情炎の契約(烈火) 3/4
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エルクに教えて頂いた力でそれなりに闘えるようにはなった。それでも、やはり後衛で回復役に回ることも多い。
今、同じ回復部隊として向こうで駆けているのは、明るく賑やかなシスターのセーラさんだった。
一通り負傷者を治し終えて、小休止に入ったところでぱっと華やぐ声がかけられる。
「あっ、ねえあなた!」
「
……私、でしょうか?」
「そーよ! 確かプリシラさんだったわね? 私はセーラ!」
「はい、存じております」
「あら! 私の名声はここにも広まってるのね。素敵とかかわいいとか美しいとか、そんな感じ?」
「
…………え、ええ」
私が聞いた噂はかしましいとか自由奔放とかいう話だったのだけれど、素直に告げるのはためらわれた。適当に濁すことでなんとか誤魔化してみせる。
「えっと、その
……セーラさんは、何か御用ですか?」
「ああ、セーラで良いわ。代わりにプリシラって呼ぶわね! 最近聞いたんだけど、プリシラは攻撃魔法を使えるようになったのよね?」
呼び捨てされるのはあまり慣れていないせいか、くすぐったい。急に詰められる距離に戸惑う間もなく、本題が振られる。とりあえず頷いてみせると、セーラさんはしめたと言いたげな顔をした。
「ふぅーん、なるほど? それで、エルクがお世話になってるって話だったけど」
エルクが、とわざわざ声を大きくしていたのは、私の気のせいではないだろう。
「私の方がエルクに教えてもらっているので、お世話して頂いているのはこちらかもしれません」
ひとまずそう言い直すと、セーラさんはますますにんまりと口角を上げた。
「へぇぇ。あのエルクがねぇ。意地悪されてない? むかつく言い方されてない?」
「いいえ、まったく」
「できが悪いとか言われたり、嫌み言われたり」
「全然ありません」
「ふぅーん
……?」
一体どういうことだろう。エルクは多少理屈めいた物言いはするけれど、そんな底意地の悪い人ではない。少しむっとして、言葉が冷たくなってしまう。
そもそも、なぜセーラさんはこんなにエルクを敵視しているのだろう。
「セーラさんとエルクは、お知り合い、なのですか
…?」
「そうよ。エルクは私の下僕よ」
「下僕
……!」
はしたない大声を上げてしまった。まさかそんな。主従関係ということは、エルクはセーラさんの臣下ということ? けれど、ならなぜエルクは護衛のような傭兵まがいの仕事を
……。
そこでふっとよぎったのは、エルクが話してくれた以前の雇い主の話だった。年齢も近くて、女性というところは合っている。ものすごくわがまま、かどうかはわからないけれども。
「もしかして、エルクの前の雇い主というのが
……」
「あら。なぁんだ、聞いてたの。エルクは私のこと、なんて言ってた?」
エルクがセーラさんを良く思っていなさそうなのは言葉の端々から感じ取れた。あの言葉を濁した暴言を全て包み隠さず言っても構わないと一瞬考えてしまった辺り、私は卑怯なのかもしれない。でも、今ここでセーラさんを悪し様に言えば、彼女がエルクを我がもののように扱うことは無くなる
……?
「あまりお話ししたくないとだけ」
結局は、かろうじて棘を丸めて答えた。誰かを悪者にしたいわけでは、ないのだ。
「語るのも惜しい思い出ってことかしら。ふふん、わきまえてるじゃない」
その一言が、私の何か形容しがたい感情を刺激する。
「あ、あのっ、エルクの今の雇い主は私ですから
……」
「へぇ! そうなの」
セーラさんは心底驚いたという風に感嘆していた。何だかそれが余裕のようで、胸がちくちくとする。
「ですから、その
……げ、下僕だなんて言い方はよして下さい」
言い慣れない単語にばくばくと高鳴る心臓を抑えて、それでもきっぱりと言うことができた。エルクの名誉のために
……そう考えながらその実、私のちっぽけな自尊心のために、私は明確に境界線を引いた。
意外にもセーラさんは、大人しく頷いた。
「そーね。そもそもこのセーラ様にひれ伏さない者なんていないんだから、全人類が下僕みたいなものかも。わざわざ言わなくたって良かったかしら!」
「えっ? あ、あの」
「あー! 噂をすればなんとやらじゃない!」
セーラさんの声は元気いっぱいに早変わりする。視線をやると、見なれた紫の瞳とちょうど目があった。エルクは私のほうへ直進してくる。
「プリシラ様。お疲れ様です」
「エルクこそ。怪我はありませんか?」
「はい、お気づかいありがとうございます」
エルクはいつも通りの態度だった、というより、いつも通りを演じているような違和感があった。無理に視点を固定しているような
……ありていに言えばセーラさんを思い切り無視しているような。
案の定、セーラさんが甲高い声を上げる。
「ちょ、ちょっとエルク! 私には何も無いの!?」
「
…………セーラ。どうせ君のことだからプリシラ様に絡んでたんだろう。僕の雇い主にちょっかい出すのはやめてもらえるかな」
「仲良くしてただけじゃない!」
仲良く! 感覚の違いに驚くけれど、声を差し挟む間はとても無い。セーラさんが大きく息を吸い込んで、さらに声を荒げようとしたところで、
「誰か術師はいないか!!!」
駆けこんできた騎兵の声が先んじた。
私達は同時に走りだして、救出されて運ばれる兵士を順に見ていく。戦況が有利な今の内に、少しでも負傷者を回復しておこうという考えらしい。数こそ多いにせよ、瀕死の重傷を負ったものはほとんどいなかった。
治すのにも集中力はいる。呪文を唱える合間合間でエルクを見れば、ずいぶん疲弊しているようだった。まだ杖の扱いに慣れないのだろう。
セーラさんの方は熱心で、彼女が一番辛そうに眉をしかめながら杖を振るっている。魔力のせいでも不慣れなせいでもない、痛みを分かち合い、同情できる優しい心持があの苦しそうな顔に表れているようだった。
セーラさんに対する印象は正直良くなかったものの、ああいった風に見知らぬ兵士の痛みも感じ取れるのは、率直に凄いことだと思う。治される方も報われるだろう。
それに比べて、私は────。
相変わらず、目の前でうめく兵士たちは遠くの出来事のようにしか感じられない。痛いのだろうけれど、辛いのだろうけれど、それを感じ取れないまま私は淡々と一人一人を治していく。
私は。
痛みを分かち合えない私には、人を治すより殺す方が向いているのかもしれない。
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