つなみ正登/ぱるこ
2024-06-15 08:17:10
39373文字
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思い出になる日が来たとしても(神田×弓場)

テキスト全体の半分くらいまで(試し読み用

 背後に生じた気配を察すると同時に、黒のインナーに包まれた男の分厚い胸板の中央から、貫いた刀の尖端が突き出していた。だが、本来噴き出すであろう鮮血の代わりにトリオンが、くゆらされた紫煙のようにじわりと漏れ出る。
「トリオン供給器官破損」
 感情のないアナウンスが仮想空間と、聞こえないがおそらくは実況会場に響いていることだろう、と神田忠臣はどこか他人事のように思った。
「一点貰ったよ、神田《カンダタ》」
 背後から睦言めいて囁く、声。
 かつては同輩として、そして今は好敵手となった、王子隊の隊長が、思い返せば今日の戦いでは一度もスコーピオンを見せていなかったことに神田は気づいた。おそらくはサブトリガーからスコーピオンを抜いて、今回はカメレオンをセットしていたのだろう。
 背後から奇襲を受けて、この戦いの為に彼が秘していた妙計にやっと気づいたことに、神田はおそらくは苦笑するべきだったかもしれない。
 うなじにかかるほどの丈の艶やかなブロンズ色の髪の、はらりとひと房だけこぼれる前髪の下、無垢なようでいて底の知れない湖水めいた瞳も、目の当たりにせずとも思い浮かべられた。
 死神は、死を想起させるおぞましい姿ではなく、美しいからこそより恐ろしさが生えるのだ、とも。
 だが、仮想空間から存在を消失させる寸前、弓場隊の万能手《オールラウンダー》だった男は満足したように微笑んだ。
(悪いな、王子。あの人の点《・》だ)
 弧月の切先を、掌が傷つくのも構わず握りしめながら、振り返る。王子の瞠ったブルーの双眸に映る、かりそめの死を与える為二丁のリボルバーの銃口を美しい死神へと向ける、己が隊長であり、情人と呼んでもいい男の姿を見て取り。
「緊急脱出《ベイルアウト》」
 自らを厳しく律する性分そのままのひとすじの乱れもなく撫でつけられたツーブロックの髪。特徴的なサングラスの奥にひそませた、彼が放つトリオンの弾丸よりも鋭いまなざし。そして、そのくせ繊細で柔和な印象を宿しながらも厳しく引き結ばれ――そして神田が幾度となく触れた唇も、こうして目にするのはこれが最後なのだということに気づきながら、神田のトリオン体は王子よりも数瞬早く現実へと還っていった。
 これが、ボーダー弓場隊々員神田忠臣としての、ランク戦の終わりだった。