佐藤
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P4 chapter7:水魚之交

9月頃の話。他者を通じて自分を測る(全6話)


04.図らず同士

卓を挟んで向かい側、一口サイズの饅頭をぽいと口に放ってもくもくと咀嚼した後コーヒーを流し込み、男は呆れた振りすらしないで単刀直入に言い放った。

「君たちって、なーんか二人してめんどくさい子だよね」

……何が悲しくて、手土産を渡しに出向いた先で辛辣な言葉を吐かれなければならないのか。三琴はぐさりと刺さったストレートな悪態口に恨みを募らせた。
そもそもは「修学旅行はどうだった?」と尋ねられた一瞬、「特に何も」と答えたのが悪かったのかもしれない。至ってつまらない修学旅行の実情だけを適当に簡潔に報告していればあるいは、いやしかし、まさかそこからあれよあれよとずるずる聞き出されることになろうとは思ってもいなかったのだ。
これだけの手腕を発揮できるのならもしかしてこの人普段は相当手を抜いてる状態なんじゃないのか、なんて疑念さえ抱いてしまう。

「直斗くんはどうだかわかりませんけど、私のことはまぁそう否定できませんね」
「あーホラ、言ってる側から。そういうとこも、だと思うけど」
「、……何が、ですか」
「変に賢くて大人なイイコぶってるとこ」

ぐう、と音を上げる三琴を足立はせせら笑った。何だかこの手のやり口にはほんの少し既視感を感じる。実に趣味の悪い男だ、と三琴は思わず内心そんな彼を咎めた。しかし不思議と憎む気になれないのはやはり少なからずの好意が双方とも通っているからなのか――などと実に歯の浮くような甘い推測がやたらと自然によぎったので彼女はそこでもう強制的に考えるのをやめた。

「ま、君と白鐘くんが本当に似たもの同士だとしたら、『嫌いな奴だけど一緒にご飯食べよう!』とか『嫌いな奴だけどお話してみよう!』とかわざわざやらないだろうし。あっちもそう悪いふうには思ってないんじゃない?」

足立はあまり興味のなさげな態度で二つ目の饅頭に手を伸ばしたが、口にしたのは遠回しながら確かに慰めの言葉だった。先日の買い物の一件では嫉妬を小さく揺らめかせていた彼だが、今日の三琴の話を聞いたうえでどうやら直斗のことを危険因子でないと判断したらしい。彼女の胸の内を蝕むむず痒く熱を持った感情、即ち恥じらいの存在には気づかないまま無自覚に放たれた気遣いがまた更に三琴の頭を掻き回す。
時に自覚のない方が、むしろたちの悪いものになる。宛先の決め難い複雑な心の処理を探りつつ、三琴は「だといいんですけど」と端的に返した。



「それじゃ、そろそろおいとましますね」と言って徐ろに立ち上がった三琴に、ほんの数メートル先にある部屋へ送るよと言い出すのも気をつけてと労うのもなんだか変な話だったので、足立は何か言うことは無いかと考えあぐねていた。

(泊まって行きなよ、なんて、流石に言えないよなぁ)

明日はごくごく普通のなんてことない平日、自分も三琴も仕事に学校だし、それだって十分変な話だ。別にやましいことを考えているわけではないが、だからこそ逆に――単純に、ただ寂しい、もう少し一緒にいたいだなどと――訴えることはどうにも情けなくて、どうしても憚られた。結局うまい言葉の一つもひねり出せず、足立はせめて玄関まではとだけ思い三琴に倣って腰を上げながら、次の休みはいつだったっけと頭の中で算段した。
無言のまま、無音のまま、数歩ばかり先の出入口を目指して歩き、――足立はぴたりとその足を止める。玄関扉に手をつき靴を履いた後、不意に三琴がくるりと振り返ったのである。
更に彼女は、「そういえば、」となんともなく言って。持っていた手提げをごそごそやったかと思えば、突然長方形の小箱を差し出してきたのだ。

「たいしたものじゃないんで申し訳ないんですが、これも、一応」

何がいいかなと、結構迷って。
足立さんネクタイピンなんてそう使わなそうですけど、まぁ一つくらいは持っていてもいいかと。
消え物だけというのも味気ないですしね。

そう言い添えて、三琴は困ったように笑う。
透明な蓋を被った、錨をモチーフにしているらしいネクタイピンは、確かに自分が着けることはきっとそうないだろう。

……君、さぁ……ほんっと、」

(だからこそ、紛れも無く君から貰ったものだと、わかってしまうじゃないか)

見事に不意を打たれた気分になって、足立はうずうずと沸き出す欲求にこっそり、深々と、必死に爪を立てていた。


<了>