情炎の契約(烈火) 2/4
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プリシラ様から話を持ちかけられた時は、心臓が止まるかと思った。
護衛とは言え、屈強な兵士と違い僕がひ弱なのは重々承知している。多少体力が増えたからということで前線に回されてはいるものの、頼りないのは明白だろう。だから、そのせいでプリシラ様から愛想をつかされたのではないかと────しまいにはあの横暴な前雇い主の元へ帰らないといけなくなるのかとひやひやした。
しかし、実のところは少し違うようだった。
僕に愛想をつかすどころか、プリシラ様はむしろ僕の横に並ぼうとしているらしかった。といってもそこに深い意味を見出してしまうほど楽観的ではない。
つまるところレイヴァンさんだ。
プリシラ様が、レイヴァンさんに目を向けているのは知っている。隠しているようだが、髪色や瞳の色、顔つきまで共によく似ている二人が親類の縁だと察するのにそう時間はいらなかった。僕と共に闘うと言うよりはむしろ、レイヴァンさんのところへ近づきたい一心なのだろう。
何にせよ、これからも戦火は続く。僕が常にプリシラ様の傍に控えておけるとは限らない。なら、自衛の手段を持ってもらえた方がいいのかもしれない。
そう考えて、攻撃魔法を教える件については承諾した。
そもそも僕はまだパント先生の下で弟子として学ぶ身だ。教える立場に立つのは早いのでは
……という懸念は杞憂だった。教わる側の吸収力がべらぼうに高かったからだ。プリシラ様の飲み込みは綿のようだった。元々癒しの術で魔力に慣れていたおかげか上達も早かった。
前線に立つとまではいかないものの、教えて次の戦では敵を一騎自力で討ち倒せるほどに上達していた。僕から教えられることなんて、それこそ微々たるものだったようだ。
一方で、プリシラ様から教わった癒しの術は、使えはするものの実践の機会が得られない。敵を倒すことが優先される余り、杖を振るう暇がないのが現状だ。自分の傷を治せないというのもちょっと不便だと感じる。
早いところ上達して、いざというとき────プリシラ様の大事に備えられるようになっておきたいのだけど。
持てあますように杖を意味無く振るっていると、ふいに声をかけられた。
「
……悪いが、暇ならちょっと手を貸してもらえないか」
「はい?」
見ればそこには軽く腕を抑えたレイヴァンさんが立っていた。垂れている血は一筋。軽く切った程度に見えるし、僕でも大丈夫だろう。
「じゃあとりあえず、そこに座って見せて下さい」
「ああ、悪いな」
杖をかざして、魔力を込める。ゆっくりと先端に光が溜まっていき、傷を包み込んでいった。
人を傷つける時より神経を遣う気がするのは、僕の魔力がすっかり、殺すことに慣れてしまっているからなんだろうか。
「助かった。じゃあな」
レイヴァンさんは立ち上がりすぐに離れようとしたので、慌てて引き留めた。
「あ、ちょっと待って下さい」
「
……なんだ?」
「どうして僕なんですか?」
プリシラ様が癒しの術にたけているのは皆が知っている。わざわざ見習いレベルの僕に頼らなくても、それこそ気心の知れている相手に頼めばいい。なのになぜ
……。
僕の疑問は言わずとも伝わったようだが、相手は目をそらして間を取った。
「
………その、無理にとは、言いませんが」
「いや、大した理由じゃない。プリシラにはあまり、俺から近づくべきじゃないと思ってな」
「たかが護衛の僕から見ても、プリシラ様はあなたに有り余るほどの好意があるように思いますけど」
「
………………」
長い沈黙が訪れる。立ち入り過ぎただろうか。でも、あんなにあからさまなのを知らないふりで通すのも難しい。
何より僕自身が気になっているんだ。レイヴァンさんと話す時のプリシラ様は、幸せそうでいて、時々ひどく悲しそうな顔をする。僕に無関係だとわかってはいるけど、見ていてあまり気持ちのいいものじゃない。
とはいっても、選んだ言葉は率直過ぎたかもしれない。撤回しようと口を開けたところで、相手の方が先に話し始めた。
「だから、だ」
相手の表情もまた、プリシラ様とよく似て、ひどく悲しそうな顔だった。
「あいつはもう俺から離れるべきなんだ。あんなふうに、依存するような関係は良くない。むしろ俺のことなんて忘れてくれた方が、良い
……」
依存。
プリシラ様は確かに、レイヴァンさんを視線で追うなんてことはいつもだったけど、依存とまでは思えなかった。僕の知らない何かがあるんだろうから、意見は言えない。
ただ、忘れろと言われればきっとプリシラ様は悲しむ。
「それは、本人に言わないであげて下さいよ」
釘を刺すように言ったせいか、声もこわばってしまった。相手もあの悲しげな表情から、普段の厳しい表情に戻る。
「
……さあな」
答えはどちらともつかないものだった。だからといって別に怒りはしない。泣くプリシラ様を慰められるかは、わからないが。
「まあ、僕みたいな部外者が口出しすることじゃないんでしょうけど」
半ば独り言だったそれに、意外にもレイヴァンさんは強く否定をした。
「違う。少なくとも俺は違うと思っている」
「? いえ、気を使って頂かなくても僕は
…」
「俺は気を遣えるほど器用な男じゃない」
「そ、そうですか」
ここでそんなことないと否定できない辺り、僕も似たり寄ったりだと思う。と言っても、上手い言葉が見つからないんだから仕方ない。
「プリシラに魔法を教えているらしいな?」
「はい。それが何か
……?」
「おまえの方に行ってくれて良かったと思ったんだ。俺のように剣を使うと言い出したらどうしようかと考えていたところだった」
「それも、プリシラ様と離れたかったからですか」
「いいや。────剣は、敵を殺す感触が直接響く。魔法は楽だと言うつもりもないが、まだ救いのある道を進んでくれるだろう」
頭の中で、プリシラ様の言葉が響いていた。すでに何人も見殺しにしていると、あんなに綺麗な手のひらが汚れていると、彼女は言っていた。人を治し続けていた彼女でも、見殺しにするだなんて言葉を使った。それで僕がどんなに甘く考えていたかがわかった。
「
…………」
「
……気を悪くしたならすまない」
「別に。僕も貴方も、一緒ですよ」
僕らはここで闘っている時点で、皆同じだ。返り血の量も、殺めた数も、振るった武器の重さも、皆違うだろうけれど、それでも結局は皆同じだ。だからきっと、
「僕らは同じくらい汚れているから、きっと共に戦えるんです」
「────そう、か」
納得してもらえたのかはわからない。ただ、厳しいその顔が少し緩くなったような気はした。
「プリシラの護衛が、おまえで良かった」
「それは、どういう
……?」
「
……余計なことまで言ってしまった。悪かったな。また怪我をしたら、頼む」
レイヴァンさんは早口でそう言うと、今度こそ僕に背を向けて立ち去ってしまった。
むしろ余計なことに口を出し過ぎたこっちが謝るべきだったはずだけれど
……失礼を詫びに追いかけるほどの度胸は僕に無かった。
◇◇◇
プリシラ様の血縁事情について、本人から詳しくは訊いていないし、訊くつもりも無い。僕はあくまでただの護衛で、そんな流れ者に事情を赤裸々に語ってくれる雇い主の方がおかしいはずだ。だから、僕がプリシラ様のことを何も知らないのも、当然のことだ。
それなのに、レイヴァンさんに問い詰めるような真似をしてしまった。忘れるとか依存だとか
……僕には正直よくわからないけど、ただ、親類以上の濃い関係にも思えて、複雑な気持ちになる。
今までこんなことはなかった。護衛だからこそボロ雑巾のような扱いを受けたことだってある。セーラですらぬるく思えるほど横暴な雇い主もいた。だから深入りはしたことなかったし、下手に立ち入って巻き込まれるのもごめんだった。
だというのに、どういう心境の変化だろう。
自分で分析してみようにも、核心に至る回答が持てない。単純にプリシラ様が淑やかで気を遣ってくれるから恩を感じているだけなような気もする。
一匹狼に見えるレイヴァンさんがわざわざ僕にプリシラ様の話をしてくれたのも不思議だ。てっきり一蹴されるもんだと思っていた。
プリシラ様も日に日に力を付けてきているし、そろそろ護衛契約の期日も近い。
このもやもやとした気持ちに何か形をつけないと僕は行き先がわからなくなってしまう、そんな妙な予感があった。
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