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乙麻呂
2024-05-02 17:43:19
21265文字
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花も実も在る
アンソロ開催ありがとうございます!!
参加させていただきました。二人の関係性のゆらめくような変化を……描けていたらよいな(願望)
・原作二巻、アニメ二季までの内容
・not CP
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【一年】
「何て事だ」
剣を下ろし、謝憐は呆然と呟いた。
対面には、まだ剣を水平に構えたままの慕情が立っている。
滝のように汗をかき、頬は紅潮し、少し息も切らしているが、それでも一歩も引かずにいた。
対する謝憐は、汗こそかいているが息は切らしておらず、かなり余裕がある。
このまま剣を交えていれば、間違い無く慕情が負けていただろう。
しかし、勝敗など大した問題では無かった。風信ですら、謝憐を相手にして勝てはしないのだから。
謝憐は宝剣と称される剣を地面に置くと、興奮して慕情の肩を掴んだ。
「すごい!こんなに剣が出来るなんて何で教えてくれなかったんだ!?」
「ご冗談を。まだまだ貴方の足元にも及びません」
謙遜しながらも、慕情の口元は緩んでいる。
側で見ていた風信が得意げに叫んだ。
「ほら見ろ!殿下はきっとお前の腕前に仰天するって言っただろ?」
「風信は知ってたのか?何で私に一言も言ってくれなかった?」
憤然と風信に詰め寄る謝憐に、慕情が汗を拭きながら淡々と言う。
「私が口止めしたんです。殿下にお見せ出来るような練度ではありませんでしたから」
「何を言うんだ!!元から筋は良いだろうと思っていたが、私の知らない間にここまで剣を身に付けていたとは
………
私を除け者にしたな?風信!」
キッと謝憐が風信を睨み付ける。
風信は面白いように反応する謝憐に、笑い転げながら言う。
「除け者になんてしてません」
「いや、してた!いつの間にこんな
…………
ああ、もう、そんな事はいい。慕情!!君はすごい才能の持ち主だ!最近、一段と動きが洗練されてきたと思ってたんだ!」
謝憐に肩をバシバシと叩かれ、慕情は苦笑した。
「ありがとうございます」
風信に剣を習うようになって半年が過ぎた。
剣を振うのは予想以上に楽しく、体に馴染んだ。
今や、風信と剣を交えるのにそう苦戦しない程度の腕前にはなっていた。
そして今日、おもむろに風信が「お前が殿下の相手をしろ」と剣を放って寄越したのだ。
「慕情が!?」と驚き、期待に目を輝かせる殿下を前に拒否する事も出来ず、慕情は剣を構えた。
殿下の見た目以上に重く速い剣技に圧倒されながらも、慕情は何とか食い下がった。
殿下を相手に食い下がれると言うのは、それだけで飛び抜けた腕前があると言う事になる。
「ほらな、殿下も絶賛しただろう?」
夜更けの鍛錬で、風信は自分の事のように誇らしげに言った。
それを、模造刀を構えながら慕情は呆れ顔で嘆息する。
「急に振らないで下さい。殿下のお相手はまだ無理だと言ったでしょう?」
「そうか?あれだけ出来れば十分だろ。良かったな」
「だから、良くないと
…
」
「明日から、殿下がお前の剣の面倒を見るだろうな」
「
……………
」
慕情は模造刀を構えたまま、風信を見やった。風信は剣で型をなぞりながら軽い口調で言う。
「俺の技量じゃ、これ以上は教えられないからな。殿下に指導されれば、もっとお前は強くなるんじゃないか?」
これ以上は教えられない。
その言葉がやけに胸に刺さった。
これ以上、夜更けに自分の剣の面倒を見るのが嫌で、体良く殿下にその役目を押し付けようとしていたのか。
剣の力量を認めてくれてたのかと、少しでも喜んだ自分が馬鹿みたいだ。
「
……………………
太子殿下に、教えを請えと?」
冷めた口調になったが、風信は気づかず軽く言う。
「請えとは言わないが、殿下は絶対にお前とも剣を交わしたがるぞ?殿下の剣技の一つや二つ、お前なら見てるうちに習得するだろう」
慕情は暫く黙って模造刀を振るっていた。
一通り型をなぞり終えた頃に、ようやくポツリと溢す。
「
……………
太子殿下から技を盗めと?」
「何でそんな悪辣な言い方をするんだ?見取り稽古も立派な稽古だろ」
「
……………
」
骨の髄まで武芸に染まった男は、あまりにあっけらかんと言う。
毒気のなさに、慕情は嘆息した。
剣術や武術などかじった事も無かった貧民出身に、何の足しにもならない剣の稽古をつけるのが嫌になったのか、なんて勘繰る必要は、コイツに限っては無いんだろう。
風信も殿下も、ただ純粋に慕情の力量を認め、目の前の原石を磨きたくて仕方がないだけなのだ。
お人よしにも程がある。
それに、互いに睡眠を削るこの稽古が、良くない事は慕情も理解していた。
「分かりました。明日からは貴方の手を煩わせません。今日まで指導くださり、ありがとうございました」
剣を下ろし頭を下げると、風信は唖然とした。
「え?俺とはもう稽古しないのか?」
「は、はぁ?そりゃそうでしょう。貴方の時間を取らせるわけには
……
」
「取られたなんて思ってない。言っただろ?剣は相手がいた方が効率が良いと」
せっかく、本気でやれる奴がいるのに。
不貞腐れた顔をする風信に、今度は慕情がポカンとした。
その口元が緩む。
「貴方が寝不足で、侍衛に支障をきたさないなら」
「きたした事なんてないだろう?
…………
そう言えば」
風信はムッと眉を寄せ、ふと思い出したように口を開いた。
「お前、その口調もなんとかならないか?」
「はい?」
「お前も殿下の侍従だろ。なら、俺とお前は対等だ。
…………
『貴方』、なんて呼ばれたらゾワゾワする」
予想外の言葉に、慕情は目を丸くした。
対等。
風信が、そんな風に思っていたなんて。殿下以外、全てどうでも良いような態度のくせに。
胸の奥にじわりと広がった嬉しさを表に出す代わりに、慕情は皮肉げに目を細めた。
「
…………………
貴方こそ『お前』としか呼ばないじゃないですか。私を見下げてる証拠じゃないんですか?」
「見下げてない!俺のこれは、元から口が悪いんだ!」
「直す努力もせずいけしゃあしゃあと」
慕情は肩を竦めた。じとりと風信を睨む。
悩むのも馬鹿らしい程、模範回答は分かりきっていた。
「
……………
貴方は気にしなくても、周りが気にします。皇后からも覚えがめでたい貴方と違い、私が立場も弁えずにいるのを良く思わない人は大勢いるんです」
皇后や国主は、恐らく慕情の顔すら知らない。
国師や師兄、豊かな生活を送る町の人々。
風信と対等な顔で粗雑な口をきいて、顔を顰めない者が何人いるだろうか。
風信は、自分の地位の高さと相応の振る舞いを自覚していない。
慕情にとっては、風信も見上げる存在なのだ。
風信は心底不満げな顔をした。差し出した手を払い除けられたような顔だ。
慕情は小さく笑った。
「心配されなくても、いずれ貴方と名実共に肩を並べます。その時は
…………
後で、敬意が足りないとか言わせないからな。風信」
一瞬だけ、謙譲する事を捨てる。
風信は目を丸くし、にまりと、笑った。
「ああ、望む所だ」
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