんって方と暮らしてるって。笑顔の素敵な、すごく優しい人だったってみんな騒いでましたよ」
リヴィオの困ったような笑い方から推察するにチビたちは相当興奮してあの日のことを話していたのだろう。最終的にヴァッシュを泣かせてしまったことまできっと伝わっている。そう思うと素直に笑えず、ウルフウッドは返事を濁した。
「写真は見せてもらったんですけど、今度俺も会ってみたいです。ニコ兄の大切な人」
「
……
たいせつ、まぁ、んー、せやなぁ
……
」
いつも物事に対してはっきりしている男が珍しく歯切れが悪い。失言だったかもしれない、とリヴィオの背に嫌な汗が滲む。子どもたちに見せてもらった写真では、穏やかに表情を緩めるウルフウッドとなんだかぎこちない笑顔を浮かべた金髪の男が映っていた。確か高校時代からのともだちだと聞いていたが、何らかの訳ありか。だが、上手くいっていないのであれば、同居は続いていないだろう。
ウルフウッドは大きな身体を縮こまらせて首を傾げ始めたリヴィオに聞こえないくらいの小さな溜息を吐き、壁に寄りかかる。
「その、大切な人に不義理をしてしまったとしたら、オドレならどうする?」
「不義理? ニコ兄が?」
ありえない、といった風にリヴィオが目を見開く。義を見てせざるは勇なきなり、を体現したみたいなこの男が
――
? 笑えるくらい現実味がなかった。
「えっと、どんな不義理を?」
「すまん、それは言えへんねん」
力なく自嘲気味に笑ったウルフウッドは眉間の皺を深くする。リヴィオは深く追求せず、腕を組んで考え込み始めた。
「俺の知ってるニコ兄は、大切な人を傷つけようとする人じゃないです。それに、もしそういうことをしてしまったらすぐに謝る人です。だから、今そうして悩んでいるってことは、何か理由があって相手に打ち明けられないことなんですよね、きっと」
何ひとつ詳細を話していないというのに、リヴィオは事の核心をついていた。ウルフウッドは妙なところで感心し、弟の成長を感慨深く思う。
「でも、その相手の方だってニコ兄のことを大切に想ってると思うんですよ。だから、きっとニコ兄が今こうして悩み続けているのはその人にとっても苦しいことなんじゃないかと思うんです。打ち明けずにいるのも一つの道かもしれま
せんけど、打ち明けた上で二人が納得できる道を探すっていうのもアリなんじゃないですか?」
「相手もワイのこと大事に思っとるっちうのはどういう根拠やねん?」
「だってニコ兄ですから!」
自信満々に破顔する弟に反論する気も失せていく。いくら世話になった兄貴だからといって少しばかり盲目すぎやしないだろうか。けれど、血が繋がっていないとはいえずっと可愛がってきた弟にここまで信頼されているのは悪い気はしない。それと同時にそんなに純粋な尊敬の念を向けられるほど大そうな人間ではないのにというむず痒さも生まれてきて、ウルフウッドはズボンのポケットに入れた煙草の箱に手を伸ばす。
「施設内は禁煙ですよ!」
「わ
………
ぁっとるわ!」
取り出しかけた煙草の箱がぐしゃっと無残に握り潰され、リヴィオは肩を竦める。ニコ兄照れると煙草吸って誤魔化す癖ありますよね、なんて火に油を注ぐようなことは到底言えなかった。
教会の絵が描かれた得体の知れない箱。その奇妙な物体を小脇に抱えて帰宅する道すがら、警官に職質され、大人たちからは好奇の眼で見られ、子どもたちには指をさされ盛大に爆笑された。そんな不名誉な目に遭ってまでしてようやく家に持ち帰った自作の懺悔箱。
まだヴァッシュの帰宅していない静かな部屋の真ん中に一人立ち、上から箱を頭に被り両手を胸の前で組む。いつも神に祈る時はただぼんやりと空を見上げたりするだけだが、今日はいつもよりも念入りに。視界が暗闇に覆われるとなんだか妙に安心し、心を落ち着けるように一呼吸置いて目を瞑った。
今の現状をどうにかしてほしいのではなくて、ただ誰かに胸の内を聞いてほしい。ともだちで抜きました、そのともだちと毎晩同じベッドで寝ています、キスしなければ勃つこともないはずなのにそのキスもやめられません
――
。怒涛の懺悔を天に向かって投げかける。こんなことを言われたって神さまだって困るだろう。いや、もう誰にも言えないのだから天に向かって吐き出すしかない。
打ち明けた上で二人が納得できる道を探したら、とリヴィオは言った。その「打ち明ける」という部分こそいちばんハードルが高い。もし万が一ヴァッシュが不快感を示さなかったとして、ウルフウッドにはその先が見えない。
ベッドの上、薄明りでぼんやりと浮かび上がるヴァッシュの紅潮した頬、潤んだ青色、ティーシャツの下に隠された柔らかそうな白い肌を思い浮かべ、ウルフウッドは自身の犬歯を無意識に舐める。
「
――
アカン、詰んどる」
懺悔箱を取り外し、その場に座り込んで頭を掻きむしる。どんなに先の先の手を考えても、ヴァッシュがどう返してくるか分からないし、脳内のフィルターが五割増しくらいにヴァッシュの姿を輝かせてくる。やがて悶々と考えるのが面倒になり、キッチンへ向かった足でグラスに水を入れ一気に胃に流し込む。早めの昼食を取ってから何も入れていない胃に冷えた水が染み渡り、頭は嫌でも冴えていく。
とりあえず今日の夕飯の準備をしよう。暑さに負けないよう何かスタミナのつくものを。濃い味の料理を作ると酒が欲しくなる。酒を飲むと
――
、指が、ヴァッシュが
――
。
「だぁああぁあっぁあぁぁあぁあ~! 堂々巡りやんけ!」
ヴァッシュと同居を始めてからひとりツッコミに磨きがかかって困る。そんなもの上手くなったとて何の役にも立ちやしないのに。
たまらずウルフウッドは冷蔵庫から取り出したビールをあおりながら何かつまみにできるものはないかと物色を始めた。今日はせっかくの休日。休んでこそ休日は意味のあるものになる。早めの晩酌を始めたせいでヴァッシュが帰宅する前にすっかり出来上がってしまったウルフウッドは、考えることをすべて放棄し、結局夕食は出前で済ませた。「たまにはいいね」と朗らかに熱々のピザとビールを交互に楽しむヴァッシュの姿はやはりフィルター効果5割増しで輝いて見え、結局その日の夜もウルフウッドの指はヴァッシュの顎に優しく触れた。
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