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真那
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カルジナ
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澪標-みおつくし-
トラブルにより身体が小さくなってしまった上、微小特異点に攫われてしまったジナコを助けに行くカルナのお話。
※発行当時のものから大幅に加筆・修正を加えております。内容自体は変わっていません。
※発行当時の情報に基づいた設定となっているので、最新の状況と齟齬が出ている部分もあります。
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──ああ、疲れた。
小槌を社の在るべき場所へ戻し、入り口付近の階段に腰を下ろしたとき、まず頭を過ぎったのはそんな一言だった。
そして、
「え、えっと
……
あ、あのお兄ちゃんたちが、全部おわったよって、おしえてくれて。それで、ここに来たら、きっと、会いたい人にあえるよって言ってたんだ」
「
……
」
自分がすべて終えるのを待っていたかのように姿を現した少年と、彼がもたらした言葉に対し、余計なことをしやがってと盛大に舌打ちしてやりたい気分になっていた。
だがここで忌ま忌ましさを隠すことなくそうしたら、目の前の少年は自分を恐れ、そしてひどく悲しむだろう。そう思ったら何となく気が引けて、喉の奥まで飛び出しかけたそれを無理矢理飲み込んだ。代わりにとばかりに、小さくため息を零す。けれどそんな些細なことでも、目の前の細く小さな肩はびくりとおおきく跳ねていた。
別に取って食おうというわけではないのだから、そう怯えなくともいいだろうに。
そんなことを思って、けれどすぐにそうさせているのが他でもない自分のこれまでの所業である事に気付き、苦虫をかみつぶしたような心地になってしまった。このばつが悪い感じをどうしてくれよう。
「それで? きみはぼくに会って、どうしたかったの?」
「え? え、えっと
……
」
「
……
そこまで考えてなかった、って顔だね」
「だって、だってぼく、絶対、ちゃんともう一回、一寸法師に会いたかったんだもん!」
うっすらと目に涙を溜めた少年は、わぁっ、と握り締めた拳をぶるぶる震わせながらヤケクソ気味に叫んだ。目の前にいるという超至近距離、しかも子どもの甲高い声で叫ばれたせいで、耳がキーンとなってしまう。一寸法師は思わず顔をしかめてしまった。
しかしそんな一寸法師の様子に気付いていないのか、少年は今度こそぼろぼろ涙を流しながら叫び続けている。
「だってぼくは一寸法師と一回会ったけど、でもちゃんとおはなしとか、してなかったんだもん! ぼく、ぼくはずっとずっと、一寸法師がだいすきだったの。だから、だからおはなし、したくて
……
っ!」
少年の声は、徐々に涙に飲み込まれて小さく弱々しくなっていく。ひっく、ひっくと肩を震わせながらしゃくり上げる姿に、さすがにちくりと胸の奥が痛む心地がした。
「あのさ。ぼくはきみの住んでいる村の人たちに乱暴したし、大切にしている宝物を盗んだんだぞ。そんなことをしたっていうのに、きみはまだぼくが好きだっていうのか?」
「わ、かん、っない
……
」
「わかんないのかよ」
「だって、でも、ぼくが一寸法師のおはなしをよんで、ぼくもがんばろうって思ったのはほんとで! 一寸法師みたいに、自分よりずうっとおっきい相手でも負けないくらい! だから、だからぼくは、えっと、なんだっけ、その」
「なんだっけって、きみねぇ
……
」
幼い子どもの話し相手をするというのはこうも大変なことなのか、と一寸法師は小さく嘆息した。よくもまあこんなわけのわからない生き物を、世の親たちは十年も二十年もかけて育てているものだ、と少し感心する気持ちすらわいてくる。
「
……
」
そうしてふと、自分の親たちに思いを馳せた。少名毘古那神として自分を生み出した神産巣日神と、子供を望んで住吉三神に祈り一寸法師を育てることとなった老夫婦と、それぞれに対して。
その頃の自分が幼すぎて記憶にないだけで、かつては他の子供たちと同じように普通に慈しまれ、育てられていた時期があったのかもしれない。求められて生を得た以上、最初から疎まれていたわけではないはずだ。その後捨てられたという事実が自分の中に暗い影を落としているものの、少なくともかつては愛されていたことがあったかもしれないと、今だけはそう思いたかった。この記憶を次の現界のときに引き継げるかどうかはわからないけれど、今の自分がそう思えているから、これはこれでいいこととしよう。
それはそうとして、まずは目の前の少年のことである。一寸法師はやれやれと大袈裟に肩をすくめて見せながら言った。
「ああもう、わかった。わかったよ。
……
きみが会いたい『一寸法師』に会わせてやるから、待ってろ。ちょっとの間、目を閉じていてくれるか?」
「?」
きょとんとした顔をする少年だったが、やがて素直に頷くと両手で自分の目を覆い隠した。その幼いが故の丸みと柔らかさを帯びた手に、なぜだか少しだけ胸が締め付けられるのを感じながら、一寸法師は自分の身体を変化させる。
否、変化させるというより、実際のところは『元に戻る』と言った方が正しいかもしれない。自分の本来の姿はこちらであるといえるから。小さな身体は己が捨てられる原因となった忌むべき姿であり、必要に迫られたとき以外はあまりなりたくない状態ではあったが、この少年の前で晒すこと対しては不思議とあまり抵抗がなかった。
「ほら、もういいよ。目を開けてみて」
「
……
あっ! 一寸法師!」
社の階段にちょこんと立つ自分の姿を見て、少年の顔が見るからに明るいものに変わったのがわかった。その無邪気な顔にむず痒いものが胸の内からこみ上げてきて、思わずぐっと言葉に詰まりそうになってしまう。
けれどそれを表には出さず、一寸法師はなるべく優しく見えるように微笑みを浮かべながら口を開いた。
「うん、そうだよ。さっきまでのは
……
ええと、なんというか。ほら、あれだ。小槌で大きくなったあと、人間の世界でうっかり悪に染まってしまった悪い一寸法師の姿だったんだ。でもこうやって小さなかつての姿に戻ることで、ぼくはかつての、善だった頃の一寸法師の心を取り戻すことができる。だから、ええと、きみが好きだっていう一寸法師は、きっとこっちの姿のほうだろ?」
そう言って小さく微笑んで見せると、少年はこくこくと夢中で頷いていた。
口からでまかせでそんな適当なことをと、己の中の冷静な部分が脳内でそう吐き捨てている。いつもの自分だったら一緒になって嘲笑を浮かべるところだが、今日ばかりはそいつを黙って殴り伏せた。
どうしてこんな、鼻で笑いたくなるような馬鹿げた茶番を演じたくなったのか。嘘をついてまで、忌み嫌っていた姿を晒す気になったのか。今ここできらきらと瞳を輝かせ、興奮で僅かに頬を紅潮させている目の前の少年の姿が、きっとそんな問いに対する答えだった。
「
……
ああ、そうか」
すとん、と。
何か大きなものが自分の中で、あるべき場所に落ち着いたような心地がした。
自らが描かれている『一寸法師』という物語が残っている限り、語り継いでくれる者がいる限り、その物語の主人公である自分は、この世界でその存在として生き続けられる。
紡がれる物語が後世へと受け継がれていくのは、その物語が必要だと求め続けられているからだ。人々に変わらず愛されているからだ。
それは確かに、自分がずっと求め続けていたような愛され方では決してないのだろう。けれどこうやって時代を超え、様々な人に愛されて大切にされているのならば、まあそれはそれで悪くはないかなぁなんてことを思ってしまう。
きっと自分が自分として誰よりも愛した彼女も、そういう物語を含めて、全部の一寸法師を愛してくれていたのだろうから。
「あ、ぼくね! 一寸法師のおうた、ぜんぶうたえるんだよ! 聞いて聞いて!」
「はいはい、ちゃぁんとここで聞いてるよ。お好きにどうぞ」
一寸法師が頷いてみせると、少年はぱぁっと顔を輝かせた。自分の言葉で簡単に一喜一憂するそのあまりにも無垢なさまに、思わず笑みがこぼれてしまう。そうして少年は一寸法師の真正面に背筋をぴんと伸ばして立つと、すう、と大きく息を吸って、慣れた様子でその歌を口ずさみ始めた。
きっと今まで何度も何度も、その歌は彼によって紡がれてきたのだろう。こうして歌が伝わっているということは、彼だけではなく、たくさんの人が『一寸法師』という物語を伝えようとしていた証左なのだろう。そうして現代まで一寸法師の物語がつながれてきた結果、今彼はこうして一寸法師を愛してくれている。
あの小槌を手放したとき、一寸法師にも少しだけわかったことがあった。頼んでもいないのに、あの小槌に蓄積されていた記録が流れ込んできたのだ。まるで『忘れないでくれ』とでも言わんばかりに、強烈に。
この特異点が発生したきっかけは、自分が小槌を手にしたことが直接の原因ではなく、もっと早い段階にあったこと。
亜種聖杯としての力を僅かながら宿し続けていた小槌に向けて、『一寸法師に会いたい』と真剣に祈り続けていた者がいたこと。
そしてこの小槌、自らに蓄積され続けていた人々の信仰を、注がれた魔力のすべてを、その願いを叶えるために使おうとしたこと。その結果として、一寸法師というサーヴァントは召喚された。
つまり端的に言えば、本来の歴史に歪みを生じさせるほど『一寸法師」という存在を求めてくれた者がいたということだった。
サーヴァントが召喚されるのは、己の願いのために、今を生きる人間に求められたとき。そしてその求めた者は、サーヴァントをこの世界に繋ぎ止める楔となる。そして楔となったマスターは令呪ーー己のサーヴァントに対する絶対命令権を得る。
サーヴァントであれば当たり前に知っているべきことなのだが、一寸法師はそこに目を背け続けていたのだ。己の中に空いた穴は、そんなもので埋まりはしないと。
けれどあの男は、おそらく一寸法師と同じか、或いはそれ以上に他者に疎まれて生きたはずの男は、そうやって誰かに求められてサーヴァントとしてこの世界に現界できることこそが、自分にとって最上の報酬だと言った。あんなにも澄んだ目で言い切っていた。
その言葉のすべてに、今の一寸法師は頷けない。だが今目の前の少年が一生懸命披露してくれている歌を聴いていると、何だか胸の奥にわだかまっていた黒々したモノたちが、ほんの少しだけ晴れたような気がするのだ。
だからきっと、自分もいつか、心の底から彼と同じように思える日が来るのかもしれない。そう考えている今も何だか悪い気分ではなくて、ふっと唇の端を綻ばせる。
そうして一寸法師はゆっくりと目を閉じ、森のざわめきと共に流れる歌に、そっと耳を傾け続けたのだった。
~完~
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