佐藤
Public P4
 
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P4 epilogue+番外編+その後の話



甘し露の期

ざあざあと降りしきる雨音の中で三琴は目覚めた。ベッドに寝転んだままテーブルの上の置き時計に目をやると、もう正午を回っている。

(休みじゃなかったら完全に死んでたな)

まだ頭は重くあまり気は進まないが、じんわりと汗ばんだ肌と触れるTシャツにえも言われぬ不快感があり仕方なく身体を起こす。
カーテンを開けては見たものの外は薄暗い。窓までは開けずにそのままキッチンへ。食器棚からガラスコップを取り出し、そこへ冷凍庫からいくつかの氷を放り込む。次に冷蔵庫から麦茶のサーバーを取り出しコップに注いだ後、少し考えてからいずれも持ったまま居室に戻った。
テーブルにそれら二つを置くと腰を降ろしながらテレビを点け、チャンネルを回しながらコップに口を付ける。麦茶は昨晩仕込んでおいただけあって流石によく冷えている。
連続ドラマ、グルメ、バラエティ、旅番組――と放送局を巡ってニュースに辿り着いたところで手を止めた。天気予報は一面の雨。都内では夜遅くまで続くという。
なお、昨日の予報では今日は曇りで雨は明日か明後日からの筈だった。最近の天気予報はあてにならないと毒づく。
そろそろストックが切れてきた日用品諸々を買い足しに行くつもりだったが、この雨では延期するのが得策だろう。

(まあ、拠なければネットで大抵のものは買えるけど――)

だからこそたまには進んで外出しようとしなければ、と三琴は生来の籠りぐせを自嘲し自戒する。
リモコンの電源ボタンを押せばプツリと映像も音声も消え、あとは再び絶え間なく雨の音が空気を満たす。明るくはないが暗くもない、自然光だけでその場に在る部屋は、どこか三琴に現実味を薄めさせるようだった。真っ黒な液晶は靄の如くぼんやりとではあるが鏡のように彼女とその後ろの部屋の景色を映し出す。

――ああ、なんだか。
懐郷のような心地と、虚無と罪悪の記憶が綯い交ぜにされ、頭の奥の方でもったりと重みを持った。
彼女は正確にはその記憶の当事者ではなく、それ以上特別に何か思うことも無いが、故にただどこまでも虚心にそこを眺め続けられた。
どうせ予定の潰れた一日。このまま無為に時間を過ごすのも吝かではないと思う一方で、いや流石にそれはどうなのかと思う面もあり――
ぬかるんだ思考に身体を預けていたところ、三琴の耳にふと典型的且つ特徴的な高い電子音が飛び込んだ。
即ち、所謂『ピンポーン』というまさにそのものである。



…………アイス」

玄関扉を開けるなり手渡されたレジ袋が、薄暗い台所でかさりと音を立てる。
中身を探るとすぐにひんやりとした空気が手指に触れ、三琴は思わずぽつりと呟いた。
カップ型、箱状、袋入り。パッケージの色形のみならずフレーバーも実に多種多様であるが、共通するのはどれもスーパーやコンビニで見たことがあり、且つそこに置いてあるものの中では少しお高いラインナップということだ。

「リッチですね」
「まあ、たまにはね」

三琴が袋の中を覗き込んでいた顔を上げつつ素直に感想を述べると、ちょっとした手土産だよ、と足立はテレビから視線を離さずに言葉を返す。
寝癖のついた頭や少し猫背気味の姿勢はいつもと同じだが、身に付けているものはパーカーにTシャツ、チノパン。平素より大分カジュアルな服装も相まって、その様子はすっかり寛いでいるようにも見受けられた。

「テキトーに選んできたけど、嫌いなのあったら分けといて。持って帰るから」
「いえ、甘いものならだいたいなんでも好きです。ありがたく頂戴します」
「そりゃよかった。奮発した甲斐があるよ」

三琴のはっきりとした声音が可笑しかったのか、今度は台所の方へやや顔が向けられる。揶揄するような笑みを浮かべた足立に、ちょうど視線が噛み合ってしまい三琴はなんとなくばつの悪い心地になった。

「足立さんは何にします?」
「どれでもいいよ。君の好きなのにすれば?味見させたげる」
「、……それじゃあ、お言葉に甘えて」

咄嗟に何でもないような振りをして尋ねたものの、次に返された言葉は思いの外シンプルで。
おそらく足立本人に他意はなくあまりに何気無いものだったが、だからこそ何だか無性に狡いように感じられて。
予期せず息が止まった一瞬の後、三琴はもはや抗うまいと内心あっさり降参しつつ早々にテーブルへと戻った。

「いただきます」
「はい、どーぞ」

合わせた両手を離してから、まず選ばれた小ぶりのカップに手を付ける。
ひんやりとして、ややとろけたバニラのアイスクリーム。舌先に乗せてすぐにゆるりと解け、代わりに濃厚な甘さと香りを広げていく。
しみじみと味わいつつ、三琴は漸く思い出したのか今更といえば今更の疑問を口にした。

「そういえば、今日はどうしたんですか、急に」

至って素朴な少女の問いかけに対し、足立は目を一度逸らしながら、――ついでにスプーンを弄びながら、うーん、と答えを探し始めた。
そうして暫く考えあぐね、再び少女に視界を戻して口を開く。

「別に、なんにも。強いて言うなら、暇だったし」
「もし私が出かけていたら、アイスどうするつもりだったんです?この時期でも結構溶けますよ、帰るまでに」
「いや~、正直そんなの考えてもなかったよ。日曜でこの雨だし、どーせ君なら十中八九引きこもってるだろうと思うじゃない?」
……ぐうの音も出ないほどよくご存知で」
「あはは、伊達に一年近く監視してなかったって」
「私が言うのもなんですが、そこ身辺警護って言わなくていいんですか」
「実際そうだと思ってないでしょ、君も」

アイスクリームを片手に交わされる軽口には不思議と懐かしいような気色があった。
その気の置けなさに感化されてか、足立の茶化すような口振りに三琴は些か悔しげな表情になる。

……言い訳じゃないですけど、買い物に行くつもりだったんですよ。本当は」
「へえ?」
「日用品の買い足しに……、雨さえなければ。
あまり荷物が多いときに、降られていると流石にきついので」

瞼を伏せながら、眉を下げながら、苦笑いしながら。
まあひとまず来週まで持ち越しですね、と付け足そうとして、その前にもう一口。
柔らかい乳白色の塊にスプーンを差し入れて、ふと三琴は既視感の他に重なった相違に気付いた。

「言ってくれれば、今度付き合うよ。荷物持ちに。
何なら車も用意しようか?」

足立の台詞を耳にして思い浮かぶのは、一年と少し前の記憶。
ぼんやりと朧げではあるけれども、たしか会ってものの数分というところで何故か買い物に連れて行ってもらうことになったあのとき。

「ん、ふふ。それは、有難いです」
……何、そこ笑うとこ?」
「いえ、その、すみません。ちょっと思い出し笑いが」
「今のから思い出し笑いって、いったいどんな話なのさ……

呆れて肩を竦める足立に、どうかお気になさらずとだけ返してスプーンを口に収める。
当初恐る恐るに様子を伺いながら話した相手。
かの人の為した業は今も確かに記憶の中に消えずにあるのに、どうしてか随分と気安い仲になれたものだ。

鼻腔を満たすミルクの甘さにゆっくりと意識を注ぎつつ。
きっと少なからず歪で異様な安息、奇妙な均衡を――
取り敢えずはただ、このままに保っておきたいと三琴は思うのだった。


<了>