情炎の契約(烈火) 1/4
・エルク×プリシラ(支援B)
・セーラとレイヴァンが少し出てくる
・プリシラがほんのり病み気味
_________
「
……っ、あぐッ!」
「話してはいけません。傷に障ります」
今までいくつの傷を見てきたのだろう。今まで何人の兵士を癒してきたのだろう。今まで、どれだけの死体を、見てきたのだろう。
私の前には手足を何本もの弓で刺された兵士が横たわっていた。凄惨な傷から目をそらすことは許されない。杖を掲げて強く祈る。先端から温かな光が溢れ、ふわりと傷を覆い隠して塞いでゆく。地面の草を赤黒く濡らしていた血液の雫がようやく止まる。
温かな癒しの光を見ると、コンウォル家で過ごしていた頃を思い出す。兄さまと共に仲睦まじく過ごしたあの頃。戦禍など遠くの物語だったはずの、二度と帰れない日々。せめてこの戦で再会できたことを喜んだほうがいいのだろうけれど、つい過ぎた過去に目を向けてしまう。
「もう大丈夫です!ありがとうございます!」
「
……どうか、お気をつけて」
名も知らない兵士をそっと見送って、前線から戻ってくる他の兵士を待つ。攻撃の手段を持たない私が最前線に出るわけにはいかず、ただ後方で負傷者の支援をすることしかできない。
兄さまは、大丈夫だろうか。
前線から、勇ましい雄叫びと痛ましい断末魔がとどろいた。
◇◇◇
癒しの力を手に入れたのは、兄さまの手助けをするためだった。
昔から剣技に長け、訓練の中で生傷をこさえていた兄さま。生傷といっても大したものじゃない、消毒をして一日寝れば完治する程度の軽い傷だったけれど、兄さまの痛みはどんなものであっても私には耐えがたかった。だからせめて、私が癒しになりたかった。強くあり、私たちを守って下さる兄さま。癒しという形で私も兄さまを守ろうと思っていた。
兄さまの痛みは誰よりも重く、誰よりも残酷に私を穿つ。
先ほど治した兵士の痛みだって────兄さまに対する心の軋みには遠く及ばないのだろう。たとえ名も無き彼が、死んだとしても。
こんなに冷たい私が、はたして癒しの魔法を使うことは許されるのだろうか。
時折思い悩み、そして答えを出さないままその問いは放り棄てられる。
「っ、」
ふらふらと危うい足取りの兵がこちらに来る。馬を走らせ駆け寄ると、見覚えのある赤いローブが風に揺れて力尽きたかのように座りこんでしまった。
「エルク!」
紫の髪は血に濡れ、ローブの色は濃く彩られていた。呼吸は荒いが、生きている。切り傷、刺し傷、負傷していないところの方が少ないくらい。馬を寄せて杖を掲げれば、先ほどのように光が溢れ、エルクを包み込んだ。
「ああ
……すみ、ません。僕とした、ことが」
「エルク、すぐに、すぐに全て治しますから
……」
「すみません
……」
────謝らなくても良いのに。
エルクは魔道士だけれど前衛に立つことが多い。以前の戦でリン様と軍師様から天使の羽衣を頂いたことが関係しているらしい。魔法の射程を生かして前線へ真っ先に火を投じる活躍は、どの戦でもよく耳にする。
とはいっても、ここまで酷いけがをしたのは初めて見た。
「
……よし、ありがとうございました」
「いえ、治すことが私の役目ですから
……」
「ではまた、行ってきますね。どうかご無事で」
「あ
……」
前線部隊は回復すればすぐさま戦場へ駆け戻らなければならない。こうやって回復に戻っている今も、空いたエルクの穴を他の兵士が命をかけて埋めているのだ。
わかっている、わかっている。それなのに、引き留めるような声が出てしまったのは
……。
「どうしました?」
「何でも
……ありません」
曖昧な態度の私に向かってエルクは一人納得したような顔をして、再びローブをひるがえして走っていった。
「この戦が終われば、また聞きますから」
そう言い残して。
私の心を痛めるのは兄さまの傷だけのはずだった。数えきれない傷全てに心を痛めていては、戦場で生き残れない。だから感傷的になれるのはたった一人のはずだった。それなのに、いつの間にか一人が、二人になってしまった。
兄さまは剣で、エルクは魔法で、それぞれ身を削って闘っている。それなのに私は待つことしかできない。守ってもらうことしかできない。なんて、歯がゆいのだろう。
その後も負傷者の回復を続け、だんだんと人が増えてきたところで、
「伝令!伝令
―!敵軍の制圧完了!至急城に集まれ!」
前線から使いの騎馬が、私達の勝利を告げた。城の中なら負傷者用の寝所もある。手分けして馬に乗せ、命に従って手綱を振るった。
◇◇◇
今回も生き延びたことを讃え、一方で死んだ戦友を悼み、私達はひとまずの勝利を祝った。食事も終え、一息ついたところで声をかけられる。
「プリシラ様」
「エルク。怪我はもう、痛みませんか?」
「はい、おかげさまで。プリシラ様は怪我されませんでしたか?」
「ええ
……私は後衛で待機していましたから」
「よかった。僕もできる限りお傍にいたいんですが、なかなか難しいですね」
────お傍にいたい。
深い意味はないに決まっている。エルクは護衛だもの。それでも、その響きは私の心をときめかせた。兄さまに言うことはあっても、私が言われる立場になるなんて思ってもみなかった。
「ところでプリシラ様、先ほど言いかけていたのは
……?」
「え?」
聞き返してから思い出す。そうだった、戦の最中だったというのにむやみにエルクを引きとめてしまった。でもまさか、前線に行って欲しくなどなかっただなんて甘えたことを言えるわけが無い。
「大したことでは、」
打ち切ろうとしたところで、それは天啓のように私の頭へ浮かんだ。
守ってもらうだけで、何もできない私が、エルクや兄さまと共に肩を並べる唯一の方法。
「エルク
……私に魔法を、教えてくれませんか」
「えっ? ですがプリシラ様はもう回復の魔法を覚えているじゃないですか」
「そうではなくて、その、闘うための、魔法を学びたいのです」
「
………」
そうお願いすると、エルクは口を閉ざして考え込んでしまった。
「私が自分でも闘えるようになれば、エルクが護衛をする負担だって減るでしょうし
……」
沈黙が気まずくて、もっともらしい理由を連ねてみる。けれど、エルクの眉間の皺はますます深くなってしまった。
「それは
……僕だとプリシラ様の護衛には力不足だということですか」
「っ! 違います! エルクは十分すぎるほど頼りになります」
「じゃあ、なぜ?」
「その
……」
少し、言葉に悩んだ。屠る術すら知らない私がエルクを守りたいというのもおかしな話だ。兄さまと一緒にいたいというのもなんだか違う。だって今まで、コンウォルにいたときだって、兄さまと共に闘いたいなんて思うことはなかった。置いて行かれさえしなければそれで良かったはずだ。ただ、
「待つのは、辛いので
……」
言葉に出してやっとしっくりきた。でも、正しいとは思えなかった。
案の定、エルクは黙ったままだった。だんだんと後悔だけが膨らんでいく。それでも一度言ったことを曲げたくはなかった。間があって、やっとエルクが口を開いてくれた。
「
…………その、辛さは。人を殺すよりも辛いほどですか」
たくさんの死体を目にしてきた。酷い怪我をした者を放置して、より助かる確率の高い者を救うことだって求められる。あまりそのことに迷いはなかった。
「私は
……すでにもう何人も、見殺しにしてしまっています」
「
………」
エルクは黙って、一歩分だけ私に近づいた。まだ少年らしい指先が私の手を取ってそっと包み込む。両手で祈るようにして触れられて、私の手は自然と熱を帯びる。
「ご自分だとわからないかもしれませんが。プリシラ様の手はとても綺麗なんです」
「変わりません、何も。私だってずいぶんと汚れてしまっています」
「
…………どうしても、ですか」
エルクの瞳が私を刺す。それでも私は折れなかった。
「もし、私がこれまで見殺しにしてきた兵達の中に
………エルク、貴方がいたらと思うと、怖いのです」
私の言葉に、珍しくエルクはため息をついた。
「確かに僕は、絶対死なないと言い切れるほど強い自信が無いですからね」
それでエルクが折れてくれたのだとわかって、ほっとした。
わがままを言ったことなんて、いつぶりだろう。兄さまに言ったこともあったけど、ほとんどは胸の内に溜めて飲みこんでしまった。逆に抑えがきかなくて困らせてしまうこともあったけど、数えられるくらいのことだ。
なのに、エルクにはすんなりと言えてしまう。この違いは何なのだろう。よくわからない。
「ではプリシラ様、僕からもお願いがあります」
「なんでしょうか?」
「僕にもプリシラ様の技を、癒しの術を教えて下さい」
「ええ、もちろん。その、私にできる限りですが
……」
「十分です。ありがとうございます」
幸い、落とした城の裏手には荒野が広がっていた。そこでなら邪魔にもならないはずだ。さっそく私達は魔術の教え合いをすることにした。
_________
次ページへ続く→
3≫
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.