情炎の契約(烈火) 4/4
4≫ ←前ページからの続き
_________
一通りの治療を終えて、私とエルクは近場の木陰に腰を下ろした。セーラさんは自分の出番だと息巻いて、戦場へ走っていった。本当なら私達のような闘う術を持った人間が行くべきなのだろうけど、彼女の熱意に気圧されてしまった。
ひょっとすると彼女は一番他人をよく見ているのかもしれない。疲れ切ったエルクと、ふさぎ込んでいる私を見て、自分が行くべきだと飛び出してくれたのかも。あの明るさも、ぐっと詰められる距離も、ともすれば気落ちして暗くなりがちな場を勇気づける彼女なりの気遣いなのかもしれない。
何だか気まずい会話をしただけで別れてしまったのが惜しくなった。
………エルクに対する暴言は、忘れられそうにないけれど。
視線を感じて横を見ると、エルクが不安そうに私を見ていた。
「セーラに何か嫌なことを言われませんでしたか」
「
………大丈夫、です」
「変に当たられたり、失礼な態度を取られたり」
「私には、まったく」
話していて、さっきのセーラさんとのやり取りを思い出す。エルクの言葉はセーラさんとよく似ていた。嫌い合っているからこそ、気が合うのだろうか。それとも。
「エルクは、セーラさんと同じことを言うのですね
……」
「!? 嫌だな、どういうことですか」
「セーラさんにも訊かれました。エルクが私に悪い態度を取ってはいやしないかと。そんなことはないとお返事したのですが
……二人は仲が宜しいから、口ぶりも似ているのでしょうか」
「勘弁して下さい。なんだか、ひどい精神的苦痛です
……」
エルクは頭を抱えて、本気で落ち込んでいるようだった。仲が良いというのはやっぱり勝手な思い込みなんだろうか。
けれど、例えばエルクはセーラさんと、気負わない口調で話していた。私と話す時は堅苦しい敬語を遣うのに。しかも、セーラ、と親しそうに呼んでいた。私には見せたことのない冷たい態度も見せていた。
「セーラさんが羨ましい
……」
ぽつり、言葉が漏れる。
「ええっ!」
「あ、いえ
……大したことでは、ないのですけれど」
「プリシラ様、お願いですから、セーラを見習うなんてことは言い出さないでくださいね」
エルクは念を押すようにそう言ってきた。見習うも何も、私はあんな風になれそうもない。
このままセーラさんの話を続けても私がどんどん嫌な人間だと自覚するばかりになってしまうから、話を変えることにした。
「そういえばエルクは、なぜ癒しの術を学ぼうと思ったのですか? セーラさんのように、とにかく人を救いたい一心というのとは、少し違う気がします」
「僕は
……護衛ですから」
胸が、きしんだ。
「プリシラ様にお怪我がないように動くのが本来の仕事です。でも今のリーダーの命令だと僕は前線に行くことが多くて、お傍にいられないので。せめて、後から気づいた時に、すぐにプリシラ様のお怪我を治せたら良いと思ったんです」
「
…………」
私のためを喜ぶよりも先に、暗い予感が私の胸を縛り付ける。
わかっている。私とエルクは契約期間が切れたら別れないといけない。その日はもうすぐだ。追加の報酬を払う余裕はない。私はまだ兄さまと────エリウッド様達と戦が終わるまでは随行するつもりだけれど、エルクは違う地へ去ってしまうかもしれない。
「プリシラ様?」
ずっと黙っていたのを怪訝に思われたらしい。私から訊いたというのに上の空な態度を取ってしまった。
「ありがとう、エルク」
「僕が好きでやってることですから」
少し期待してしまう。契約が切れても、エルクは好きで
……私を好いて、ついてきてくれるのだろうか。
「それでも
……ありがとう」
言葉を返すと、エルクは微笑んだ。その温かさが耐えられなかった。兄さまの笑顔とは違う、嬉しいのになぜか痛い。
「私のような冷たい人にも、エルクは優しくしてくれるのですね」
気づけば、そんな言葉が口をついていた。
「冷たい
……? プリシラ様は十分お優しいと思いますけど」
「いいえ、私は
……ずるい女です」
思えば、誰かを羨むことばかりだった。
兄さまと共にいられる人を羨み、エルクを我がもののようにできるセーラさんを羨み、エルクにだってその闘う力を羨んだこともある。他人にはあまり憐れみが持てなくて、自分でも人殺しの方が向いているのではと思ってしまうくらいに心が動かない。
ずるいずるいと思いながら、一番ずるいのは私自身だ。
「
…………」
兄さまは行ってしまう。俺のことは忘れろと言う。
エルクもきっと行ってしまう。護衛の期間さえ終われば、もう私は用無しで、尽くす必要も無い。
私には誰も残らない。
「プリシラ様」
「きゃっ!?」
俯いていた顔をあげると、すぐ近くにエルクの瞳があった。慌てて身を引くとエルクも距離を取る。悪戯っこのようなその表情は、初めて見るものだった。
「と、すみません」
「
……本当に、驚きました」
微笑み、しかしすぐ、エルクの瞳が真摯に私を見つめてくる。
「プリシラ様がずるいとは思いませんが
……」
「いいえ、でも」
言いつのる私をそっと視線で制して、エルクは続けた。
「僕はずるい人も、嫌いじゃないですけど」
「えっ
……?」
「聖人君子になんて、誰もなれません。きっと。少なくとも僕はそう思います。
だからむしろ、プリシラ様がそんな顔を見せて下さるのも、僕は嬉しい」
「!」
「確かに僕はただの護衛かもしれませんけど、それ以上に────ん?」
馬の蹄の音がした。また私達も行かないといけない。エルクは立ち上がると、うやうやしく一礼してみせた。なんだか、急にエルクの様子が変わって見えるのは、気のせいだろうか。
「プリシラ様、僕は決めました。この気持ちの形を」
「それは、どういう」
その言葉の意味はとても気になったけれど、エルクは隠すように背を向けて駆けだしてしまったから、訊き出すことはできなかった。けれども、私はなんとなく、答えはすぐにわかるのだと確信していた。
私も自分の役割をこなすためにまた戦場へ舞い戻る。けれども心はどこか浮足立っていて、さっきよりもずっと大きな期待が膨らむ。同時に不安も膨れ上がる。
兵が来たと言うことは怪我人が増えたということ。それなのに私事で頭がいっぱいになってしまうのは、やっぱりどこか歯車がかけているんだろう。
それで構わない気がした。だってエルクがそれで良いと言ってくれた。
兄さまはこんな私を悪い子だと怒るかしら。けれども胸の高鳴りが止まらない。不安と期待が混ざって絡み合う。もう置いて行かれることはないのだと、いやもしかすると思わせぶりに捨てられるのかもと、ぐらぐらと揺れ動く。
幸いにもエルクが教えてくれた力のおかげで、最悪の事態になっても問題はなさそうだった。いざとなれば、この壊れた心でエルクと対峙して、そのまま焼き尽くしてもらえれば良い。
エルクとの契約の期日は、明日に迫っていた。
(END・原作支援会話Aに続く)
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.