mishiadd
2024-05-14 18:43:07
12769文字
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ただでさえ生まれる時代を間違えてたのに更に間違えてて草

可惜夜を迎えずに盈月の儀が終結後、カヤちゃんが立派にお嫁にいくのを見届けて伊織殿は入水。……と思ったら現代に転生しちゃってただでさえ生まれる時代間違えてたのに更に間違えてて全然笑えない転生パロ。令和の男子高校生の宮本伊織くんとその親友のなにも起こらない不穏な凪いだ日々。


一、「かえりみち」

――とはいえ、今の宮本伊織は都内で男子高校生をやっている一介の少年に過ぎない。
前世にあっても一介の浪人に過ぎなかったのだが、まあそれはそれである。伊織の中ではその過去の記憶はまぎれもない事実であり、その現実性は疑いようもないのだが、しかしこんな話を余人にしようものなら「遅い目覚めか? 中学二年生で済ませておかなかったのか?」などと鼻で笑われるのが関の山だろう。

――なので、あくまで夢の話というていで、親友にはその一端を話してみることにした。

学校から下宿までの帰り道である。
駅についてしまえば乗り継ぐ路線が別々なので、なにか話すとなると駅前のファーストフード店にでも寄り道しなければならない。しなければならない、というのは、伊織の親友は常に腹が空いていて、金銭の感覚がなく、おまけになぜか伊織が彼の飯代を出すまでが自然の流れとして成立しているからだ。かような誘いは伊織にとっては大変な出費の原因となる。
とはいえ今日はまだ伊織にとっても納得のできる出費ではある。伊織側に話したいことがあって、それに付き合わせるから伊織が飯代を出す。これはまだわかる。―― 一昨日などは部活帰りに「イオリ、腹がへったぞ」などと唐突に言われてそのままうどん屋に連れ込まれ、天ぷらを山盛りにした上にコロッケまで乗っけたぶっかけうどん代を支払わされたのだ。一体なんだったんだあれは。

駅前のバーガーキングに寄ることにして、ワッパーやらチキンウィングやらをしこたま注文し山積みになったトレーをなんとか運んで席に座る。財布が確実に軽くなったが伊織は深く考えないことにした。
かさかさとハンバーガーの包み紙を開き、口まわりをBBQソースで汚しながら親友が「それで?」とくぐもった声で促した。
見ているだけで満腹感を覚えるような気がしながら、伊織がポテトをつまむ。

――あー、うん……今日見た、夢の話なんだが」

我ながら実に間の抜けた切り出し方だと思う。他人が見た夢の話など、「どうでもいい話」選手権があったら間違いなく表彰台には乗っている。
言っているうちにだんだん自信がなくなってきてどんどん声が小さくなり、最後の方などはほとんど自分でも聞き取れないようなか細い声だった。このままうやむやにして話さずに帰ろうか、と思い始めたところ、「うむ」と思いの外親身な相槌が聞こえた。
おや、と思い伊織が親友に目を遣る。ハンバーガーに齧りつくのはやめないまでも、つり目がちの大きな両の瞳がしっかりとこちらを見ていた。

……笑わないのか」
「きみがそんなしょうもない話をするなんてよっぽどだ。……余程悪い夢でも見たのだろう」

フンと鼻で笑うが声音は気遣わしげだ。促されたのだと思い、伊織は少しだけ姿勢を正した。改めて切り出す。

「妙な、夢を見たんだ。――俺はかつて、江戸時代の――慶安の頃の、浅草に住んでいて」
「ほう」
「そこで、浪人をしていて――というのも、そもそも俺の養父は」

二天一流宮本武蔵で。……ううーむ。荒唐無稽。

いややっぱりやめようかなこの話、と続く言葉を飲み込むようにアイスウーロン茶をストローで啜ると、親友が言った。

「まあ、無理に話す必要はない。どのみち夢の話だ。話したくなったら話せばよい」
「すまない、セイバー。ここまで付き合ってもらったのに」
「気にするな。既に駄賃は貰っている」

ひらひらと空になった包み紙を広げて振ってみせる。それから間を置かずに二つ目のハンバーガーに手を伸ばす。

セイバー、というのは親友のあだ名だ。都内の高校で初めて出会い、初対面の時に「そう呼んでほしい」と乞われて以来特に疑問を持ったこともなくずっとそう呼んでいる。
「宮本伊織」もなかなかだとは思うが、この親友の本名はもっとすさまじい。「あまりに仰々しくて目立つので、本名は呼ばないでほしい」と言われてあっさり得心したものだ。
ちなみに、セイバーというあだ名の由来がどこから来たのか伊織は知らない。「誰かがつけたのか」と訊いたら、少しだけ笑って「そういうわけではない」とだけ返ってきた。

「ほら、イオリも食え。きみが昼飯を抜いたの見てたぞ」
「ああ、ちょっと――さすがに今日は食欲がなくてな」
「その夢のせいか。……きみの食事を邪魔するようじゃ、そいつは本当に悪い夢だな。さっさと忘れるといい」

言うだけ言って片手でアボカドベーコントマトバーガーにかぶりつく。空いたもう片方の手でチキンウィングの入った籠を押し付けられ、「はいはい」とひとつつまみ上げた。
ぱくぱくと半分くらいまで食べ進めたセイバーが、ふと言った。

「あ、でも」
「うん?」
「きみの夢に誰が出てきたのかとか、ちょっとだけだが興味があるな。きみ、普段は誰の夢も見なさそうだし」

ひひ、と可憐な顔立ちに不釣り合いな意地の悪い笑みを浮かべ、セイバーがにやりと笑う。「んん、」と伊織が曖昧に笑った。

「おまえの期待しているような答えはないよ」
「夢なんてどうせ現実の焼き直しだろう。まったく知らない人間なんてむしろ出てくるものか。――どうだ、同じ学年で誰ぞ出てきたやつなどいないか? 剣道部のやつとか?」
「セイバー。誰も出てこなかったと言ったろう」
「なんだつまらん。隠さずともよいというのに」
「本当に、誰も出てこなかったんだ」

誰ひとり、見知った顔は出てこなかった。だからこそ、身につまされる。もう二度と手の届くことはない、遠いあの日々。息を殺してかろうじて生きていたあの時代で、突然呼吸することを許されたあの日々。――ただ、あるがままに生きることを許された、あの刹那の日々。
今ここで生きている自分とは、完全に隔絶されている。もう二度と戻れないと思い知らされながら、こうして生き続けることを強要されている。――それが、罰。

「本当に誰も出てこなかったのかー?」

まだ粘っているセイバーに苦笑が漏れる。「ああ、おまえが知っているやつは誰も、」と伊織が答えたときだった。

――私も?」

ふ、と囁くような、祈るような声音だった。
伊織がセイバーを見遣る。食べかけのハンバーガーをトレーに置いたセイバーが、妙に改まって背筋を正して座っていた。

「きみの夢には私も出てこなかったのか? イオリ」

思いの外真摯な表情とぶつかる。伊織がじっと見つめていると、やがて「ぷんす」といつものようにセイバーが小さな唇を突き出した。
伊織がその顔に苦笑する。やがて、珍しくはははと声を上げて笑った。

「なぜおまえが俺の夢に出てくると思うんだ。出てこなかったよ」
「なぜだ! きみとは親しい仲だと思っていたのに!」
「なぜ親しいと夢に出てくると思うんだ。実の両親さえ出てこなかったのに」

「そもそも、人の夢に勝手に出演させられるのは普通は御免蒙るものではないのか? 出ていなくてよかったじゃないか」と笑いを引きずりながら伊織が言う。

「それはそうだが、出ていなければ出ていないでつまらぬ。つーまーらーぬー」

ますます口を尖らせて手足をばたばたさせ始めたセイバーを「行儀が悪い」と伊織が窘める。
素直に聞き入れて大人しくなったところに、「毎日こうして顔を合わせているのに、夢でまで会っていたら大変だよ、セイバー」と宥めるつもりで優しく諭した。
その言葉にセイバーが一瞬、元々大きな目を丸くする。それから、はははと大声を上げて笑った。

「本当にその通りだな! もし、万が一そんなことがあったら」
「そんなことがあったら?」
「きっときみも私も狂ってしまう。そう思わないか、イオリ」
……うん……?」

食べかけのハンバーガーを手に取り、空いた方の手でトレーを持ち上げながらセイバーが席を立つ。つられて席を立った伊織を振り返って、セイバーが笑った。

毎晩きみの夢なんか見ていたらきっと私は狂ってしまう。そうだろう、イオリ」
――あ、ああ――?」

意味の飲み込めないまま相槌を打ち、伊織がセイバーの後を追う。
――いつもの、親友の笑みが。

なにかひどく、得体の知れないもののように見えた。