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戸倉
2024-06-29 02:34:32
22053文字
Public
終わらない牧台シリーズ
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終わらない牧台⑤
【ニコラス・D・ウルフウッドと秘密のボックス編】
・現パロ W23歳 会社員 × V 23歳 売れない役者
・4年前に失踪したVと再会して同居5か月目
・リヴィオやミリィが出てきたり
・キスに関する暗黙の了解でもちゃもちゃするふたり
・付き合ってない
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「おは
……
よ
………
ふあぁぁぁ」
大きな欠伸を手で隠すこともせず、これから職場へ出勤する男に見せつけるヴァッシュ。おぼつかない足取りで玄関先まで歩いてくると、黒いティーシャツの下から潜り込ませた左手で布を掴み、襟が伸びることも気にせず豪快に風を送り込んでいる。こんなことを繰り返しているせいで新しいティーシャツを買ってもすぐダメにしてしまうのだといくら苦言を呈しても、ヴァッシはこの癖をやめる気はないらしい。
「今度の休み、新しいティーシャツ買いに行くか?」
「え、なんで」
「首元デロッデロに伸びとるやんけ」
「うん、でも家着だし。それに首元が開いてると涼しい
……
気がする」
「んなわけあるかアホ」
「朝から手厳しいなぁ、ほら早くしないと遅刻するよ」
「まだ余裕あるわ」
「そう?」
朝から軽口を言い合うこの時間がウルフウッドは好きだった。無理に起きてくる必要もないのに、こうしてヴァッシュが送り出してくれる日はなんとなく一日が上手くいく気がする。
たとえば、子どもが道路の白線の上だけを通って学校へ行けたら今日は良いことがあるとか、スポーツ選手が試合前に聞く音楽を決めているとか、そういった一種の信心という名の思い込み。ウルフウッドにとっては、ヴァッシュが朝送り出してくれることが今日を少し良い日にしてくれる。いつの間にかそうなっていた。
「ほんなら行ってくるわ」
「うん、いってらっしゃい」
ドアノブに触れ、外の湿った空気を吸い込んだところでウルフウッドはふいに思い立ち勢いよく引き返す。そして、まだ玄関先で気怠そうに立っている男の顎に指を添え、ぐっと顔を近づけた。
「
………
なんだよ」
ヴァッシュは直立不動で目を見開く。指の腹で顎の下をすりすりと撫でられて、ますます訝し気に眉を顰める。
「くすぐったいよ」
若干の不機嫌さを漂わせた声を発した男はやんわりとウルフウッドの手を払い、ティーシャツの裾をぎゅっと握り締める。無下に払われた手が虚しい。ウルフウッドは素っ気ない態度で顔を背けるヴァッシュをじっと見つめ、今が夜だったら
――
と考える。夜だったら、酒が入っていたなら、あんなにすんなり受け入れてくれるのに。待ってくれている気さえするのに。やはりヴァッシュの行動は読めない。
「ほら、今度こそほんとに遅刻するよ!」
黙り込んでしまったウルフウッドの身体を反転させ、ヴァッシュはぐいぐいと背を押す。押されるがまま重い足取りで出勤していく男を見送り、内側から鍵をかけた。
さっきまでウルフウッドに触れられていた顎を擦りながらゆっくりと膝を曲げ、ヴァッシュは玄関先にしゃがみ込む。両手で顔を覆い、深く息を吐いた。
「何考えてんだろアイツ。朝っぱらから
――
」
太陽の光が燦燦と降り注ぐ部屋の中、ヴァッシュはのろのろとした動きで冷蔵庫を開けに行く。そこには安い銘柄のビールの缶が一本だけ。
今日は昼過ぎからのバイトまで時間が空いているから二度寝をする気満々だったのに、酒を買い足しにいかねばならない。
予定の狂ったヴァッシュは窓越しでも強い光を放つ太陽をじとりと睨む。さっき出てきたばかりの太陽には悪いけれど、早く夜が来てほしい、と願いながらクローゼットを開け外出用の服を取り出す。外出用とはいっても、首元が伸びているかそうでないくらいの差しかなく、シンプルな何の変哲もない服が並んでいる。
元々、私服にそれほどのこだわりはなく、ウルフウッドの家に持ってきた衣類もかなり少なかった。春先はそれで事足りていたが、夏場の汗をかく時期はそれでは困ると思い知ったのはごく最近。洗濯中で着るものがない時にはウルフウッドのティーシャツを借りる。身長が同じくらいだからティーシャツのサイズも同じだと思っていたのに、どうやらワンサイズ大きいらしい。筋トレをしている様子はほとんど見かけないというのに、服の上からでもなんとなく分かってしまう無駄のない引き締まった身体。努力して身体を絞っている人間からすればたまったものじゃない。
肘まで袖のあるビッグシルエットの白いティーシャツに緩めのカーキのイージーパンツ。日除けのキャップを被ったところでポケットの中の携帯端末が震えメッセージの受信を告げる電子音が鳴った。
酒、買い足しとって
――
。ロック画面には絵文字も何もないウルフウッドからの簡素な一文。
まだ外にも出ていないのにじんわりと背に汗が滲む。人に借りた服だということも忘れて、いつもの癖でパタパタとティーシャツの中に風を送り込みながら画面を睨みつけた。
言われなくともそうするつもりだった。冷蔵庫の中身をウルフウッドが把握しているのは、普段料理をする者として当然のこと。しかし、どうにも他の意味がある気がしてならない。「はいはい、リョーカイしました家主さま」と皮肉めいた返しをしたいところを抑え、「了解」の吹き出しがついたゴールデンレトリバーのスタンプをひとつ押した。
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