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黒竹
2022-05-30 22:24:19
27656文字
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プロセカ
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#1 fastidiousness
【プロセカ】【みのはる】【fastidiousness】
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日野森雫は桐谷遥のことが分からない。
天賦の才の持ち主だとか、とんでもない努力家だとか、アスリートみたいにストイックだとか、そういうことは知っているけれど、ASRUNの頃と今の自分の境界に悩んでいたりだとか、他にも、もっと内面の奥深いところにあるらしい懊悩も、雫には計り知れない。
だって雫にとって、みのりは救いだったのだ。
アイドルグループのセンターとして作られていた自分も、すべてをさらけ出した今の自分も同じように大好きと言ってくれた。全部受け入れて、全身で好きを表明してくれて、そんなにも素晴らしいことはないと思う。
だから、そんなみのりの『好き』が遥の内面に傷をつけているなんて想像もつかない。自分自身、妹に全身で『好き』を伝えるたびに鬱陶しがられているけれど、そういうことではないらしい。あと妹のあれは単なる照れ隠しだと思うのでこれからも続けていきたい。しぃちゃん照れ屋さんだから。日野森雫は本気である。
「いったい、なにが嫌なのかしら
……
」
休み時間、廊下をそぞろに歩きつつ、雫は無意識に独り言を洩らした。可愛い可愛い妹が探しているCDをたまたま愛莉が持っていたので頼み込んで貸してもらったのだ。それを教室まで届けに行くところである。家に帰ってから渡してもいいのだけれど、きっと満面の笑みで喜んで「お姉ちゃんありがとう!」と抱きついてくれるに違いないと思ったら居ても立っても居られなくなってしまった。堪えきれず笑みが浮かぶ。スキップもしたいのを我慢する。前にやって愛莉に怒られたので。
「あら
……
?」
体操服姿の生徒たちと遭遇した。どうやら一年生のようである。前の授業が体育だったらしい。体操服に縫い付けられている名札の学年をちらりと見れば、一年C組の生徒だった。遥ちゃんもたしかC組よね、と黙考する。みんな汗だくで見るからにへとへとだった。「真夏にバスケとか地獄だよ
……
」知らない後輩がぼやいている。今日の種目はバスケットボールだったようだ。ふふ、と小さく笑声が洩れた。大変だったらしいみんなとは違い、遥は楽しんだだろうなと思ったのだ。炎天下の運動はいつもしているし、バスケットボールが好きな子だからきっと張り切って参加しただろう。
日野森雫は桐谷遥が分からないけれど、そういうことはよく知っている。
そんなことを考えていたら当の遥が向こうから歩いてきた。どうせ目的地の方向は同じだ、せっかくだから一緒に行こうと足早に遥へ近づく。
「遥ちゃん、
……
?」
表情がはっきり見て取れるところまで近づいて、思わず息を呑んだ。
「あ
……
、雫?」
胡乱に首を上げた遥が、雫を見つけて微笑んだ。「どうしたの、こっちになにか用事?」二年生の雫が一年の教室へ向かっているのが不思議だったようで、足を止めて雫が来るのを待ちながら尋ねてくる。
「しぃちゃんにCDを
……
いえ、それはいいの。ねえ遥ちゃん、大丈夫?」
日野森雫は桐谷遥が分からないけれど、それを補ってあまりあるくらい、昔から桐谷遥のことをよく見ている。
だから知ってることだってたくさんある。
遥は少し困ったように笑って首を傾げてみせた。
「なにが? 別に、なにもないけど」
これは駄目だ。雫の脳裏に赤いランプが点滅する。前にも見たことがあるのだ、こういう彼女を。あれは生放送の音楽番組だった。まだお互いグループに在籍していて、その番組に出演するのがひとつのステータスになるような頃の話だ。それより前に遥から声をかけてくれたのをきっかけにして話すようになっていて、けれどそこまで親しくもなかった。
自分の出番を終えてひな壇に戻る時、入れ替わりにステージへ向かう彼女がこんな表情をしていた。
たぶん、気づけたのは奇跡に近い。額から落ちる汗をライトのせいだと思わなかったとか、いつもよりほんの少しだけ顔色がなかったとか、その程度のことだった。気になったけれど、その頃は台本にないことをしてはいけなくて、結局、声をかけられないまま見送ってしまった。
完璧なパフォーマンスをお茶の間にお届けしたその日の彼女が高熱を出していたと知ったのは、後日マネージャーが世間話のように言ったのを聞いたせいだった。プロの鑑だ、みんな見習うように、と。
マネージャーの言葉に強烈な違和感を覚えて、だから記憶に深く残っていた。
日野森雫は知っているのだ、そういう桐谷遥を。たぶんこの学校でたったひとりだけ。
「遥ちゃん、熱があるんでしょうっ」
誤魔化そうとする遥の腕を掴んで無理やりこちらを向かせる。額に手を当てると、予想通りひどく熱かった。「ああ
……
」珍しく、叱られた子どもみたいな眼差しを地面に落とす遥。
「いつから?」
「えっと、朝は少しだるいくらいで、大した事なかったんだけど」
「体調が悪いなら体育休んだら良かったのに。保健室に行きましょう? 私も付き添うから」
遥の身体を支えようとするのを彼女は断り、アピールするようにしっかりと両足を踏みしめてから、ゆっくり首を振った。
「雫、A組に行くんでしょ? 休み時間終わっちゃうから行ってきなよ。私はちゃんと保健室に行くから」
「
……
約束よ? 無理しないでね? 今日の動画撮影は延期にしましょうね?」
「うん、分かった。みのりと愛莉にも伝えてくれる?」
「ええ」
話している間にも遥の首筋をとめどなく汗がつたっている。誰かクラスメイトについていてもらったほうがいいのでは、と提案してみたが遥は大丈夫と言うばかりで首を縦に振らなかった。
「雫、ごめんね、心配かけて」
「そんなこといいのよ。仲間だもの」
保健室に続く廊下の向こうまで遥が歩いていくのを見送って、雫も歩き出す。
あの時の後悔が消えるわけではない。ただ大切な友人を少しだけ手助けできたことが雫の胸の内をほのかに照らした。
一年生の教室が並ぶ廊下は騒々しい。それでも雫が通りがかるとみんな一様に口を閉じた。無遠慮な視線も、気遣いのある視線も入り混じっていた。もういい加減、そういう視線には慣れてしまってなんとも思わない雫である。もともと、視線なんてあやふやなものから形のないものをさらに読み取るのなんて苦手なのだ。そんな芸当ができているなら音楽番組のトークコーナーで発する一言にすら台本が書かれたりしない。
A組の教室を覗くと、可愛い可愛い妹の志歩が自分の席でスマートフォンをいじっていた。おそらく友人たちと組んでいるバンドの参考になる何かだろう。深くは聞いていないものの、疎遠になっていた親友たちと仲直りして、また一緒に歩んでいこうと決めたらしい。それは嬉しいことだ。一人だけステージ経験があるからみんなの相談役みたいになっているらしくて、頼られていることにお姉ちゃんは鼻が高い。
「と、いけない」
あまりにも妹が可愛いので顔を見るだけで満足してしまい、声をかける前に休み時間が終わるところだった。
「しぃちゃ〜ん」
席の間をすり抜けながら妹のもとへ赴く。志歩が声につられて顔を上げ、雫を見つけてやや口元を引きつらせた。
「お姉ちゃん? ちょっと、なんで来てるの?」
「ほらこれ、しぃちゃんが探してるって言ってたCD。愛莉ちゃんが持ってて貸してくれたの。返すのはいつでもいいからって」
「え
……
? や、助かるけど、別に廃盤になってるわけでもないし、わざわざそんなことしなくても」
大して面識のない先輩からCDを借りる、という状況への気後れに雫はまったく気づかず、志歩へCDを押しつけるように手渡して満足気に笑った。
志歩は胸の前のCDをどうしたものかと悩んでいる。これが姉の私物なら、突き返すなり受け取るなり好きにできるが、先輩からの又貸しとなると話は別だ。気軽に借りていいものか難しいところだし、だからといっていらないと返すのも失礼である。
「じゃ、じゃあ、リッピングしたらすぐに返すから。ありがとうございますって伝えておいて」
「ええ。良かったわね、しぃちゃん」
志歩がなんとも言えない顔をした。
用事がひとつ済んでそのまま帰りそうになったのを、すんでのところでもうひとつ使命があったのだと思い出した。慌てて踵を返し、教室の中を見回してみのりの姿を探す。妹とじゃれていたのを微笑ましく見物していたみのりと目が合った。手を振られる。こちらも手を振り返してから、「ちがうちがうっ」急いでみのりの席に向かった。
「みのりちゃん、遥ちゃんが熱を出しちゃったから、今日の撮影は中止になったわ。愛莉ちゃんにはこれから伝えるけど、次の撮影スケジュールは遥ちゃんが回復してから決めましょう」
「え!? 遥ちゃんが!?」
がたんと激しく椅子を鳴らしてみのりが立ち上がる。掴みかかりそうな剣幕で雫に詰め寄り、それから顔の良さに耐えきれず元の位置に戻った。
「は、遥ちゃんは大丈夫なの?」
「保健室に行ってもらったから、今はそっちで休んでるんじゃないかしら」
「そ、そっか
……
」
みのりが壁にかけられた時計を見やる。もうそろそろ次の授業が始まる時間だ。雫も自分の教室に戻らなければならない。
「私も詳しいことは分からないの。きっと後で遥ちゃんから連絡があると思うわ」
「うん、教えてくれてありがとう、雫ちゃん」
どこか上の空でみのりが礼を言う。彼女がそうなるのも仕方がない。大切な仲間だ、心配にもなるだろう。自分だってそうなのだから。
遅れがちな子をマンツーマンで教えてあげたり、体調を崩した子がいれば心配して無理をさせないように配慮したり。
MORE MORE JUMP!って良いグループだなあと、日野森雫はしみじみ思うのだった。
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