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乙麻呂
2024-05-02 17:43:19
21265文字
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花も実も在る
アンソロ開催ありがとうございます!!
参加させていただきました。二人の関係性のゆらめくような変化を……描けていたらよいな(願望)
・原作二巻、アニメ二季までの内容
・not CP
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【五年】
「風信」
呼びかけに、黒衣の青年が振り返る。その眉間に深く皺が刻まれているのは、脳内にとめどなく溢れる祈願の声を聞いているからだろう。
案の定、風信は慕情の顔を見た瞬間、「何故皆こぞって房事の祈願なんてするんだ」と唸った。
緊急性も重要性も無い、殿下の耳に入れるまでも無いような祈願は風信と慕情が対処する事となる。
実際に何をするわけでも無いが、聞き続けるだけである程度疲弊する。
神官となって三年が経ち、ある程度効率的にこなす事も覚えたが、それ以上に信徒が増え
………………
.なんと言っても、この仙楽国の国民ほぼ全てが神武殿から太子殿へと詣るようになった
………………
その祈願の数も内容も膨大な物へと変わっていた。
「さぁ」
慕情は軽く肩を竦めてみせる。
庶民の祈りの身勝手さが身に染みている慕情にとって、太子殿に集まる祈願はどれも予想の範疇だ。
だから淡々と仕分け、その内容についてはどうとも思わない。
しかし、風信はその内容がとても気になるらしい。
こう言う所が上層階級なんだよな、とぼんやり思う。
殿下が飛昇して、三年が経った。
即座に点将された風信と慕情も、神官として同じ年月を過ごした事になる。
仙楽国は一見、とても穏やかだった。
「そろそろ戻ると、殿下が」
慕情の言葉に、風信は凝り固まった体をほぐす様に肩を回した。
「分かった。すぐ行く」
別に、天庭にいても仕事は出来るのだが、太子殿下は直接信徒の様子を、そして仙楽国を見るのを好み、しょっちゅうこうして人界へと降りていた。
「にしても、最近一段と騒がしいな」
風信がぼそりと呟く。慕情に向けたと言うより、独り言に近いだろう。
慕情も風信には目も向けないまま、淡白に答える。
「もうじき、八千宇目の太子殿が完成するそうですから。大規模に祝うんでしょう」
「もうそんなになるのか」
風信は目を丸くする。
どうやら、廟の数を気にしているのは慕情だけのようだ。
廟の数、信徒、祈願、供物の量や質。
全てが太子殿下の神としての在り様に大きく関わると言うのに、呑気な物である。
「三年でここまで増えるのは、異例でしょうね」
素っ気ない慕情の態度に、風信が渋い顔をする。
「お前は他人事だな。殿下の信徒や廟は自分には関係無いとでも思ってるんだろう。一緒に喜ぶ気は無いのか?」
他人事じゃないから、ここに居るんだ。
その言葉は何故か喉から出なかった。
心血を殿下にそそぐ第一神将から見れば、慕情はひどく薄情に映るのだろう。
慕情とて、喜ぶ気持ちは持ち合わせている。
例えば、仙楽国の城下町の外れにある質素な一角に、ひっそりと建てられた仙楽太子の道観の存在を知っているのは、慕情だけだろう。
それは慕情の育った貧しい町の人々が、懸命に作り上げた道観だ。
元は、慕情が住んでいたぼろぼろの平屋だった。
慕情の生まれ故郷の人々は、太子殿を建設する金も材料もありはしない。
功徳箱に収める金銭も無く、そもそも立派な廟に薄汚れた格好の人々が参拝出来るわけも無い。
それでも祀り参拝したいと思う気持ちは強かった。
その理由の一つに、その貧しい村の子どもが太子殿下の補佐役として神官と成った誇りが含まれている事を、慕情は感じていた。
その大出世を遂げた神官の生まれ育った家は、道観としてこれ以上無い場所だった。
人々は、参拝するついでに世話をする者がいなくなった慕情の母の面倒を見る事が出来る。
慕情の母は、目を患い体も思うように動かないが、殿下が飛昇し
…………
慕情が点将されたその日から、誰よりも熱心に祈りを捧げていた。
自分の家が道観ならば、参拝するのに何の不自由も無いわけだ。
金像どころか木像すら造る事が出来ず、太子殿下の神像は粘土で出来ていた。
丁寧に削られた神像は、穏やかに微笑む少年のような姿をしていた。
上元祭天遊の後、慕情が桜桃を届けに訪れた時に共に姿を見せたあの時の、慈悲と優しさに満ちた微笑みだ。
その傍らには、二人の神将が並んでいる。
第一神将よりも副将の方がやや大きくこだわって作られているのを見て、少し痛快な気分になった物だ。
彼らの祈願といったら「食べ物が欲しい」と「病が流行りませんように」くらいで、余計な下心も見栄も無い。
粗末な道観と純粋な願いは、皮肉にもきっと殿下の理想とする信徒の形に一番近いのかも知れない。
神官となって改めて思い知ったが。
供物も賽銭もたかが知れているねがいなど、神の耳には届かないのだと。
殿下も風信も気にも留めないその道観を、慕情はひっそりと大事に思っている。
しかし、それを言った所で、殿下の神官としての在り方には何の関わりも無い事だ。
だから、わざわざ口にする気は無かった。
何も言おうとしない慕情に、風信が呆れと苛立ちが混ざったような顔をする。
「お前は三年経っても変わらないな」
「お前こそ」
慕情は言うと、さっさと殿下に追いつくべく太子殿を後にした。
風信も付いてくる気配を感じるが、慕情に並び立つ事はしない。
自分達は変わらない。
共に点将され、第一神将と副将と言う違いはあれど、同じように神官と成った殿下を支えるようになったと言うのに。
17のあの時から、自分達の時間は肉体の成長と共に止まってしまったのかも知れない。
風信との仲は歪な物になっていた。
風信とはもう身分が違うとは思わないが、同等とも思えずにいる。
慕情と風信では相変わらず思考も価値観も平行線で、それが心理的な距離を感じさせる所為かも知れない。
形骸化した敬語は微塵も風信を敬う気など無いのに、気やすい口をきく事も出来ず、結局一歩引いた口調になってしまう。
それを風信は「慕情は俺たちと親密になる気など無いんだ」と解釈しており、しかしわざわざ訂正するのもおかしい気がして、気付けば深い深い溝が出来上がってしまっていた。
それを埋めるには、神官と言うのは忙し過ぎた。
風信と慕情は別々の行動をする事が多く、顔を合わせない日も多かった。
気安く世間話などしないし、口を開けば辛辣な空気になってしまう。
なのに、今や唯一の近しい存在だった。
せめて風信と歩み寄っていれば、何かが変わっていたのだろうか。
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