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黒竹
2022-05-30 22:24:19
27656文字
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プロセカ
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#1 fastidiousness
【プロセカ】【みのはる】【fastidiousness】
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熱が下がりきるまで三日かかり、その間は学校も休むことになってしまった。授業の遅れはそれほど心配していないが、それよりなにより気の重いことがある。
もちろん、屋上である。
「来てない?」
意を決して屋上に上ってみれば、ベンチに座っているのは愛莉と雫だけで、肝心のみのりの姿がどこにもない。
愛莉は立てた片膝を抱えた姿勢で「そ」とスマートフォンを振ってみせた。
「連絡もないし、メッセージを送っても既読はつかない。教室に行ってみたけどいなかったわ。学校には来てたみたいだけど」
「うちに帰ったとか?」
心配そうに眉を下げ、雫が小さく首を振る。
「そう思ったんだけど、下足箱に上履きがないのよ」
連絡もつかず姿も見えない。さすがに心配で愛莉と雫が手分けをして探したが、どこにも見当たらないのだと肩を落とした。
「あれだけ活動に熱心だったみのりが、連絡もせずにいなくなるなんておかしいわ。なにかあったのかしら
……
」
親指の爪を噛みながら苛立たしげにひとりごち、愛莉が「心当たり、ない?」遥に尋ねてくる。
思わず両手で顔を覆った。消えてしまいたい。それを見た愛莉の口元が苦いお茶を飲んだ時みたいに歪んだ。
「
……
あるのね?」
下方から突き刺さる愛莉の視線が痛かった。
「みのりがいなくなった原因のほうになら
……
」
「なるほど。洗いざらい話してもらいましょうか」
腹を切れと言われたほうがマシな要求だったが、そういうわけにもいかない。こればかりは遥に拒否権はなかった。
顔を上げないまま、とつとつと事情を説明していく。聞きながら愛莉は頭を抱えていたが、雫はよく分かっていないようだった。
聞き終えた愛莉はフルマラソンを完走した直後くらいげっそりしていた。
「そりゃあ
……
逃げたくもなるわ」
「ほんとごめん
……
」
「謝るのはわたしたちじゃないでしょ」
一息入れたくなったのか、ドリンクボトルを開けて口に含む愛莉。お水おいしい。瞑目して何か思案してから開いた目を遥に向けた。
「みのりが、アイドルだった頃のわたしたちも今のわたしたちも同じように大事にしてることは、ここにいるみんなが分かってることよね」
「
……
うん」
「それで、ASRUNのあんたと、今のあんたのなにが違ったってみのりは受け入れてくれる。それも分かってるわよね?」
「うん」
「じゃあ遥が怖がってるのって、なに?」
さっきの愛莉と同じように、遥が目を閉じる。
言葉にするのは難しい。なにもかもを受け入れてくれる花里みのり。それは純粋だ。広大な花畑のように、きれいで可愛らしくて純粋なもの。
それを壊したくない。
「違うわね。あんたは壊したくないんじゃなくて、ちっちゃな傷ひとつつけたくないのよ。お気に入りのおもちゃにほんの少し汚れがついただけで全部捨てちゃう、
fastidiousness
潔癖症
の子どもみたいに」
断言された言葉を反芻する。そうなのかもしれない。ここにいる自分を認めてほしいくせに、認めてくれているのに、それ以上を望んでしまって、それが彼女の純粋に一筋の傷をつけてしまうから、怖い。
きっと、彼女に傷がついたら。
「許せないんでしょ」
「うん」
なんて身勝手。
「だから守りたかったんでしょ」
「うん」
だって。
だってとてもきれいだったから。
一面の青の中で見せてくれた彼女の笑顔が、キラキラしていて、眩しくて、なによりもたしかな。
希望、だったから。
「ばかねえ」
愛莉は気の抜けた笑顔になって、
fastidiousness
気むずかし屋
の後輩の頭をポンポン叩いた。
「あなた、誰のためにそんなことしてるの?」
誰のため、に。
それはいつも問いかけていた疑問だった。
守りたかったのは、傷つけたくなかったのは。
誰のため?
「ほしがったっていいのよ。言ったでしょ、わたしたちは自分で決められるんだって」
「え?」
「わたしたちは何も禁止なんてしていないでしょう?」
花里みのりの夢と希望。
それをまるごとほしがってもいいのだと、桃井愛莉は言った。
「
……
そっ、か」
「そうよ。ま、みのりの意志が最優先だけどね」
愛莉が肩をすくめる。釘を差されたのだと遥は正確に理解していた。また彼女の意志を無視するようなことをしたら本気で怒るぞ、と威嚇している。なんだかんだと、愛莉はみのりに甘い。
「うん。ありがと、愛莉」
「別に? 同じグループの仲間だもの。これくらい当然でしょ」
「それじゃ、みのりを探してくる」
「探すったって、学校の中はわたしと雫で探しきったわよ?」
もう探す場所なんてないと言う愛莉に、遥は口角を上げながらスマートフォンを取り出した。愛莉と雫が「あ」という顔をする。
消えてしまいたいと願って気づいたのだ。学校の外に出ないまま隠れられる、誰にも見つからない場所。
無音の楽曲を再生する。虹色の光があたりを包む。
「じゃ、行ってきます」
「あ、遥ちゃん」
「ん?」
「あのね、さっきの遥ちゃんと愛莉ちゃんのお話、私はよく分からなかったけど。みのりちゃんは大丈夫だと思うわ」
「
……
うん。そうだね」
不思議と、雫がそう言うと本当に大丈夫だと思えて、もしかしたら彼女は自分たちの中で一番このグループをよく見ているんじゃないかという気がした。
ステージのセカイは広い。いくつものステージ、それに付随した楽屋、衣装部屋、その他諸々。遥たちは未だにミクたちの案内がないと迷いそうになるし、雫は一人にしたら確実に迷う。
けれどひとつだけあるのだ、迷わずたどり着けるところが。たったひとつ、特別なステージが。
ステージの硬い床を踏んで、靴底がキュッと音を立てる。誰もいないステージ。客席はガランとしていて、いつかのような海の景色はない。
どっちにいるんだろうと思っていたけれど、しっかり期待とは反対のほうにいて笑うしかなかった。
ステージ横の階段を降りて、客席の最前列、その中央に近づいていく。青いペンライトを持って座り込んでいる彼女は顔を上げない。
「こんにちは。今日は来てくれてありがとう」
普段の会話より、撮影の時よりも凪いだ声。彼女が大好きな桐谷遥の、声。
「みのり、次の撮影はどんな企画がいいかな?」
打ち合わせをしている時の、少し硬くて低い声。彼女が大好きな桐谷遥の、声。
「ペンギンカフェのマスコットが新しくなったんだって! またみんなで行きたいね」
好きなものを前にしてはしゃいだ、いつもより弾んだ声。彼女が大好きな桐谷遥の、声。
「──みのりが好きだよ」
他の誰にも聞かせない、特別な声。
みのりの前にしゃがみこんで顔を覗き込む。いつもなら照れてすぐにそらされる顔は、今は微動だにしない。よく見えていないのかもしれない。
「どれがいい?」
桐谷遥と桐谷遥と桐谷遥と桐谷遥。
「
……
選べないよ。みんな大好きだもん」
「うん。ありがとう、みのり」
「でも遥ちゃんは、それじゃ嫌なんでしょ?」
ぐず、と鼻を大きく鳴らしてみのりがすすり上げる。アイドルらしくないなあ、と苦笑して腰を上げる。それから、涙の筋ができているみのりの頬を包んだ。
どれも選べないままの花里みのりは、どれかを選んでほしがっていることに気づいてしまって、どこにも行けなくなってしまった。
だからここにいるしかない。
客席で、青いペンライトを振るしか。
「遥ちゃんはずっとずっと憧れの人で、遥ちゃんみたいになりたくて、遥ちゃんと同じように、みんなに希望を届けたいって思ってて」
「うん」
「だから、遥ちゃんは
……
わたしの
……
」
「うん」
言えない言葉を、遥が拾い上げる。「分かってる」
「でも」
言えない言葉を言えないまま、花里みのりは言葉の続きを紡いだ。
「遥ちゃんは、世界で一番大好きな、ひと、なの」
あると思っていなかった続きに、遥が目を見開く。
それは純粋な純粋な、一点の曇りもない、愛情だった。
「ずっと考えてたんだけど、本当にあの、良くないって思うんだけど、遥ちゃんより好きな人がいないの。憧れだけど、誰よりも遥ちゃんが好きなの」
「み、みのり、もういいよ、分かったから」
さすがに恥ずかしい。
ほしいものはそこにはないのに、どうにかして見つけ出したいと探してくれたんだろう。
ないものは、ないんだけれど。
しゅんと肩を落とすみのりの頭をそっと撫でた。
「私もみのりが一番好きだよ」
「
……
ごめんね」
「気にしないで。私が好きなだけなんだから」
「
……
愛莉ちゃんのほうがしっかり者だし、雫ちゃんのほうがきれいだよ」
「でも二人とも、みのりじゃない」
ね、と曲げた人差し指でみのりの頬をなぞる。顎先で止まって、視線で誘導した。
「目、閉じてくれる?」
逡巡が瞳の奥に浮かんで、それから見えなくなった。
閉じたまぶたの向こうにはなにもない。海も、花畑も。
ただ唇が触れた感触だけがある。
あとは、たぶん愛情だけが。
愛してるなんて言葉は、まだ言えないけれど。
離れて、みのりが崩れ落ちるのを必死に耐える。もっと熱烈なのをしたばかりなのに。いやそういう問題でもないか。
「あ、あの、二人っきりの時はいいけど、人がいるところとか、外とかは駄目だからね?」
「しないよ」
いくらなんでもそんなはしたない真似をするわけがない。
みのりは目をそらしているが、その瞳は疑り深い。
「
……
遥ちゃん、ちょっと我慢が効かないところがあるから
……
」
言い返せなかった。
せっかくだから帰る前に少しだけセカイを歩く。遠くできらびやかな音楽が流れ、グリーンとイエローのライトが輝いている。ミクとリンがライブ中のようだ。セカイにはステージがたくさんあって、二人が歩いているステージは今は静かだ。それでもいつかの海は記憶の中で鮮やかだった。
「またステージでやりたいね」
「うん、セカイのステージでも、現実のほうでもライブできたらいいね!」
「この前のは合同ライブだったから今度は単独かな」
「ええ、単独ライブ? き、緊張しちゃうよぉ」
「大丈夫だよ。私がついてるから」
二人は手をつないで歩いている。
みのりは左手で遥とつながり、右手には青いペンライトを持っていた。
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