佐藤
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P4 chapter7:水魚之交

9月頃の話。他者を通じて自分を測る(全6話)


06.メチレンブルーの楽園

暫く振りに訪れた静謐な空間、誰にも秘密の彼女の心の場所。水族館といえばデートスポットの代表的存在だが、ここはとてもデートなんかに向いた場所ではない。
だけれど青い光と水の揺らぎに、僕はなにか懐かしいような気持ちになった。

「今日来たお客さんの一人に、『探偵王子と付き合ってるの?』と聞かれました」

”白鐘くん、探しに行かないの?”
てっきりそれが目的とばかり思っていたのだが、ここへ来てからソファに座ったままシャドウたちと戯れてばかりいる三琴に、僕が尋ねるよりも先のこと。
彼女の口から飛び出たその言葉は流石に予想外で、僕は一瞬息を忘れた。
……が、そんな動揺は即座に引っ込めて、代わりに茶化すような顔を作る。

「へーえ。それで、なんて?」
「『大切な人ではあるのかなと思います』、と」
「うわ、趣味悪いね~。明らかにミスリード誘ってるじゃない」
……様子からしてどんな答え方をしようと一緒だったと思いますよ。真偽を確かめるというより、噂をより詳細でリアルなものにすることをご希望のように見受けられけましたから」

のそのそと足元にすり寄ってきたライオンのような獣の背を撫でてやりながら三琴は至極呆れた様子で言うが、それを横目で窺っている僕の穏やかでない心中には気づかない。
修学旅行の話を聞いた分には特に何もなかったようだし、思いがけないお土産から彼女が多かれ少なかれちゃんと僕のことを想ってくれているのも再確認できたけれど、それとこれとは別のことだ。
例え当人同士がどうとも思っていなくとも、自分が想いを寄せている人物が他の人間とどうこう噂になるなんて気分がいいものではないし――
それから珍しく自分からお喋りを始めた三琴の語り口になんだか今までにないような気安さを感じて、これがどうにも引っかかった。

「それに例えそういう風に取られようと、いずれ廃れていきますよ。そういう事情なので、直斗くんの件は」
「ふうん?実はゲイで、巽完二とイイ仲とか?」
「いや、いい加減、完二くんのことはそっとしといてあげましょうよ」

冗談めかして投げかけるが、本音を言えば僕としては、そう言いながらも小さく苦笑いしている横顔がやたらと柔らかく砕けていることのほうが気になる。
今更な間柄だというのにさも全く意識していない風を取り繕ってしまう自分の癖を苦々しく思いつつ、さりとて正直に吐露することができるかというとそんなはずもない。
相手が三琴にそういう好意のある男であればまだあれこれと文句を言う気にもなれたものを、これが純粋に友人――しかも「大切な人ではある」と言わしめるくらいには信頼のある――であるとなれば、流石に大人気ないにも程があるなと僕はやりきれない気分になる。

(友達ができた……って、素直に喜んであげりゃいいんだろうけどさ)

僕とこの子とを結ぶ繋がりを脅かす存在でなければ安心できると思っていたのだが、僕はどうやら自分が思っている以上に嫉妬深いらしい。
ソファの背もたれに思い切り寄りかかり、眼前に広がる大きなディスプレイと青く光が揺らめく天井とを仰いでぼんやりと目を細める。
僕と三琴しか知らないこの場所がこんなにも深く心を捕らえてくれるのは、思えば彼女と想いが通じてからに限った話ではなかった。

「もしもさぁ、――君があのテレビに出てたら」

どんな風になっただろうね、と言おうとしてそっと口を閉じた。
君の秘密、ここではないところから来たこと、本当はこの世界の人間じゃないこと。それらを知ることになったのはおそらく僕だけじゃなく、噂好きの野次馬共は元より今この瞬間も懸命に青春ごっこを謳歌している真っ只中の彼らこそ、この少女の真実の内奥へ辿り着いたかもしれない。はたまたあの日三琴だけがこの世界に落ちていたならば、僕はむしろ知り得なかったのかもしれない。
そんな無意味な空想を巡らせ、くだらないなと思って一笑に付すにはもはや些か情を募らせすぎていると気づいてしまって僕がばつの悪い思いをしていると、不意に腰を預けていたソファの感触が変わった。そこで視線を画面と天井から再び隣の少女に投げやれば、どうやら今ほど座り直した様子で僕と同じように背もたれに寄りかかりながら、蝶のようで蝶でない生きものを手元でひらひらと遊ばせていた。

……別に、私は誰かに特別言って回りたいことなどありませんよ。
確かに『この世界の人間でないこと』は重大な秘匿事項でしょうけど、それを口外しないことにフラストレーションを感じているわけでもありませんし……
ま、あの時ここで足立さんが見た程度の話ならあるかもですね」

空を仰ぎ独り言のようにさっぱりとした調子で口を開いたかと思えば、不意にこちらへ首を傾げて三琴は緩やかな笑みを唇に浮かべた。……僕の余裕のなさのせいからかどこか不敵にも感じられるその表情になんとなく小憎たらしくなりつつ、言葉で意図を推測すれば、これは彼女なりの僕への配慮か――あるいはもっと単純に自身の整理の結果なのだろう。
もっとも、いつからだったか出会った頃よりずっと砕けた振る舞いをするようになった三琴が自分でそのことに気づいているかはわからないけれど。

……でも、君が映らなくてホントに良かったよ」

この先いかに彼女の事情を知る人間が現れようと、自分こそが紛れもなくその最初のひとりだということには自惚れてもいいのだろうが――それでもやっぱり彼女の思考の中に土足で踏み入れられるなんて耐えられる気がしなくて、僕は心底思った台詞をそのまま呟いた。
「足立さんがそんなこと言うの、なんだか変な感じですね」と揶揄する三琴は僕の真意をわかっているともいないとも見える。実に厄介極まりない。

……しかしそこで「失礼だな」と文句を言ってみせたら「何卒秘密にしておいてくださいね」などと言って少し困ったように笑った三琴に、いくらか自尊心を満たされた気になるのだから、僕も我ながら呆れるほど単純な男に成り果てたものだと思った。


<了>