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つなみ正登/ぱるこ
2024-06-15 08:17:10
39373文字
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ワ
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思い出になる日が来たとしても(神田×弓場)
テキスト全体の半分くらいまで(試し読み用
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6
そしてそんなやりとりから二週間ばかりが過ぎ。
B級ランク戦のオフシーズンに行われたA級との入れ替え戦に、弓場隊が一歩及ばなかった理由は明確だった。近接戦の二枚看板の一翼であった王子が脱退した三人編成で下位とはいえA級チームを相手にするには、練度も戦術の深度も足りるはずがなかった。
「ま、仕方ねェー」
だが晴れ晴れとした声音で弓場は、神田と蔵内と藤丸へと告げた。
「
……
やっぱ、王子の奴、早々に外すことはなかったんじゃないか?」
あと1点というスコアを眺めながら、今更言っても仕方がないとは承知だろうが、気風のいい彼女にしてはやや歯切れ悪く藤丸が呟く。
「俺もちょっとはそう思いそうにはなりましたけど、弓場さんが決めたことですから」
そうは口にするものの、それでも残念そうな表情をどうしてもにじませる蔵内の綺麗に整えられた髪を彼にしては珍しくこどもにするようにくしゃりと掌で乱してやりながら、弓場もまた己を納得させるように言う。
「来期からいなくなる奴を勘定に入れて、昇格《アガ》ったトコロでそいつは帳尻合わせにしか過ぎねェーだろ。だからいいんだ」
神田は、その後悔すらもおそらくは糧にするであろう、その凜然とした横顔をただ見つめることしか出来なかった。
神田が王子から例の話を聞いた数日後、書類上は在籍している王子も交えたミーティングで弓場は告げた。
ひとつ、一月いっぱいで王子が新たに自隊を設立する為に、弓場隊を脱退すること。
ふたつ、任期満了まで王子は防衛任務には参加するが、入れ替え戦のメンバーからは外すこと。
そして、みっつめ、もし王子隊に加入したいのなら、遠慮なく申し出ること。
最初の項目は、その時点ではもうメンバー全員周知していることであったが、几帳面な弓場らしい差配だった。
「で、ホントにいいのか、蔵内。今すぐ王子についていかなくて」
「ええ、前にも言った通り、次のシーズンまではいさせてください。王子にも念を押してあります。俺の分の席はひとつ空けておけ、春までに俺が行くに相応しい部隊を用意しておいてくれ、と」
「言うもんだな」と神田は蔵内の肩を軽く小突いた。
「なにひとつ相談なしに抜け駆けしてくれたんだ。それくらい言う権利はあるだろう?」
そしてそれはつまり蔵内が四月までの来期のランク戦が終わるまでに、王子のみならず自分が欠けた分を埋めるに相応しい人材を見つけて育てて欲しい、という意味だと分からないような人間はこの場にいなかった。
すぐに王子の後を追えばいいのに義理堅いことだ、とも神田などは思う。それを咎める人間などここには誰もいないのに。俺ならきっとなりふり構わず、土下座をしてでも傍にいたい人の元へと駆けつけるだろう。
そして気づいた。蔵内は、おそらく自らが出来うる限り王子と、距離と関係はどうあれ共にいるつもりなのだろうと。
それはひどく恐ろしく、そして羨ましくもあった。
(こいつは王子が弓場さんと寝たのを知ってるのかな)
だが、きっと知ったとしても変わるまい。それが蔵内和紀という男だった。
「それに来期二位以内でしたら入れ替え戦には出ますから。これは俺も譲れません」
「
……
強情なこった」
「ええ、弓場さんがそう叩き込んでくれた結果です」
「弓場ァ、一本取られたな」
藤丸がからからと笑い、神田も笑みを一層深くさせた。彼のような男がいれば、王子隊はすぐに上位へと駆け上がってくるに違いない。彼らとライバルとして向かい合うその日が楽しみだった。
でもその前に、と神田はひそやかに弓場の、冬の月のような横顔を見つめた。
「とりあえずまだC級だが、中学生の狙撃手にひとり面白いのがいて、声かけてある。そいつを引っ張れたら、今までとはまったく違う動き方をしてもらうことになる。覚悟しとけ!」
「ああ」
「はい」
「っス」
弓場の言葉に一同は各々の思い、各々の立場と同じ願いで力強く首肯した。
音もなく開いたドアに、作戦室にひとり残っていた弓場は、それでも聡く気配を察して「何だ?」と声を放つ。誰だ、ではなく。それにほろ苦い笑顔を浮かべながら神田は静寂を乱すのを恐れるように、静かな声で応じる。
「
……
忘れ物っス」
「珍しいな、おめェーにしては」
ちらりとだけ振り返り、弓場は再びノートPCに視線を戻した。画面には狙撃手たちの訓練の様子が映し出されていた。
「王子が抜けた分は、その、何て言いましたっけ、C級の狙撃手?」
「外岡
――
外岡一斗だ。東さんに聞いたところだとそろそろB級に上がれそうだって話だからな。ちょうど良かった。
……
って何笑ってやがんだ」
「いえ、かずあきとかずきが抜けて、かずとが入るのかと思って」
神田の指摘に、「ああ」と初めて気がついたように、弓場は換装体の色の入ったサングラスの奥の瞳をぱちぱちとさせた。
「そういやァそうだな。言われて気がついた」
「俺だけ仲間外れだなって、前に言ったことがあるんスよ。王子と蔵内に」
「ガキみてェーなことですねてんじゃねェーよ」
「スネてはいませんけどね、てっきり弓場さんの好みの名前がそうなのかと」
ンなワケあるか、と弓場は唇のはしをくっとつりあげる。
「この外岡
――
同期の連中にはトノって呼ばれてたみてェーだが
――
おとなしそうに見えるがなかなか腹が座ってそうだ。遠距離から牽制で打たせるより、じっと気配を殺させて、こっちがひっかき回してる間に痛ェ一発とか狙わせンのも面白ェかもしれねェーな」
新たに加わるであろう新人に合わせて、新たなフォーメーションをさっそく想定していみているらしい。
未来が現在になる日をまっすぐに見据え、たゆむことなく昂然と前を向くその生き方。
いつか、この時間とて彼の中では過去になり、偲ぶことはあっても顧みることはなくなるのだろう。それを厭うつもりはないが。
「蔵内が外れた後も探しておかないといけませんね」
「まァな。藤丸にも言ってあるが、使えそうな人材《タマ》がいないか、目端を利かせておけ。おめェーなら俺の肚くらいちったァ読めるだろう」
「いいんですか、俺の目で」
「当たり前だろ。てめェはたったひとり残る前線要員だ。いわば弓場隊の生え抜き。これからはあいつらの分も担ってもらわなきゃなんねェー。
……
万能手へ申請するらしいな。苦労をかける」
「苦労なんかじゃないっスよ」
「おまえならそう言ってくれると思ったよ。けどな、今日も盤面抑える側に回しさえしなきゃ、もしかしたらあそこで尼倉の合流を止められたかもしれねェーと思うとな」
弓場は神田を見上げて、僅かに、ほんの僅かだけ唇をほころばせる。その、冬の最中の蕾がほぐれるにも似た、暖かさと穏やかさに神田は自らの手を、マウスの上にあった弓場の手の上に重ねた。
「
……
神田?」
「いいんですよ、弓場さんはそのままで。それは誰が去って誰が残ろうが変わらない弓場隊の戦術《スタイル》なんですから」
そしていぶかしそうな弓場に構わず、その手を、二丁拳銃を携える為の手を引き寄せて、その指先に唇を触れさせた。びくっとその手が震えたのが分かった。
「これが俺の忘れ物です」
「おまえ
……
」
「聞きました、王子とのこと」
かすかに弓場の片眉だけが動いた。
「
……
たく、あの野郎、ペラペラと」
自嘲めいた呟きが、その整った唇からこぼれるがそれはある程度は予想のうちだったのか、余るほどの動揺をそこに伺わせはしなかった。或いは、その胆力で制したのか。
「軽蔑するか」
「なんで?」
今だ振り払われないことをいいことに、神田はその指だけではなく、手の甲にも唇をすべらせた。
換装体の弓場の肌に、生身の神田の呼気がどう感じられているのだろう、とそんなことを一瞬だけ考えながら。
「立場が上の隊長が年下の隊員を抱くなんざ、セクハラの上にパワハラには違いねェー。きっかけがどうあれ、な。一応未成年だしな」
「弓場さんだってまだギリギリ高校生でしょう。それに誘ったのは王子だ。弓場さんは約束を守っただけ」
傲慢で健気な美しい王の雛は絶対に他人のせいにはしなかろう。
「その言い方じゃあんまりにも俺に都合が良いってもんだろ。正直まァまァいい思いはしたさ」
わざとそんな風に言ってのける弓場の、高潔な不器用さ。
「イーブンだと思いますよ。王子だって良かったって言ってましたから」
「なんだかな、そいつは。ヘタだって言われるよりはマシかもしれねェーがな。
……
そろそろ腕が疲れた。離しちゃくれねェーか」
「はい」
神田は惜しみながら、弓場の手をほどいた。
「聞き分けがいいことだ」
弓場は苦笑しながら、神田の唇が辿った手の甲に自らの唇をかすめさせ、そして上目遣いで神田を見やった。
「つまりは、そういうコトか?」
「
――
ええ」
「だったらきっちり言葉にしろ。こっちの斟酌に甘えてんじゃねェ」
「はは、やっぱ、弓場さんは厳しいや」
神田はかろうじてそう笑いはしたものの。
咽喉が渇き、弓場に見えないように後ろ手に握った拳が震える。
初めて、実戦に身を置いた時よりも、逃げ出したかった。だが、それでも踏みとどまらせたのは、あの時の王子だった。
『もし、そういう関係になれるとしたら、その前に弓場さんと互角になりたいって思ったんだ』
今しがたも思った通り、王子ならば自分の好みであつらえた新たな部隊で早晩B級上位争いに食い込んでくるだろう。そして、弓場隊を凌げたとしたら、それを機に弓場と新たな関係を結ぶべく動くだろう。彼の戦い方同様、容赦なく、ためらうことなく。
いつか弓場に伍する者として、今度は彼へと堂々と手を差し伸べるに違いない。ぼくを対等の相手として愛していただけませんか、と。
呆れるくらいに、その様子は想像に易く。
その時にもう神田は弓場の傍らには存在しない。だが、例え神田がまだここにいたとしてもためらうまい。王子一彰という男なら。
嫉妬という言葉に集約するには複雑過ぎる感情が、神田の傷の残った背を押す。
「俺も、王子みたいに可愛がってください。
……
いや、違うな。こういう言い方はずるい、ですね」
俺はあんたが欲しい。でも、そんなのは無理だから。
せめて、王子がこの人を、本当に手に入れる前に。思い出が欲しい、なんてそんなロマンチックな言葉にはすり替えられるはずもない、ただの欲だった。
あの日、第一次侵攻の中に出会ったのが運命だなんて思わない。そんなのはただの偶然だ。だが、その後に続いた、続かせたのか神田だった。日々の中で、あの日十四の神田の中に芽生えていた思いは敬愛と信頼という美しいものに飾り立てて、それで終わるはずだった。
けど、この人も一匹の牡だった。神田と同じ。
こんな浅ましく、欲深い獣が腹の中にいるなんて、よくも気づかせてくれたな、王子。
それは、きみが臆病だったからじゃないかい?
甘く、容赦ない、まぼろしの声が神田に囁く。
「俺とも寝てください。できたら、抱かせてくれませんか。そのほうがあんたも気が咎めないはずだ」
「
……
そう、来たか」
「ええ。俺は弓場さんを抱きたい。もし、俺のこと、少しでも嫌じゃなかったら一度試してみませんか」
こんな言い方は卑怯だ、と神田の中のなけなしのプライドが喚いていた。
でも。
「それにね、俺、大学は外を受けるつもりです。建築を本格的に学ぶ為に九州の大学に。だから後腐れだってない」
夜の色をたたえたその瞳がぴくりと感情に揺らいだ。そして揺らいでいた神田の覚悟もこの瞬間定まった。
俺はあなたみたいに未来を選ぶ。だから、せめて。
「一晩でいい。俺に、あんたの夜を分けてください」
王子にはくれてやったものと同じじゃなくて、俺だけのあんたを一度だけでいいから。
「
……
ずいぶんとセンチな言い方をしやがる。意外なこった」
ふう、と弓場は大きくため息をつくと、換装体を解除した。はらりと前髪が、その端正な顔に落ちる。
そして、すっくと弓場は立ち上がると、神田の胸倉を掴んだ。引っ叩かれる、と一瞬だけ怯んだ。
だが、よろけるほどに力任せに引き寄せられた神田の、その身構えて引き結んだ唇に温もりが重なった。
え、と見開いた瞳に何もかも包み込む夜の色が映った。
「
……
バカが」
「ええ、大馬鹿です」
でも応えてくれようとするあんたが一番バカで、とてつもなく優しい。残酷なくらいに。
俺は南へ行くことも諦めた哀れなツバメのように、体を覆う黄金も宝石も失った像の足元に横たわることもできないのに。
男色を罪とされ失意の内に亡くなった男の書いた、そんな物語の題名が、今の神田には少しだけ皮肉に思えた。
まだろくにモノは揃ってねェがな、と神田を招いた弓場の部屋は、なるほど言葉通り、ベッドと冷蔵庫だけという、寝起きする為だけの最低限の家財道具しかまだ置いてなかった。
大学進学を機に一人暮らしをする為に借りた部屋ということだった。警戒区域にほど近い、ボーダーが棟ごと買い上げたマンションだった。管理人はいないが、本部へと直通通路と同じくエントランスのオートロックがトリガー認証になっているという話や、別のフロアにだが二宮や冬島もいるという話もしていた。だが、「二時間くれェなら時間が取れるか? だったら面、いや体ァ貸せ。今からやるぞ」という、とてもこれからセックスするとも思えない誘いの言葉で、本部からその足で向かうことになった神田の耳を半ば素通りしていた。
途中で立ち寄ったドラッグストアで買ったものたちが、不透明なレジ袋の中で踊るがさがさという音だけがやけに大きく聞えてはいたのに。
ためらわずローションやコンドームをカゴに放り込む弓場の様子に、こういう成り行きに馴れているのだろうか、と神田は一瞬だけそんなことを考えそうになった。
「
……
先にシャワー使ってろ」
リビングで立ち尽くしたていの神田に、弓場はバスタオルと着替えを渡して、視線でドアのひとつを示した。
「あの、でも、俺」
「いいから先に使え。こっちだって事情があんだよ」
「事情?」
「言わせんな! こっちはツッコんだことはあってもツッコまれたこたァねェーんだ。ましてケツなんかには。下調べや仕込みが必要なんだよ」
「あ」
ったく、と背を向け、大きく舌打ちをした弓場の、耳朶が朱の色を登らせていることに神田はようやく気付いた。
彼とてそれなりに平静を装っていたということが、その一挙手一投足だけで分かってしまった。
そして、彼の中《、》を知る者はまだいないということも。
思えば、作戦室で誘われた時も「今、からですか」という戸惑う神田に、こういうのは勢いが大事なんだよ、と返した時の弓場の彼にしては珍しく視線を逸らしていたことも思い出す。
ためらいと、即断と。矛盾したものがまだあるのだ。弓場だってまだたかが十八の青年だった。
「す、すみません。お先に失礼します」
「
――
ああ、ゆっくり入ってこい」
「っス」
頭を大きく下げ、神田はバスルームに飛び込んだ。今のやりとりだけで腹の奥に重たい熱がこもりそうになった自分を宥める為にも。
好きなサイズを選べ、と投げ渡された幾種類かのサイズのコンドームからXLを手に取った時に、少しだけ苦笑いをのぼらせた顔は今は固く目をつぶり、忙しない呼吸でしなやかな筋肉で張りつめた胸を上下させていた。その皮膚には、神田が夢見心地で記した幾つもの鬱血の痕が散らされていて。
つう、と額からにじんだ汗がこめかみを伝って、乱れた黒髪にしみこんでいく。
「
……
まだ、か。神田ァ」
「あと、少し」
「図体と同じででけえブツしやがって
……
っ」
「すみません、弓場さん」
「謝るようなことじゃねェーよ」
けれど申し訳なさがにじんでしまったのだろうか、弓場は物理的な圧迫と苦しさにか薄く潤ませた瞳で神田を見上げると、その後頭部に手を差し伸べ、乾ききっていない髪に指をさしいれてまさぐった。
「言わせたんは俺だな。しんどくねェと言ったら嘘になるが、肚ン中みっちりてめェがのさばってんのは悪くねェよ、神田」
弓場はシーツを握っていた手を離して、知らなかった、と自分の綺麗に割れた腹筋のあたりをそろりと撫でた。
「こういう快《よ》さってのもあるもんだな」
その仕草に、彼の体の深い部分にまで自分が在るという事実を視覚にも突き付けられるようで、ごくりと生唾を呑んだ神田に、弓場は目を細める。
「でも、これ以上なんて大丈夫ですか」
神田の感覚としてペニスで押し開いてしまった隘路がどこまで限界なのかは、異性同性含めてアナルセックスの経験のない彼には想像すらできなかった。
後ろからのほうが最初は楽だとはぼんやりとした知識では聞いたことがあるような気がして、シャワーを終えた彼とぎこちなく愛撫を交わしながら訊ねてはみた。
正面からで構わない、と弓場は言ってくれた。どうされてんのか分からないのは御免だからな、という言い草が、あまりにも彼らしくて緊張で指先すら冷えていたのに、笑ってしまいそうになった。やっと笑ったな、と掌で神田の頬を撫でる弓場の掌は、はじめて出会った日と同じだった。
まさか、こんなことになるとは夢にも思わなかったあの日と。
「構うな
――
もう奥まで来てる感じはするが、まだ深ェとこまでイケるって話だ。気になんならゆっくり来い。
……
時間があんなら」
「急な任務で家に戻るのが真夜中なんてしょっちゅうですから、幾らでもありますよ、時間なんて」
は、と弓場は何とか笑ってみせた。
「ろくでもねェ悪さをさせちまってるな、隊長《オレ》ともあろう者が」
「俺が好きでやってるんですよ」
笑った気配で腹に力が入ったからか、肛がかすかに開いたのが分かる。神田は遠慮がちに、しかしじわじわと根際までペニスを押し込んだ。
「
……
っ、く」
びくびくと弓場の内腿が震える。シーツの上に念の為に敷いた、彼の汗と流れ落ちるローションを吸ったバスタオルはとうにぐしゃぐしゃだった。
ここまでして受け入れて貰えるなんて、どうして思えただろうか。
体の内部を限界まで広げられながら、弓場はどこかひとりごつように呟いた。
「
……
おかしなモンだな」
「え?」
「力を抜くよりはこうしたほうが、受け入れやすいってェーのは。けど、きっと俺たちみてェーなのには相応しい
……
ンっッ」
神田が少し体をずらした拍子に、弓場は息を詰まらせた。イイところに当たったぞ、と弓場が熱をとろかせた声で告げる。
「しまいまで入ったんだろ。さっさと動け。もう相当はち切れそうなんだろ」
同じ男だから分かんだよ、と弓場は付け加えて、ふたりの繋がってる部分へと手を置いた。ひゅ、と神田が息を呑む。弓場のモノはようやく兆してきた程度だというのに、彼の指摘通りしめつけられているからだけではない理由で、神田はもう痛いほどにはりつめてはいることが心苦しく、後ろめたいくらいだった。
弓場は悪くないって言ってくれてるけど、こんなに俺ひとりがイイだけだ、と。
そのためらいをすくいとるように、弓場は手を伸ばして神田の唇を親指でさすった。
「一回出しちまえば少しは楽になる。とりあえず、いいから好きに動いて達しちまえ」
「え、でも」
それは何度かの吐精を許されたという意味で。
一度きりの交合だと思い、だからこそ彼の反応も声も温度も色も、惜しむように拾い尽くそうと、己の猛りを何とか御しようとしていた神田は意外な思いで、焦がれた男を見下ろした。
「俺もまァキツくないって言ったら嘘だからな。けど、おめェーに言ったんだろ。初めて掘られたってェーのに快かったって」
「え?」
「王子だよ」
あえてここでその名前を出され、神田の心臓が強く握られるような錯覚を覚える。
だったらおまえはどうなんだ? と弓場は王子を喜ばせ、そして今神田に犯されながらもゆっくりと芯を持ち始めた彼自身を、刺激をくわえるというよりは見せつけるようにしごいてみせる。
「知りませんよ、俺、あんたみたいに冷静にヤれるかどうか、自信ないですから」
「そこまでヤワじゃねェーよ」
弓場は浅い息を押し殺しながら、露出した肉の芽の尖端を濡らした透明な雫を指先で拭い取って神田の唇のふちを濡らす。
神田は半ば反射的に、彼の昂りの証左を舐めとっていた。口の中に一度も味わったことのない、先走りの苦い塩の味が広がる。
それはまるで、愛してるという言葉もないままに、体を重ねているこの瞬間にも似ていて。
「時間はあるって言ったのはてめェだ。俺を啼かせてみろよ、神田」
決闘を挑むような物言いと、その癖艶すら含んだ鋭いまなざし。胸をしめていたやるせなさなど、この刹那にはかき消えてしまうほどに、こんな状況なのに鮮やかなくらい彼は彼だった。
「は、はい」
神田が上ずりそうな声でかろうじてそう答えると、任せたとばかりに弓場は汗みずくになった上半身を、改めてベッドの上へと投げ出した。
壊さないように、出来るだけ明日への障りにならないように、大事なあんたへの負担に少しでもならないように、とそう心ばかりは望みながら。
そんなの絶対に無理ではあったが。
結局、情熱に任せて一度ならず情を遂げてしまった神田であったが、半ば気を飛ばしかけていた弓場の姿に臆し、逃げるようにその上から体を引き剥がした。だが離れるには惜しく、ベッドの隅に腰かけた神田の背中を、軽く
――
でもなくなかなかの強さで弓場の拳が打つ。
「弓場さん?」
叱られるのだろうか、と神田がおそるおそる振り返ると、すぐに身を起こすことも出来ないのか、ぐしゃぐしゃになったシーツに仰臥したまま、弓場は視線だけを神田へと向けた。
汗と、そしてそれ以外のものでかどうかは分からないけれど薄くまなじりを湿らせた視線で。
「喉ォ乾いた。なんか持ってこい」
かすれ、枯れた声で弓場は告げる。
せり上げる声を押し殺し、堪え、それでも抑えきれないことを許すまいと苦しそうに何度となく震わせていたその咽喉仏を、たまらず喰らうように啜った浅ましい己のありさまを思い出し、神田の首筋にかっと羞恥の熱が奔った。
「あ、はい」
冷蔵庫を開け、ペットボトルの水を取り出す。掌に感じた冷たさに、神田は改めて文字通り冷や水を浴びせられたようだった。
隊長と部下、先輩と後輩、その矩を踰えたかったのだとすれば、もっと他の方法だってあったはずじゃないか。
組み伏せた体を欲しいままにした。彼が赦してくれたのをいいことに。
その呵責の念だけが、あるだけの情欲をぶちまけた後の神田のひたひたと押し寄せる。
(賢者タイムとはよくも言ったもんだ)
だが、こんなにも後先考えずに他人の体を貪ったことなどなかった。
「
……
あの、濡れタオルも、持ってきました」
「おう、気が利くな。
……
っ」
タオルとペットボトルを受け取ろうと、体を起こしかけた弓場は、だが低く呻いて起こしかけた体をよろめかせた。
「弓場さん?」
差し出した手を、しかし弓場は拒んだ。
「
……
触んな」
「え」
「
……
違う。そうじゃねェ」
怯んだ神田に弓場は苦笑の色が濃いものの、笑いらしきものを何とか浮かべてみせた。
「ぶり返しちまっただけだ」
「ぶり返した?」
「おめェーが突きあげまくりやがった感じが、肚ン中にもう一回来やがったとでも言ったらいいのか。
――
これは、ちっとばっか予想外だ」
そういうこともあるのかと、神田も愕然とする。
野郎のセックスなんざ出しちまえばおしまいだとばっかり思ってたが、と弓場は額に張りついた前髪を掌でかき上げた。
「俺、その、何度か女とも寝たことはあって、そん時は、その、こんなに、その無茶した覚えはなくて、だから、その」
すみません、と言いかけようとした神田を制するように、弓場が飲みかけたペットボトルを神田の裸の胸にぶつけてきた。
「謝るようなことじゃねェ。挑発したのは俺のほうだ」
啼かせてみろ、と。
「けど」
は、と弓場は笑い飛ばすように息を吐いた。
「女には優しくしてやれてたんなら、結構だ。おめェーのこんな有様じゃ滅多な相手じゃ壊れちまうだろうからな」
「はあ」
何と返したらいいかも分からず、神田はただ立ち尽くす。
「にしても、こいつがおめェーの本気か」
なるほどな、と弓場はひとりごつと、もう一度零れ落ちる髪を整えるように撫でつける。換装体の時のように。
「なあ、神田よ」
「はい」
「こんなのがおまえへの褒美になるたァ思わないが、
……
また、寝てェか?」
「
――
え?」
「時間が許せる範囲でなら、相手してやるよ。なァに、そんなに悪くはなかったし。ま、WIN
―
WINってとこだ。どっちかにちゃんとした相手が出来るまでの間なら構わねェーぜ、俺は」
そんな言葉を貰えるなんて思わなかった。
「てめェーはどうしたい?」
そして、それが愛からのゆえではなくても、断れるほどに神田はおとなでもなかった。
だからこそ。
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