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乙麻呂
2024-05-02 17:43:19
21265文字
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花も実も在る
アンソロ開催ありがとうございます!!
参加させていただきました。二人の関係性のゆらめくような変化を……描けていたらよいな(願望)
・原作二巻、アニメ二季までの内容
・not CP
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【800と余年】
金色に光る仙京を歩いていると、正面から荒々しい足音が聞こえてきた。
「
………………
」
裏道に抜けようかと考えるが、神官達の豪奢な宮殿がどこまでも続くこの場所に都合よく裏へ抜ける路などありはしない。
僅かに眉を顰めた、その瞬間。
通りの向こうから、赤い外套を羽織った武神が現れた。
「
………………
!」
慕情の姿を捉え、ただでさえ厳しい顔が一層険しくなる。
「これは南陽将軍。戻っているとは珍しい」
「霊文に報告に来ただけだ。すぐにまた降りる」
慕情の冷笑にピクピクと眉を動かしながらも、風信は最低限の言葉を返すのみだ。
周囲では神官達がこちらを見てヒソヒソと話している。
「あの二人が顔を合わせるなんて何ヶ月ぶりだ?」
「玄真将軍も巡察以外は自殿から滅多に出ないのに」
「喧嘩するんじゃないか?」
「そうよねぇ。見て、睨み合って
………
」
「ここは私の宮殿が近いんだ。他所でやって欲しいよ」
しかし、その目は少しの見所も見逃さないと言わんばかりにこちらに注がれている。
内心では、慕情と風信が殴り合いの喧嘩をした方が面白いのだ。
慕情は笑みを浮かべる。
「フン、南陽将軍は忙しそうで何よりだな。また信徒を増やしたんだろ?」
巨陽将軍、と唇の動きだけで揶揄すれば、風信のこめかみにびきりと青筋が浮かんだ。
「お前こそ、夢枕に立ってまでねちねちと自分の神像やら廟に文句をつけて作り直させてるんだってな?だから信徒も廟も増えないんじゃ無いのか?」
「神号もまともに覚えて貰えない神官よりはまともな仕事をしてるつもりだが?」
「アレは!あの国王が勝手に間違えたんだ!!!」
ビリビリと金殿が震える。
慕情は煩さげに顔を歪めた。
「それにしたって、まともに信徒の声を聞いていたらもう少し早く気付いただろうに」
十数年の間に神号が変わっていた事は、風信にとって神官となって以来一番の黒歴史だ。
慕情に言わせれば、何で気付かずにいられるんだと呆れるばかりである。
さてまた殴り合いが始まるかと、神官達がそそくさと距離を取り始めた。
しかし、意外にも風信は怒りに打ち震えながらもなんとか罵声を呑み込んだ。
「っ
………
失礼する!」
風信は吐き捨てると、ばさりと外套を翻してさっさと立ち去る。
その後ろ姿を見送りながら、慕情もまた反対方向へと歩き出した。
(失礼する、か)
随分と慇懃無礼な態度を取るようになったものだ。
そう言えば、かつて太子殿下の侍衛をしていた頃の風信は、丁寧な振る舞いをしようと思えば出来る奴だった。
かつて国主と皇后に謁見した際、所作の綺麗さに舌を巻いた。
その情景も感心する気持ちも、既に色褪せて久しい。
慕情ですらこうなのだから、記憶力の悪い風信など、もう忘れてしまっているかも知れない。
(八百年
………
か)
悠久の時と言うものは、随分と呆気なく過ぎ去るものらしい。
慕情と風信は、それぞれ武神として瞬く間に頭角を表していった。
三十三人もの神官が一人の生まれたばかりの鬼によって没落させられてからは更に忙しく、脇目を振る間も無く駆け回っていた気がする。
いつの間にか慕情と風信は将軍と呼ばれ。南方を守護する存在となった。
今では、神官の中でも上位の十名
………
《十甲》に数えられる程だ。
風信との間に深い亀裂はあるが、地位にもはや何の差も無い。
敬意を払う必要も無ければ、払われたくも無い。
なのに、何なのだろうこの関係は。
古くからの知人だと、いっそ誰も知らなければ良いのに。
アイツと完全に他人として振る舞えたら楽なのだろうか。
(なんて、考えるだけ無駄だな)
慕情は自嘲を漏らし、歩き始め
……………………
その瞬間、上天庭が揺れた。
飛昇を告げる金の鐘が狂ったように鳴り響く。
丁度その鐘楼の側を通りかかっていた慕情は、あまりの煩さに思わず耳を塞いだ。
フッ、と鐘が鳴り止む。
慕情の頭上に大きな影が落ちた。
◆◇◆◇
仙楽太子こと謝憐が三度目の飛昇を果たしてからと言うもの、慕情の毎日はまぁまぁ変わった。
法力も無いのに厄介な鬼の討伐に出掛けるわ、上天庭に居つかず人界に降りてあろう事か自分で自分を祀り始めるわ。
殿下自慢の菩薺観を初めて見た時には、白目を剥いて気絶しそうだった。
自分なら、こんな祀られ方をしたらその日のうちにら雷を落としているだろう。
しかも、気付いたら何故か絶境鬼王が側にいる。
寝首をかきに来たと言われた方が余程心穏やかになれるだろうに、何故か血雨探花は少年の姿で殿下に媚びていた。
寒気がする。
あの鬼がようやく離れ、殿下が上天庭に顔を出したと思えば、鬼市に潜入するわ、そこで血雨探花の湾刀に右腕を負傷させられるわ。
しかも、永安の太子にして、現在東方武神である泰華殿下こと郎千秋の両親や臣下を皆殺しにしたと言い出した。
その真偽を問いただそうとしたら邪魔が入り、その隙にあろう事か血雨探花が現れ、殿下を攫ってしまった。
気が休まる瞬間が無い。
「ああ、クソ、お前のせいだぞ!」
吐き捨てながら、ようやく辿り着いた地面に腰を下ろす。
地面と言っても半分は泥で、普段ならば風信を沈めるならまだしも、自分が座ろうとは思わなかっただろう。
しかし、既に全身沼に浸かった身にこれ以上汚れる余地など無く、疲れも勝った。
幾重にも重なった武神の衣がどしゃりと重い音を立てる。
「賽子の目を出したのはお前だろう!?何でもかんでも俺のせいにするな!!」
「最初に女湯なんか引き当てたのはお前だろう?」
「女湯の話はするな!!」
何を思い出したのか、風信が青褪めた。
二人は、血雨探花の法術により人喰い鰐の沼に飛ばされ、心底疲弊していた。と言っても、何十何百と言う巨大な人喰い鰐と戦ったせいでは無い。沼の中で風信と取っ組み合いの喧嘩をしたせいだ。
勿論、どれだけ戦っても決着など着かず、このまま沼を更地にしたら、次に謹慎に処されるのは慕情と風信だ。
我に返れば、もう争うのも馬鹿らしくなった。
風信はとっくに地面に胡座をかいて座り込んでいたが、同時に今すぐ駆け出して行きたいとばかりにそわそわとしている。
そんな態度を見ていたら、自然と軽笑が浮かんだ。
「そんなに殿下が心配か?」
泥に濡れた外衣を脱ぎながら揶揄してやれば、風信は信じられないモノを見る目を向けてきた。
「血雨探花に拐われたんだぞ!?お前は心配じゃないのか?」
「あの殿下の表情を見なかったのか?どう見ても喜んでただろう」
「何で喜べるんだ!?厄命に傷付けられたと風師が言ってただろう!!クソッ、やっぱり鬼王は鬼王か
……
」
「返り討ったと言ってたんだ。大方、郎千秋と血雨探花がやり合うのに、殿下が突っ込んで行ったんだろう」
無謀を通り越して馬鹿としか言えない行為だが、殿下はそう言う人である。
あの湾刀厄命の威力を考えれば、殿下の腕があの程度で済んだ事自体があり得ない奇跡だ。
血雨探花が辛くも湾刀を寸止めしたのは確実だろう。触れていたら殿下の腕は今頃比べられない程に悲惨な事になっていた。
風信も優れた武神ではあるのでそれを理解出来ないことは無い筈だが、今は焦りや心配が勝っているんだろう。
南陽将軍の名が聞いて呆れる。
「それでも傷付けた事には違いない!!しかも仙京に忍び込んで俺達の目の前で殿下を
………………………
クソッ!」
「
……………………
」
あまりに沈痛な叫びに、慕情も沈黙する。
慕情とて、目の前でまんまと出し抜かれて気にしていないわけでは無い。
武神としての矜持をいとも簡単に傷付けられた礼は、しっかりしてやると思っている。
しかし、風信が焦れば焦る程、慕情の心はやけに平静になっていた。
「お前、聞いてるのか?」
反応の薄さに、風信が訝しげにこちらを見た。
ふと過ぎった感覚は、何だろうか。
懐かしさに似たそれは既視感のようなものだろうが、どこか違う。
慕情は目を眇めた。
「慕情?お前、そんなに泥塗れが嫌なのか?」
慕情が沼に沈んだのは悪趣味な賽子の所為だが、泥を全身にかけたのは風信だ。
綺麗好きな慕情にとって、服のシワから髪の一本一本に至るまで泥塗れの現状は放心する程耐えられないのかと、風信は珍しく少し狼狽えた。
コイツが自分を心配しているのがやけに可笑しくて、慕情はハッと軽笑した。
「泥で汚れた程度で喚くわけないだろう」
風信の顔には“いや、泥をかけた瞬間ブチギレたじゃないか”と書いてあるが、賢くもこれ以上慕情を刺激する事はしなかった。
「ともかく、早く戻るぞ」
風信は重い腰を上げ、軽く泥を払いながら言った。
「仙京にか?」
コイツなら、泥塗れだろうがどこまでも殿下を追うと言い出しかねないと思っていた慕情は意外そうに眉を上げた。
案の定、風信は不本意そうに顔を歪めながらも嘆息した。
「
……………
仕方ないだろう。何度賽子を振っても、血雨探花に揶揄われるだけだ」
「フン、お前にしては賢明だな」
風信は沼から離れ、固い地面を見付けると尖った石で縮地千里の陣を書き始める。
その手元を覗き込み、とりあえず「下手だな。また変な所に飛ばされないだろうな?」と呟きつつも、慕情も特に反対意見は無いので大人しく完成を待ってやる。
暫くして、風信はなんとか陣を書き上げた。霊光を帯びており、とりあえず機能はしそうだ。
風信は顔を上げ、素っ気なく言った。
「行くぞ」
「ああ」
陣の光が二人を呑み込む間際、慕情はまた既視感を感じた気がした。
いや、違う。
これは
…………
(成し得なかった過去、か)
八百年前のどの地点まで戻れば、こうして風信と志を同じくし、共に在れたのだろうか。
思えばこの八百年と言う年月、風信との関係は
跷跷板
シーソー
のようにグラグラと揺れていた。
顔を合わせる度に喧嘩をしていたが、互いにピリピリしており、険悪の一言だった。
別に、心の底から憎んでいるわけでは無かったが、どうしようもない溝があり、どれだけ言葉を交わしても虚しくなるばかりだった。
それが、今は。
殿下が飛昇してから、いつの間にか風信と自然体で接していた。
まるで、仙楽時代に戻ったような距離感だが、あの頃と違い遠慮や配慮は無い。
その無遠慮さが、文句を言いながらも思考や行動が自然と噛み合うのが、やけに心地よい。
自分達の関係の溝は
……………
欠けていたモノは、あの太子殿下
…
謝憐だったのだと、嫌と言う程思い知らされる。
太子殿下を中心に、自分達は並んでいた。だけど、今はその立ち位置に落差は無い。
水平線上に並んで居る。
(
……………
肩を並べるって、こんな感じだったのか)
昔の自分が掴めなかった感覚をそっと噛み締めていると、風信が訝しげに慕情を見た。
「何だ、行き先に不安があるなら自分で書け」
「法力が勿体ないだろう。別に良い」
「
……………
何を笑ってるんだ?」
慕情の表情をまじまじと見て、風信が目を丸くする。
慕情はその顔を見返し、肩を竦めた。
「お前と対等過ぎて笑えてきたんだ」
「ハァ
………………
?」
どう考えても皮肉としか思えない言葉に、風信は首を傾げる。
この場合の対等とは、『お前と同列の馬鹿な自分に呆れているんだ』と言う意味だと、普通なら思うだろう。
暫く黙り、風信はやっぱりよく分からない顔で言った。
「
………
お前とは最初から対等だろう?」
八百年間から変わらない愚直な言葉に、慕情は笑みを深めた。
「お前は最初からそう言う奴だったよな」
「ハァ?どう言う意味だ!?」
いきりたつ風信に、慕情は軽く声を立てて笑う。
言葉の応酬がこんなに楽しいとは、過去の自分は知らなかった。
光は収束し、その向こうに上天庭の風景が浮かび上がる。
風信と慕情は同時に歩き出した。
この先はきっとどこまでもコイツと並んで行くんだろうと、予感しながら。
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