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黒竹
2022-05-30 22:24:19
27656文字
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プロセカ
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#1 fastidiousness
【プロセカ】【みのはる】【fastidiousness】
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腕組みをした姿勢で、桃井愛莉がむうと低く唸る。彼女の視線の先では日野森雫がとまどった表情で棒立ちになっていた。棒立ちでもその優美華麗な姿がくすむことはないけれど、別に愛莉は見とれているわけではない。
見ていたのはもっと後ろ、雫の背後にくっついている後輩だった。いくら雫が長身でも隠れきれないのに、あたかもここには誰もいませんとでもいうように縮こまっている。
「どうしたのよ、みのり」
「ど、どうもしないけど、今日は雫ちゃんとがいいなって
……
」
練習前のストレッチはいつものルーチンだが、特にペアが決まっているわけでもない。なんとなく学年で分かれている雰囲気はあったけれど、誰かが遅れる時は先に来ているメンバーですることもあったし、厳密な取り決めなどなかった。
だから逆に、こんなふうに「誰かと組みたい」と言い出すのは不自然で、愛莉も雫もとまどってしまっている。
「
……
別に、みのりがそうしたいならいいけど」
眉間にしわが寄るのを意識しながら愛莉は言う。雫もうんうんとうなずいた。
「それじゃあ、今日は私とストレッチしましょう? よろしくね、みのりちゃん」
「ひゃ、ひゃい
……
。よろしくおねがいします」
みのりはますます雫の背中に埋もれていく。彼女の耳が熱した鉄みたいに赤いことは誰も言及しなかった。全身がそのままドロドロ溶けていきそうなことも。
ちらり、愛莉が隣に目をやる。「遥はわたしとね」わざと平坦な口調で、言い聞かせるように遥の背中を叩いてから、二人に聞こえないくらい声を落とした。
「みのりになにかした?」
遥は無意識に口元へ手を当てて愛莉から目をそらしている。どう答えようか。したといえばしたけれど、ノーカウントにしてもいいんじゃないかという思いもある。しかしみのりの様子からして確実に気づかれているし、それを含めて愛莉に説明するべきなのか。
そんな、いろんな意味で恥ずかしいことを?
「はっ、遥ちゃん!」
答えあぐねて口を開けないでいると、唐突に渦中の人から声がかかった。愛莉と一緒にそちらを振り返る。みのりは支えみたいに雫に抱きついたまま半分だけ顔をこちらに向けていた。
「あのね、アイドルグループの子って、けっこうスキンシップが多めっていうか、オフショットでハグとかほっぺにちゅーとかしてるのよく見るし、そういうの見るのは可愛くて好きなんだけど、わたっ、わたしはアイドルの経験もないし、まだその領域にたどり着けてないというかですねっ」
「みのり
……
」
あ、そういう解釈。気づかれていたけれど、大事なことには気づいていない。
ホッとしたような、少しさみしいような、複雑な気分だった。
大丈夫、呼吸は平静だ。うまく笑える。
「うん、ごめんね」
「チアデも大所帯なせいか、そういうの多かったわねえ。私はそこまで仲がいい子がいなかったから、そうでもなかったけれど、親友みたいな子たちはレッスン中ずっとくっついてたりしたわ」
ふわりと笑いながら雫が会話に入ってくる。見事なアシストだったが本人にそのつもりはまったくない。
アイドルなら、そういうのあるよね。みのりが語る軸はいつだってそうだ。そこから外れないし、そこに軸があることすら本人は気づいていない。ASRUNのときとは違う姿を見せても、それは「桐谷遥のオフショット」であって、
偶像
ヴィジョン
は揺らがない。
遥自身、
偶像
アイドル
でいることはほとんど呼吸と同じようなもので、意識すらしていないし自身の中で境界もない。
だから、みのりのその視線を、不満に思う必要なんてないはずなのに。
「せっかくだから愛莉ちゃんにくっつこうかしら」
「なにが『せっかく』なのよ。暑いんだからひっつかないで」
呆れがちに傍観者を決め込んでいた愛莉の隙をついて雫が抱きつく。「愛莉ちゃん、大好きよ」「はいはい分かったから離れなさい」「ま、待って! 離れる前に一枚でいいから写真撮らせて! 待ち受けにしてもいい!?」「みのりー!」途端に騒がしくなった屋上で、遥はひとり空を見上げた。
いい天気だ。
動画を撮る時にモバイルバッテリーとつないでいるケーブルが突然用をなさなくなり、いろいろと試してみたがどうやら断線してしまったようだった。屋外で酷使していたのが悪かったのだろうか。
「ちょっとコンビニで替えを買ってくるよ。ついでになにかほしいものある?」
腰を上げながら遥が問いかけると、「悪いけどスポーツドリンクお願い。持ってきたの飲みきっちゃった」愛莉が持参していた水筒を振りながら片手で拝んできた。
今日は日差しも強いし気温は当たり前のように真夏日。そんな時に屋上で踊っていたら喉も渇く。雫もみのりもいつもより頬の赤みが強くて、遥はそんな三人の様子にしばし考え込んだ。
「今日はもう終わりにしようか? これからも暑い日が続くし、練習時間も短めにして、どこか屋内の練習場所を探したほうがいいかもしれない。熱中症も心配だし、ここで練習するにしても、ちゃんと対策をしておいたほうがいい」
「
……
そうね。誰か倒れでもしたら大変だわ。遥に賛成」
愛莉がうなずくと、雫も追随するように首肯する。二人が横目にうかがっているのは億劫そうに呼吸しているみのりだった。ステージで何時間も踊っていた経験のある遥たちとは違い、まだまだ基礎体力がついていないみのりは気温による疲労も激しい。今日の後半は気力だけでついてきているような状態だったのが明白だった。愛莉はあえて言わなかったが、みのりのことを心配してるのは見て取れた。遥としてもこれ以上無理はさせたくない。
「わ
……
わたしは
……
もうちょっと練習したい」
なんとなく話がまとまりそうな雰囲気を突き破るように、気弱な声がみのりの口から洩れる。
「みのり?」
「さっきのステップ、なんとなくコツを掴めそうだったんだ。だから、もう少しだけ」
ああ、と、遥は胸中だけでため息をつく。
それは彼女の成長の証で、遥にとっても大切にしたい部分ではあるのだけれど。
もっと、もっと。その根源は意欲であり、同時に焦燥である。
振り付けを真似するだけで満足していた彼女が、同じステージに立つために奮闘している。その思いを否定したくはないのだけれど。
一人だけできていなかったステップ。
まっすぐに見上げてくるみのりの視線を真っ向から受け止める。
「みのり。気持ちはわかるけど無理しないで。ステップなら明日、私が教えるから」
「でも
……
」
みのりは何か言いたげに、しかし気持ちをまとめきれなくて口をつぐんだ。わがままだと自分でも分かっているんだろう。
肩を落とすみのりの前にしゃがみこんで小首をかしげてみせる。軽く目を細めて、なだめるように声を和らげた。
「コンビニ、ひとりで行くの寂しいから、みのりについてきてほしいな」
横で愛莉が「うわー」みたいな顔をした。
「遥ちゃん、ひどい
……
」
みのりが膝を抱えてうずくまる。そんな顔でそんな声でそんなこと言われたら抵抗できないよ。全身から発せられる恨み節にも遥はどこ吹く風だった。
「ねえみのり、だめ?」
「そのへんにしといてあげなさいよ遥。そろそろみのりの心臓が止まるわ」
さすがに見かねて愛莉が助け舟を出してくる。
「じゃ、今日はここまでね。雫ももう中に入りなさい。顔真っ赤よ」
「ええ。正直に言うと、ちょっとフラフラしてきていたの」
「あんたねえ! そういうことは早く言いなさいよ!」
プリプリ怒りながら愛莉が雫を引っ張って校舎の中へ戻っていく。
「遥、氷も買ってきてくれる? 雫がのぼせかけてるから冷やしてあげないと」
「わかった」
「ごめんなさい、遥ちゃん。少し休めば大丈夫だと思うんだけど」
「いいよ。無理しないで」
申し訳無さそうな雫に首を振る。「それじゃあみのり、行こうか」みのりに手を差し出そうとして、
「
……
」
やめた。
屋上で練習している間、遠くに入道雲が出ているのには気づいていた。
入道雲は天気が不安定になる兆候だと思い出したのは、コンビニを出て学校へ戻る道すがら、みるみるうちに暗くなっていく空に覆われてからだ。
「あれ、さっきまであんなに晴れてたのに
……
」
みのりの独白が終わるか終わらないかというところで、頭上に海が発生したかのような土砂降りになった。
「ひゃあ!?」
「わ!」
これには遥も度肝を抜かれる。あまりにも予兆がなさすぎた。天空で誰かがバケツの水をぶちまけたみたいだ。二人、慌てて駆け出す。買い物をしたら学校に戻るつもりだったからどちらも財布とスマートフォンくらいしか持っていない。「みのり、こっち」手を引いて導く。
雨に降られた場所からほど近い公園に、大きなペンギンのオブジェがある。お腹の部分が空洞になっていて、トンネルのように遊べる遊具だ。子ども向けだからそれほど広くはないものの、高校生が二人並ぶくらいならなんの問題もない。
「ここで雨宿りしよう。雲の流れが速いし、向こうの空は明るいから通り雨だと思う。少し待てばやむんじゃないかな」
「う、うん。ありがとう遥ちゃん。わたし、パニックになっちゃってどうしたらいいか全然分からなかったよ」
「前からこのオブジェが気になってて、とっさに思い出したの。子どもに混じって遊ぶわけにもいかないから素通りしてばかりだったけど。今日、こうやって中に入れてラッキーだったかな」
冗談口調で肩をすくめると、みのりもほのかに口元を緩めた。
ハンカチで濡れた髪を拭う。狭いオブジェの中で肩が触れ合い、みのりがじり、と指先分だけ遥から遠ざかった。遥はそれを追わない。
大雨の中、公園で遊ぼうとする酔狂な人はいない。公園の入り口はひらけているが、誰も彼も前を素通りするだけで入ろうとはしなかった。みんな、足早に通り過ぎていく。
少女たちは二人、並んで口を閉じている。
雨に濡れた服がはりついてくる。レッスン着のままだったのは幸運だった。雨がやんで学校に戻ったら制服に着替えられる。
真夏日の通り雨ははじめひどく蒸したが、次第に雨が熱を奪っていく。
「みのり、ちゃんと拭かないと風邪引くよ」
隣の彼女の耳の後ろから首筋へ水滴がつたうのを見つけ、遥が空いていた距離を詰めた。
みのりはこちらを向かない。
「だ、大丈夫」
「レッスンで体力使ってるし、雨に濡れたままだと体調崩すよ?」
みのりはますます視線を逆側にそらして、両手の指を遊ばせ始めた。
「雨じゃなくて、汗なんです
……
」
「え?」
「は、遥ちゃんと二人っきりになるの久しぶりだから、なんか、緊張しちゃって
……
」
そういえばそうかもしれない。
練習の時は愛莉と雫がいるし、クラスは違うし、最近はそれぞれ交友関係も広がって別の子たちといることも多く、思い返せばみのりと二人きりで過ごすことがとんとなくなっていた。
休日にフェニックスワンダーランドへ出かけたくらいだろうか? それも二ヶ月は前の話だ。
うつむいているせいでみのりの顔が見えない。
「本当?」
「うそなんてつかないよ」
じゃあ確かめてみようかな。ささやいて、彼女の首筋に顔を寄せた。
「──」
水滴一粒。唇が触れないギリギリの位置で、彼女の肌をつたうしずくを吸い取った。
まるで雷に打たれたみたいにみのりが硬直する。
「っ、は、はる、か、ちゃん
……
?」
みのりから離れて、舌先で唇をなぞる。
「ほんとだ。汗だね」
みのりが火をつけられたみたいに全身を火照らせ、かばうように自らの首筋を手で覆った。
「な、ななな、なにしてるの!? 汚いよ!?」
「みのりの汗は汚くないよ」
以前同じことを言われた仕返しとばかりに言って、遥は得意げな顔。どれだけ動揺していてもみのりはその笑顔に見惚れる。
それから我に返ると、「ひゃああぁぁぁ」うめきながら崩れ落ちた。
「可愛い顔してもだめです! もう、遥ちゃんのばか! あ、うそ! 嘘です! 大好き!」
混乱しすぎて身悶えるみのりに、遥がぷかりと笑った。
「みのり、落ち着いて」
「ずるいよ。ASRUNの時はそんな顔しなかったのに」
「そうだね。みのりにしか見せてないかも」
「完璧なアイドルスマイルも大好きだけど、そういう顔も堪らない
……
。うう、録画して全世界のみなさんにお見せしたい
……
」
ちょっとうっかり告白みたいなことをしてしまって焦ったが気づかれてなかった。
焦る必要なんてないのかもしれない。きっと彼女に「好き」と直接的な告白をしたところで、違う意味に受け取られるだけだ。
「雨、あがったよ」
気がつけば遠かった喧騒がずいぶん近くて、ペンギンのお腹から外を見れば分厚い雲はどこかに流れて、陽光が街じゅうを照らしていた。
あれだけ厚かった雨雲はどこにもなくて、雨の匂いもすっかり消えて、濡れた地面はそのうちカラカラに乾くだろう。
苦くて甘いひとしずくの戯れを、この通り雨みたいなものだと思われても、それでも構わなかった。
それを愛だとは、まだ思えなかったけれど。
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