戸倉
2024-06-29 02:34:32
22053文字
Public 終わらない牧台シリーズ
 

終わらない牧台⑤

【ニコラス・D・ウルフウッドと秘密のボックス編】
・現パロ W23歳 会社員 × V 23歳 売れない役者
・4年前に失踪したVと再会して同居5か月目
・リヴィオやミリィが出てきたり
・キスに関する暗黙の了解でもちゃもちゃするふたり
・付き合ってない




 ニコラス・Ⅾ・ウルフウッドの自宅には鍵付きの収納ボックスがある。比較的物の少ない整頓された部屋の中、A3サイズの書類もすっぽりと収めてしまうくらい存在感のあるその白いボックスはどうしたって目を引く。だが、今のところ同居人であるヴァッシュからその中に保管してあるものの存在を問われたことはない。
 そしてヴァッシュと同居を始めてから五か月、ウルフウッドがそのボックスを開く機会は一度もなかった。というよりも開く必要がなかった。

 ダイヤル錠のついたボックスへ手を伸ばし、四桁の数字を合わせる。スチール製のいかにも頑丈そうなボックスに入れるものといえば、たとえば金品といった貴重品だろう。しかし、その中に堂々と鎮座しているのは、カラフルな紙の束――。モデルや俳優が表紙を彩る、いわゆるファッション雑誌だった。
 表紙を飾る有名人たちのことはさっぱり分からないが、指は慣れた様子でページをめくる。わずかに開き癖のついたページを見つけ、ウルフウッドは手を止めた。
 数年前に舞台の端役をやるとかで、ヴァッシュがインタビューを受けていた時の記事。横に細長いコラムの一角、一応カラー写真ではあるものの、肝心の顔写真は若干印刷で潰れている。
 実際の舞台は見に行かなかったが、確か主人公の大学生の男がある日出会った不思議な女と恋に落ちて、性格も容姿も全然タイプではないのに訳もわからず女に惹かれていく――みたいなよくある話。そんな話の内容に沿ったインタビューの内容は、「好きなタイプは?」とか「運命って信じますか」なんて欠伸が出そうな問いばかり。
 二年ほど前に一度だけさらりと目を通したファッション雑誌。なぜ今になってこんな雑誌を引っ張り出してきたかというと、ウルフウッド自身にもよく分からない。強いて言うなら、最近同居人との関係について思うところがあり、その答えを解くなんらかの鍵になればいいというどこか藁にも縋りたい気持ちがあったから。
 好きなタイプは? に対するヴァッシュの答えは、「好きになった人がタイプです」の一言だけ。ウルフウッドは思わず「そんな奴おらへんやろ!」と誰もいない部屋で声を張り上げた。反応してくれる人がいないツッコミほど虚しいものはない。けれど言わずにはいられない。当たり障りのない回答をするならば、「やさしい人です」とか「笑顔のかわいい人です」などと返しておけばよいというのに、よりにもよってこんな厄介な答えをしているとは思わなかった。購入当時は全く気にしていなかったポイントが今になって気になって仕方がない。
 運命って信じますか? という質問に対しては、「信じたい、けど少し怖いかな」という弱気な答え。ロマンチストな傾向があるヴァッシュにしては歯切れの悪い答えだと感じたが、時折とてつもなくネガティブになりがちなあの男らしいと言えば納得できる。
 ページをめくっていくと、流行りの洋服と言っていいのかも分からない、なんだか機能性の悪そうな服に身を包んだヴァッシュが柔らかく微笑んでいたりカッコつけた顔をしていたり。いかにも作った顔を見て、ウルフウッドは胸の内に優越感をおぼえる。寝癖つきで大あくびをする顔、散歩中に見つけたワンちゃんに駆け寄る時の笑顔、自分のつくった料理を美味しいと言われて微笑む顔、酒の飲みすぎで首元まで赤くして床に寝そべるだらしない顔。それはきっとウルフウッドしか知らない。

 ヴァッシュと再会するまでは、情報を得るのはいつもレムからだった。そういえばヴァッシュと暮らし始めたことをレムにはまだ伝えていないが、ヴァッシュからちゃんと聞いていると信じたい。
 長く艶のある黒髪を揺らし、いつもラフな格好に身を包んだヴァッシュの保護者。確か血は繋がっていないと聞いている。ヴァッシュの好みのタイプといえば、レムみたいな強く明るい女性なのではないだろうか。実際に聞いたことはないが、おそらく初恋もレムではないかと思っている。
 学生の頃に何度か会ったこともあり、気さくで話しやすい部類の人間だとは思う。ただ、レムはどこまでいってもヴァッシュの味方だった。
 四年前ヴァッシュが突然姿を消した時、ウルフウッドはすぐにレムに連絡を取った。どうしても安否を知りたいという必死さが伝わったのか、ヴァッシュがうだつの上がらない役者をしていることだけは教えてくれた。けれど、彼女は頑なにヴァッシュの居場所だけは漏らすことをしなかった。
 そんな口の堅い彼女だが、ヴァッシュのメディア露出に関しては誰かと共有したくてしょうがないようで、彼女から連絡をしてくることも多かった。そのおかげでウルフウッドの秘密のボックスは今やあと二冊ほどの本を入れる隙間を残すだけに。今ヴァッシュがウルフウッドの家に住んでいることを彼女はどう思っているのだろうか――。放任主義なようで、ヴァッシュのことを誰よりも大事にしてきたひと。知らないのであれば、このまま知らないままでいてほしい気もする。特に今は――

 他の雑誌のインタビューにもざっと目を通した。だが、大きな役を演じる機会のないヴァッシュのインタビューは短いものが多く、内容も大したものはない。ウルフウッドはカーペットの上にごろんと寝転がり、真っ白な天井を見つめて深く息を吐いた。
 ともだちであり同居人のヴァッシュ。その関係性に最近一つ異質なものが追加された。酒に酔うとキスをする習慣。それも唇が触れるだけの可愛らしいものではない方の。
 外野の人間が聞けば、クエスチョンマークを頭に浮かべるだろう。付き合っている事実もこれからそうなる予定もないことがこの歪な関係をますます強調している。
 大抵仕事終わりで気分のいい日、アルコールを胃に流し込み続けてヴァッシュの目蓋が重くなり始めた時、ウルフウッドの指が自然とヴァッシュの顎に触れる。すいっと上を向かせお互いの顔の距離が近づくと、ヴァッシュは当然のように目を瞑るようになった。
 伏せられた長い睫毛を端から一本ずつ数えながら、明らかに何かを待っていてくれることに頭の芯が熱を持つ。啄むように唇を合わせていたのが段々と深くなり、舌を絡め合わせて息を乱す。そして、やがて満足して眠りに落ちたヴァッシュをベッドに運ぶ――ところまでがセット。
 だが、ウルフウッドにはその先がある。熱を持て余した身体の中心部をヴァッシュにバレないように冷ますこと。初めてそうなった時は、何かの間違いとして片づけようとした。けれど二回、三回と繰り返されるその現象にさすがに言い逃れができないところまできてしまい、ヴァッシュが原因でこうなってしまうところまではどうにか認めた。忙しさにかまけて性欲方面をないがしろにしていたツケがこんなところにきてしまったのかと己のどうしようもなさに呆れる他ない。
 そうなってしまうことが最初から分かっているなら、キスをしなければいい。五度目くらいでウルフウッドはようやくそれに気づいた。けれど無防備な姿で楽しそうに酒を飲んでいる姿を見ると、どうしてもウルフウッドの指はヴァッシュへと向かい、壊れ物にでも触れるように顎に添えられる。そして、ヴァッシュはそれを受け入れてくれる。その間に躱される言葉は何もなく、コミュニケーション不足だと言われれば肯定せざるを得ない。
 酔っている時、ウルフウッドがヴァッシュの顎に触れ、ヴァッシュが目を瞑る。この三つがそろったら――。こうしてずるずると暗黙の了解が続いている。