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乙麻呂
2024-05-02 17:43:19
21265文字
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花も実も在る
アンソロ開催ありがとうございます!!
参加させていただきました。二人の関係性のゆらめくような変化を……描けていたらよいな(願望)
・原作二巻、アニメ二季までの内容
・not CP
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【半年】
あっという間に季節は変わり、太蒼山は一面が紅葉し色鮮やかにその景観を変えていた。
仙楽宮に設けられた修練場に、金属がぶつかり合う澄んだ音が幾重にも響く。
白い道袍を翻し、太子殿下は風に踊る花弁のように軽やかに舞った。
しかし、その動きに反して繰り出される一撃一撃はとてつもなく重い。
火花が出る程激しく打ち合う度、風信の額に汗が浮かんだ。
しかし、変幻自在、縦横無尽な斬撃を一つも取り零す事も躱しもせずに、全てを受け止めいなして行く。
二人はもう一刻もそうして打ち合っているのだった。
謝憐は武闘が好きで、とりわけ剣を愛している。それは、太子殿下が皇極観へ入山した時に持参した200もの宝剣が物語っている。
その力量は国で一番の才と言われているが、それはつまり、誰を相手にしても本気で剣を振るえないと同義であった。
辛うじて侍衛である風信だけが謝憐の相手を務める事が出来るので、暇さえあれば謝憐は風信に剣の相手をするよう強請った。
「すごい!まだ防ぐのか!!」
謝憐は風信に斬撃を防がれる度に、楽しげに笑った。
対して、風信の表情に笑みはない。
かと言って、限界と言うわけでも無いらしい。
ジリジリと後退したかと思えば、謝憐の猛攻のほんの僅かな隙を縫い、風信から間を詰める。
身軽さは劣る分、謝憐よりも体重の乗った一撃に、流石の謝憐も防御に回る。
そんな二人の打ち合いを、慕情は少し離れた場所で書を暗記する傍ら見ていた。
入門はしたが、元の学や教養は他の弟子に劣る部分がある。
それを補う為に、暇さえあれば書を読み修行の内容を反芻していた。
(
……………
へぇ)
力で押すばかりの馬鹿かと思っていたら、風信の動きには意外と無駄が無い。
足運び、剣捌き、目線、呼吸。
その全てが俊敏で、かつ合理的だ。
仙楽国で主流となっている剣の型をなぞってはいるが、実戦を知らない坊ちゃん戦法でも無い。
思わず見入っていると、殿下がとうとう風信の手から剣を弾き飛ばした。
殿下は風信の首元に切先を突きつけ、にこりと笑う。
「申し分無い斬撃だった」
「それはどうも」
首元にひたりと据えられた鋭い剣先を気にした風も無く、風信は肩を竦める。
「俺は弓の方が得意なんですから、あまり期待されても困ります」
「でも剣術も優れている!」
謝憐は興奮冷めやらぬ様子ではしゃいでいる。
「優れた才を磨かないのは勿体無いと思わないか?」
風信は手の甲で汗を拭いながら、少しだけ照れたように口元を緩ませた。
「貴方に付き合ってたら腕が何本あっても足りません!」
ほら、貴方はまだ修練があるでしょう。そう言って押しやられ、謝憐はつまらなそうに口を尖らせた。
「せっかくノッてたのに!」
文句を言う謝憐に濡れた手巾を放り投げ、風信は落ちた剣と謝憐の剣を纏めて回収すると丁寧に泥を落とし、鞘に収める。
謝憐は渋々顔を拭き始めた。熱った体に冷たい手巾が気持ち良いのか、表情が和らぐ。
「ほら、慕情。行こうか」
謝憐に呼びかけられ、慕情は書を閉じて立ち上がった。
「はい」
謝憐に促されるまま、慕情も皇極観へと向かう。
剣を太子宮の武器庫に収めた風信もすぐに追いつき、三人は楓の赤に染まった道を歩いて行った。
◆◇◆◇
皇極観の雑役から門下生となったが、雑務をする必要が無くなった訳では無い。
太子殿下は、快適な暮らしが送れるようにと皇后が寄越した従僕を全て追い返してしまった。
つまり、仙楽宮の掃除や食事の支度、水汲みと言った諸々の仕事は慕情と風信がこなさなければならないのだ。
殿下より数刻早く起きて朝食の支度や掃除をするのが、慕情の日課だった。
その日は、特に早く目覚めてしまった。
まだ日は昇っておらず、夜の冷たい空気にぶるりと体を震わせる。
もう一眠りしようかと布団を被り直そうとして、ふと動く気配に気付いた。
「
…………………
?」
仙楽宮の離れである質素な道房は、仙楽宮の従僕が寝泊まりする為に建てられた。
この仙楽宮に現在従者は二人しかおらず、この道房を使用しているのは慕情と風信のみだ。
耳を澄ませると、風を切るような鋭い音と硬い音が繰り返し聞こえる。
慕情は上衣を羽織りながら自分の道房から抜け出した。
道房の裏手の山林。木々からこぼれ落ちた月明かりに浮かぶ人影があった。
この肌寒い中、諸肌脱いだ格好で弓を構えては矢を射ている。
矢は全てが同じ木の幹の同じ部分を射抜いており、そこだけ大輪の矢の華が咲いているかのような有様だった。
思わず凝視していると、風信の矢を射る動きがぴたりと止まった。
「誰だ」
風信の目がこちらを射抜いた。
同時に、弓につがえた矢尻が寸分の狂いも無くこちらに向けられる。
弦のように空気が張り詰めた。
次の瞬間には正確に慕情の額を射抜くと分かる緊張感に、背筋が凍る。
それが殺気だと、粟立った肌で理解した。
「何だ、 お前か」
慕情の姿を捉えた途端、殺気は呆気なく霧散した。
鋭い目から警戒が抜け、引き絞った弦が緩められる。
集中が途切れたとばかりにやる気を失った顔でこちらを見て、慕情が黙り込んだまま立っている事に怪訝な表情をする。
風信は弓を構え直すと、さっきまでに比べたら緩慢な動作で矢をつがえた。
矢尻を向けた先には、的にしていた幹がある。
もう矢の一本たりとも刺さる余地の無いその“的”に向け、風信は矢を射った。
ヒュッと風を切る音がして、矢は刺さった無数の矢の中心に命中した。
その瞬間、矢の華が弾けた。
刺さっていた無数の矢が散らばり、バラバラと地面に降り注ぐ。
木の幹は同じ箇所を何十何百と射られたせいで、その場所だけ丸く抉れていた。
風信は木に歩み寄ると、散らばった矢を拾い集める。
暫く唖然としてそれを見ていた慕情だったが、ようやく呟いた。
「何を
…………
しているんですか?」
籠に矢を詰め終わった風信は、弓を担ぎながら眉を上げた。
「矢をいちいち使い捨てられるか」
「そうでは無く」
慕情の曖昧な言葉に、風信は眉を寄せる。
暫く間があり、慕情がぼそりと言った。
「
…………
こんな時間に、こんな場所で
………
」
まだ夜明けまで数刻ある。早く起きたにしても、あまりに早過ぎる。
それに、慕情にとって、風信と言うのは殿下を起こす時分に欠伸混じりに起きてくる奴と言う認識だ。
風信は慕情の歯切れの悪い問いに眉を寄せていたが、意味を察するとあっさりと言った。
「ああ、もう暫くしたら寝る」
「もう暫く
…
?」
まさか、まだ寝ていなかったのか?
ほぼ夜通し起きている事になる。
慕情は絶句していたが、ふと気付いた。
「
……………………
侍衛にしては、鍛錬している様子が無いと思ってましたが」
風信は、昼間は常に殿下の側に居る。かと言って一緒に修業するわけでは無く、武芸の腕を磨く様子も無い。
それでも、殿下の運動能力と剣さばきに唯一ついて行ける程の身体能力はあるので、天性のとんだ野生児だと思っていたが。
風信は小さく笑った。
「殿下の相手をしてれば嫌と言う程体力も筋力もつく。
…………………
でも、コイツの鍛錬だけは欠かす訳にいかないからな」
殿下が寝入り、翌日の支度を終えて慕情も自分の道房へと帰ったその後で。
風信は、一人夜更けまで鍛錬をしていたのか。
月明かりに晒された風信の上半身は、慕情と同年代とは思えない程に筋肉がついてがっしりとしていた。
「それに、この位の時間が一番危ないからな」
風信はチラッと林の向こうを見る。
そこには仙楽宮が建っていた。
夜衛の一人も立っていない、無防備な仙楽宮が。
皇極観の在るこの大蒼山は国師の術で守られているが、それでも安全と言い切る事は出来ない。
万が一、夜闇に乗じて尊い太子殿下の居る仙楽宮が襲われたら
………………
かなりの距離があるが、風信の言動は不審者がいたら間違い無くここから射止められる自信に満ちていた。
「
……………
」
素直に関心するのも癪で、慕情は無言で風信を見返した。
それをどう言う意味にとったのか、風信は手巾で汗を拭いながら「分かった分かった、すぐ寝る!」と跳ねつけるように言う。
だから起きるのが遅いのか、など、思いはしたが責めるつもりは無かったのだが。代わりに小さく肩を竦める。
「殿下の侍衛がたった一人では、大変ですね」
慕情は風信の返事を待たず、小さく礼をした。
「
……………
では、私ももう少し寝ますので」
そして立ち去ろうとした慕情を、風信は何故かじっと見ている。
「
……
何か」
視線に振り返ると、風信は慕情を見つめながら口を開いた。
「お前こそ、やらないのか?」
「は
………………
」
「剣。俺と殿下が打ち合ってるのを目で追ってるだろう」
一瞬、慕情は目を見開いた。それを誤魔化すよう、俯く。
「
………………
私には、皇極観の修業がありますから」
皇極観でも、ある程度の体術や武芸は収める。
殿下のそれはもはや教えの域を突出していて別物だが。
そして、慕情も物足りなさは覚えているが。
風信は腕を組み、思案顔になった。
「俺はともかく、殿下の動きを目で追えるのはかなり凄いと思うけどな」
その時の感情を、何と言えば良いのだろうか。
風信の無責任で安易な褒め言葉に、慕情の心臓はドクリと大きく鼓動した。
風信はふと、何かを思い付いたように手を打った。
「そうだ、俺が剣の稽古を付けてやろうか?」
「は
…………
はぁ?」
「どうせお前は日が昇る前に起きるんだろう。ついでに、俺の剣の稽古に付き合え」
にまりと、風信が笑う。いつも闘犬のような厳しい顔をしている風信の無邪気な笑みに、慕情はすっかり毒気を抜かれてしまった。
ポカンとしている慕情に、風信はうんうんと頷いている。
「俺は剣はそう得意じゃないが、一人で木刀を振うよりはマシな事を教えてやれるぞ」
剣を習う。コイツに。自分が。
大人しげだと言われる見た目と、雑役に従事してきた立場からそうとは見られないが、慕情の剣術への興味は実は相当なものだった。
特に、殿下と風信の卓越した技を毎日間近で見せられるようになってからは。
「
……………
み、見てたんですか?」
確かに、慕情は時間を見つけてはひっそりと素振りをしている。
殿下と風信の卓越した剣技に、体が疼いてしまうのはどうしようも無かった。
顔を赤らめた慕情に、風信はからりと笑った。
「弓はともかく、剣の稽古は一人より二人の方が効率が良い。それに、お前が殿下の剣の相手を出来るようになってくれたら俺の負担も減る」
それから、風信は寝るのが更に少し遅くなって、慕情は起きるのが少し早くなって。
ほんの
半刻
一時間
程度の重なった活動時間に、二人で剣の稽古をするのが日課となった。
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