なかなかどーしてややこしい

花宮真、黛千尋、黒子のバスケ、名探偵コナン、工藤新一

練習試合は組まなかったし、スポーツ自体を高校で辞めたし、最終学歴も高卒で打ち止め、職も住所も書けないわけだが、どうして今さら現れたのか、大卒まっしぐらの黛千尋は探し出してまで告げるのだ。「い——」「——今それどころじゃないですすみません」

主人公または周辺人物がいわゆる犯罪者になります。
ヒトないしヒトのようなものが死にます。
クロスオーバーです。複数の作品の世界観を融合しました。


妖術師

  一

 今それどころじゃないですすみません。
 十二月、卒論提出前の大学生の貴重な土曜日に、後輩と呼ぶには縁遠い——そのちんけな縁をたどれば「先輩」に当たってしまうおそれさえある——花宮真(男・年下・無職・高卒・元バスケ部)は息もつかずに拒絶した。顔も上げずに切り捨てた。並の人間ならキレていた。
 しかし黛千尋には、おおむねバスケ部に所属していた高校時代がある。
 バスケ。この崇高な球技は彼に自己抑制を刷りこんだ。口癖は、もしかして「部活の癖が抜けなくて」になるかもしれず、
「クソッ」
 黛は、しれっと隣にトレーを置く。
 土曜午後二時、M市M駅から歩いて二分のマジバーガー。客の入りは悪くない。右隣の女子高生はクラスのなかよし四人組。左隣は男子高校生、サッカー部一年の三人組といったところか。それぞれ年相応ににぎやかで、かといって店の品位をおとしめる程度でもない。仮に一つ二つ物申される時が訪れても、その対象は、まず中間の花宮だ。なにせホットコーヒー一杯きりで、四人席を独占している。
 いや、していた、のか。
 花宮のぴったり隣で、黛は自分の紙コップに口をつけた。対照的に湯気を上らせる黒色が、冷えた体をよく温める。かぶりついたハンバーガーは空いた胃袋を満たしてくれて、つまんだフライドポテトは、まだ形状を維持している。
 元はといえば花宮も、ここに昼食を求めて入ったはずだ。彼の紙コップは、トレーの上に放置されている。同じところにソースの染みが一つか二つか。彼がそれをどのような形相で食ったかということまで、黛には想像がついた。
「クソッ」
 花宮が再び悪態づく。
 そう、こういう形相だ。こういう。まるで人ひとりを殺せるような、殺したいような、殺したような。
 おや花宮もバスケ部ではなかったか、などとは言ってくれるな。ご存じのとおり、おおむねバスケは団体戦で、特に高校バスケは五対五の形式を多く取る。五人と五人がひとつのボールを奪い合い、背の高いゴールを争って得点を競うのだ。かといって全員でボールを追いかけていても勝てはしない。戦術というものがある。そして戦術に応じて、五人それぞれに役割が与えられる。ポジションである。
 黛と花宮ではポジションが異なったのだ。つまり役割が異なり、要求される技術も異なった。
 黛のポジションはバスケ語でパワーフォワードといった。その名のとおりパスの中継役のことである。黛の高校は超がつくほどバスケの名門で、超がつくほど強豪のバスケ部を擁していた。黛は三年になって初めてレギュラー入りを果たし、その最後の一年はフォワードの名にふさわしく、死ぬほど敵のボールを奪わされたわけだ。これに手品の技術が必要であることは、黛の世代にはあまりにも有名。
 さておき、あとはバスケIQや得点力も要求された。ここは花宮のポジションとの共通点だ。彼はポイントガードといって、コート上のコーチとも称されるポジションについていた。ガードとついても、理想形はオールラウンド。まあ花宮も何でもやった。必要に応じて攻めて守って、敵のボールもよく奪い、司令塔どころか監督になった。やらなかったことといえば手品くらいだ。
 とまれ黛と花宮には、このような差異がある。黛がパワーフォワードにふさわしく突然キレない精神を身につけたように、花宮はポイントガードにふさわしく当然フェアプレーしない精神を身につけた。黛がフェアプレーをしたとしても、しかし花宮は引き合いに出されないだろう。なら花宮がキレたとしても、黛のことも引き合いに出すべきではない。学校も違ったし、きっと花宮のあおり耐性はゼロといくらか。
 いやいやいやいや。
 そこで花宮が舌打ちをしたので、あれ思考を読まれちまったかなと、黛は焦りに似た感情をひっそりとしまった。同時に横目で両隣の高校生の様子をうかがった。いい加減に彼らが逃げ出しかねないぞと考えたのだ、が、杞憂であった。花宮も相変わらず手元の縦長の画面をにらみつけていた。おそらくスマートフォンである。黛は何も言わずにポテトをつまんだ。そして画面をのぞき込んだ。花宮はとがめなかった。
 どうやら「今それどころじゃない」ことは本当らしい。
 人ひとりを殺せるような、殺したような、そういう形相を向ける、——花宮が殺したい相手が、その端末で再生される動画の中に存在するのだ。
 一本の動画を再生していた。花宮の親指は小刻みに、その再生範囲を変更した。様相を抜きにしても異様な光景だったから、黛は相席に対して多少の後悔を抱き始めた。両隣の高校生たちだって同意してくれるに違いない。
「明日の小テストがさあ」
「俺スタメン入れっかなあ」
 ああ、きっと。花宮の行為に気づきでもしたら、たぶん。当然そのような事態はあまり望ましくないので、むしろ歓迎すべき現状だろう。花宮の行為に気づきでもしたら、きっと逃げ出すだけでは済まなくなって、ここでのできごとを積極的に忘れることに努めなければならなくなるのだ。高校生は高校生だけで、いつまでも世間話を楽しんでくれ。俺だってポテトの味を楽しみたいから。
 フライドポテトを、また一本。かみ砕く黛の首より下で、ただ一本の動画が頻繫な一時停止を伴って再生され続ける。花宮の指は一時停止と同様の頻度で、映像の一部を拡大する。つまりは花宮が殺したい相手のことを。絶対に高校生たちには、いや、他のどの客にも気づかせてはならない標的だ。それは、どこからどう見たって、女子大生と女児だった。ものの弾みにでも気づかれてみろ、通報ものだぞ、通報もの。
 一つ二つ物申されるだけで済む程度の現場ではなかったのだ、すでにして。花宮や黛と同年代らしい女性と、小学校中学年程度の子供、そのどちらともが花宮の殺意の対象で、まず確実に実在する。というと、その動画がTV番組でも映画でもないということで、しかしながら肝心の二人組の合意のもとに企画・配信されたものでもないということだ。おそらくは、コンビニエンスストアの監視カメラの映像である。
 黛はフライドポテトを再びつまむ。
「それ誰だ」
 花宮の指の中で、女児が飲みものを迷っている。
 黛のポテトは少ししなびていた。
 花宮は呟くように答えた。
「ガキ」
 それから殺意を持ってにらみつけた。縮小、再生、一時停止、また拡大。髪の長い女子大生。冷蔵庫の扉のガラスが、彼女の顔を反射する。だが、造形のほどはわからなかった。結局、黛は再び尋ねた。花宮も再び答えた。
「ガキの母親です」
 殺したくて仕方がない相手について無関係の第三者の前で話すとき、人は今の花宮と同じ声を出すのだろう。声量の問題ではなくて、しかし呟くようではあって、地面を無理やり這わせたようでもあって、そこにまずいホットコーヒーをこぼしてしまってももはや変化は望むべくもないようであって。俺でなきゃ逃げ出しちゃうねと、冗談を抜きにしても感じられてしまったので、黛はさらに問うた。
「それだけじゃねえだろ」
「一昨日の——女です」
 花宮は、さらに答えた。
 高校生の会話が、ぱたりとやんだ。
 はああ。黛は内心で息を吐く。
 高校生たちは、決して視線を向けてはこない。黛には、それが彼らの並々ならぬ努力の結果であることが、よくわかってしまった。
 ただこれだけのことで、あたかも店内が静かであるかのように錯覚させられる。そんなことはない。ただ高校生たちが、ささやき合うことも忘れてしまった、それだけなのだ。
 誰かがコーヒーを取った。
「空か」
 花宮だった。取った紙コップを、舌打ちもしないでトレーに戻す。だが、もう遅い。女子高生が一人、急に声を張って、帰ったら通話をしてもいいかと話し始める。いいよと別の女子高生が答える一方で、男子高校生は露骨に店を出ることを提案する。まあ動画の秘密は守られただろうと黛も冷めたコーヒーを飲み干し、トレーに戻し、かばんを開く高校生たちを尻目に、話題を変えることにした。
「髪、伸ばしてるんだな」
「あの女、なんて言ったと思います」
 普通に失敗した。