mishiadd
2024-05-14 18:43:07
12769文字
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ただでさえ生まれる時代を間違えてたのに更に間違えてて草

可惜夜を迎えずに盈月の儀が終結後、カヤちゃんが立派にお嫁にいくのを見届けて伊織殿は入水。……と思ったら現代に転生しちゃってただでさえ生まれる時代間違えてたのに更に間違えてて全然笑えない転生パロ。令和の男子高校生の宮本伊織くんとその親友のなにも起こらない不穏な凪いだ日々。


四、「しんじつ」

伊織が「江戸時代の夢を見た」と語ったとき、「ああ、ついにこの時が来たのだ」とセイバーは思った。
あれから四百年近く。――この日を待ち侘びていなかったと言えば嘘になり、この日を恐れていなかったと言っても嘘になった。

セイバーが目覚めたのは、あの夜に満ちかけた望月が再び幾度も満ち欠けを繰り返した後のことだった。目を開けるとそこは竹林で、細く長い竹が生い茂る濃い影の向こうに、満天の星空が広がっていた。
身を起こして、体の違和感に気付く。英霊としてこの地に召喚されてから馴染んだ体の重みではない。確固たる血肉の実体を持ち、重い――身に覚えのない受肉を果たしていた。

あれから何年が経ったのかもわからぬまま竹林から町に下り、一目散に浅草へと向かった。そこでなら、この不測の事態の収拾を図れるし――なにより、こうして受肉した今、「一緒に住んでも構わない」と思える人間が、その町になら居る。
――が、慣れ親しんだ筈の長屋はもぬけの殻だった。少なくとも数ヶ月は空き家になっているようだった。

家主の行方を知ろうと思い、その義妹よりも先に、とりあえず居場所のわかる馴染みの同心の許へと駆け寄った。
久しぶりに見た顔に最初は嬉しい驚きを覚えたようだった同心は、すぐに沈痛な面持ちへと変わった。――曰く。



「妹御が嫁いだのを見届けた数日後、河川敷で自ら命を絶っているのが見つかった」。



「カヤちゃんは一旦小笠原の家に戻ってきてるよ。ちょっと――そういう精神状態じゃないんでな。嫁ぎ先の御家も理解を示してくれて……って、そりゃそうだろうな。……俺だってよう……

最後の方では涙ぐみ、鼻をぐずぐず鳴らす助之進の前で、セイバーは呆然と立ち尽くすほかなかった。

なにが、悪かったのだろう。自分は一体なにを見逃したのだろう。
――あのとき、伊織は自分の真名を呼んでくれたのだ。この、血にまみれた名を。――それだけで自分は、自分の生は報われたのだと、そう思えたのに。

伊織が自分の剣を見る目には気付いていた。穏やかで優しい彼の中の「鬼」が、自分の存在によって揺り起こされそうになってしまっている状況は見えていた。だからこそ、夜毎あれほどまでに悩んだ。どうしてやればいいのか考えた。毎晩毎晩、それこそ、気の狂う程に彼の夢ばかりを見て――寝ても覚めても、彼という人のことを想い続けた。
だからあのとき、「盈月の器を壊す」と決めてくれたあのとき、心から安堵したのだ。すべてがうまくいくと思った。彼はそちら側にいかないでいてくれた、自分と共にこちら側にいてくれることを選んでくれたのだと。
――今思い返せばきっと、「そちら側」も「こちら側」もなかったのだ。やがて彼はどうあっても自らの本性を思い出す。そうでない間の時間は、ただ「まだそうなっていない」というだけで、いずれ彼の中の「鬼」が目覚めるまでの時間稼ぎに過ぎない。――そして、「鬼」が目覚め、自我を持ち、そこに「超えるべき剣」も「万能の願望機」ももはやないのだと理解したとき――こうなる。至極単純な話だった。

セイバーの愛した「鬼」は、遅かれ早かれ、この世に居られなくなる。その瞬間にセイバーが立ち会えるかどうかだけの違いだ。その瞬間に、セイバーが彼の願いを叶えてやれるかどうかだけの違いだ。
ただ、それだけの話だった。



受肉を果たしてしまったこの身を寄せる先も、もはやこの世にはない。
他に行くあてもなく、なんとなく幽霊長屋に住み着いた。嗜好品としてではなく必需品として食事を摂らなければならなくなった今、セイバーはかつて伊織が竈の前に立っていたのを思い出しながら、見よう見まねで炊事の真似事をする。そうして伊織との暮らしを思い出すことはまるで伊織の弔いのようだとは思ったが、敢えて考えないようにした。
かつて伊織が作ったものを真似たものを作り、伊織のいない長屋で食す。

やがて、「セイバーが長屋に戻ってきている」という話をどこからか聞いたらしいカヤが時折訪ねてきて、あの頃と同じように膳を用意してくれる日がぽつぽつとあるようになった。
ふたりで膳を囲む。――伊織だけがいない。

三日に一度、七日に一度、訪ねてきてくれたカヤの足が遠のく時期があった。久しぶりに来てくれたときにはお腹が大きくなっていた。またしばらく間があいて、また訪ねてきてくれたときには小さな女の子をひとり連れていた。そこでセイバーは気付く。ああ、カヤもすっかり大人になった。――大人になって、かつての伊織の年頃を追い越してしまったのだ、と。

カヤの口許に深い皺が刻まれるようになった頃、久しぶりに彼女が用意してくれた膳を囲み、まるで儀式のように「いただきます」と告げたときだった。

「セイバーさん。――もう時間もあまり残されていないから、今まで避けてきてしまったことだけれど言いますね。あなたは歳をとりませんね
――……
「初めてお会いした時から数十年は経っている。それでも、あなたはあの頃のまま、あのお美しいお姿のままです」

「あたしにはもう時間が残されていないから」、とカヤは再び繰り返し、言った。「これから先、きっととてもつらいと思います。――でも」。すっと畳の上で皺の刻まれた手を滑らせて、カヤがセイバーに差し出したものがあった。古ぼけた、しかし大切にしまわれていた梅結びの飾りだった。

「いつか、きっと。――いつかきっと、また。あなたなら、会える。あたしには無理でも、あなたなら、また」



――罰だと、思っていた。

「ここで一緒に住んでもいい」と思っていた人のいなくなったこの世界で、永遠に朽ちることのない肉体を与えられたことが。自分のせいで「もはやここでは生きていけなくなってしまった」あの人をひとり置いて、この世界を去った自分への。目的もなく、よりどころもなく、永遠に――自分に置いていかれた、かつての彼の苦しみを生きることこそが、自分への罰なのだと。

そうじゃなかったのかもしれない。

これは、僥倖だったのかもしれない。――これが永遠であるならば、もしかしたら、いつか。
たとえそれが気の遠くなるような歳月だったとしても、いつか――いつか。生きてさえいれば、いつか。いつか、また。



黒船の来航の報を、その耳で聞いた。かつて争った幕府が斃れ、江戸が東京と名を変えたのをその目で見た。
時代が変わり、年号が変わり、通貨が変わり、地図が変わり、技術が変わり――すべての移り変わりの中を、その身で生きた。



――そうして、ようやく、ついに、その時はきた