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黒竹
2022-05-30 21:13:57
19064文字
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フォルテッシモじゃ強すぎる
【ルカミク】現パロ。アイドルミクさんとピアニストルカさん。
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指の軌跡が光沢を持っている。わずかの引っかかりもないそれが生み出す音色は運指に並び立つほど艶やかだった。
奏でているのはミクが一番好きなバラードだ。数年前にヒットしたそれは、ミクがここに通い始めた頃、練習用の自由曲として使いたい曲を尋ねたら即答してきたほどのお気に入りである。
そんな曲を、まがりなりにもプロフェッショナルの末席にいるルカが丁寧に弾いているというのに、少し離れたソファで聴いているミクの表情は浮いたところがない。行儀悪く片足をソファのへりに乗せて、それを両腕で抱え込んで目を閉じている。安らぎは見えず、どちらかというと「何もしたくない」といった無気力さのただよう姿勢だった。
最後の音が消えてからルカが手を膝に置く。「つまらなかった?」遠慮がちに尋ねるが、ルカだってその問いに肯定が返ってくるとは思っていない。
「そんなことないよ。ルカさんのピアノ好き」
ほのかな笑みを作ってミクが答えた。そうされたら、ルカも曖昧な頷きを返すしかない。
気分転換にでもなれば、と思ったのだけれど、そう簡単にはいかないらしい。
ミクがデビューして三ヶ月が経過していた。古臭い言い方をすれば「彗星のように現れた」初音ミクは、デビュー曲の完成度とネットを巧みに利用したプロモーションが奏功し、またたくまに時の人となった。プロモーション動画の再生数は百万を越えているし、歌の販売数もうなぎ上りである。ほんの数ヶ月前までは英語のテストで高得点を取って喜ぶような普通の高校生だったのに。
そう、それが今現在のミクを悩ませている事柄の原因の一つだった。直接的なものではなく、遠因ではあったのだが、とにかくあの当時、ミクは自分の行動に責任など持たなくても良かったのである。
「ルカさ~ん、くじけそうだよ
……
」
「そんな
……
」
何か言おうとしたけれど、上手い慰めが浮かばなくて語尾が濁った。
ミクが携帯電話を取り出していじり始める。インターネットにつないで、とあるサイトを開いた。
ネットプロモーションの功罪、というべきか。
個人の運営するそのブログには、センセーショナルな文章と画像が載っていた。画像に写っているのはミクと、それからもう一人。ミクより頭半分ほど背の高い少年が、ミクに頬を寄せるようにして笑っている。
「も~
……
!」
何か色々と言いたいことがあるようだが、先ほどのルカと同様、言葉にできないらしい。無意味な唸り声を上げたミクは、勢いよく携帯を閉じるとがっくりうなだれた。
「それ、他の子も写ってたんでしょ?」
「クラスの子と四人でカラオケ行って、帰りに撮ったプリクラ。この下に二人いんの! 近いのだって四人だとぎゅうぎゅうになってフレーム入りきらないからだもん。勝手に下半分切って勝手なこと言ってぇぇぇ」
「もーやだー!」じたじたと暴れながら喚く。こんな行動、今は自宅かここでしかできない。
「誰が流したか判らないの?」
「携帯に転送したやつ、けっこう友達と交換したりしてるから
……
。それに犯人探しとかしたって意味ないよ」
「まあ、そうね」
「はぁ
……
ハートブレイクだよ」
「言いたいことは判るけど意味間違えてるわよ」
ミクは英語が苦手である。ちなみにルカはピアノのために留学していた経験があるので、なかなかに堪能な英語力の持ち主だ。
くだんの男子からは土下座せんばかりに謝られたそうだが、それで済む問題ではない。プロデューサにはしばらくすればみんな忘れると言われたものの、今まさに陥っている状況は、ミクには耐えがたい。
大きな溜め息をついて、天井を見上げる。
「あーあ。ただ歌ってたいだけだったんだけどな。こんなに面倒くさいことになるなんて思わなかった」
「ミク、いきなり売れちゃったものね。ああいう人たちのターゲットになりやすかった面はあるでしょうけど」
「
……
もう、息詰まりそう」
秋も深まってきているので部屋の空調はかけていない。彼女が言ったのは比喩だと判っているが、それでも新鮮な空気でも入れたら少しは楽になるのではないかと、ルカはピアノから離れて窓を開けようとした。
「あ、ルカさん駄目。窓閉めといて」
「どうして?」
「
……
いないとは思うけど、変なのいたらやだし」
重症だ。ミクがここでボイストレーニングを受けていることは別に機密事項でもなんでもないので、誰かが見張っている可能性もなくはないが、十階建てマンションの最上階である。窓の一つくらい開けたところで覗かれはしまい。
とはいえ、彼女の希望をむげにしてまで開けることもない。窓の取っ手にかけていた手を外して戻ろうとしたら、ソファからのびてきた腕に腰を捕まえられた。
「っ、と、ミク?」
「なぐさめてー」
甘えた声でせがまれて喉の奥が小さく鳴る。無邪気とは残酷だ。こちらの気も知らないで。
仕方なく、しがみついてくる彼女の頭頂部あたりをぽんぽんと撫でてやる。ミクはしばらくそのまま動かずにいて、それから、わずかに頬をすりよせて来た。次第に鼓動が速くなっていく。違う、彼女はただ傷ついている自分を誰かに預けたいだけだ。『誰か』、なのだ。相手はルカでなくてもいい。他にいないからこちらに来ているだけなのだ。
優しい腕の持ち主なら、誰だって構わないのだ、彼女は。
こちらの葛藤など露知らず、ミクはふにゃふにゃした声で呟く。
「あーでも、ルカさんが女の人で良かったかもー」
「え? どうして?」
「これでボイトレの先生が男の人だったら、またなんか変な勘ぐりされそうじゃない?」
そうだろうか、と思ったけれど、まあ連日ゴシップ誌やネットニュースで報道されているスキャンダルの内容を見るに、そういうこともあるかもしれない。下世話な勘ぐりなどいくらでもできるものだし。
確かにミクはここ最近、この部屋へ入り浸っているが、もしや何かあるのでは、と思われたところで住んでいるのはルカだけだ。良い避難場所になっているということだろう。
「お役に立てて何よりだわ」
自分で言って悲しくなった。
この安心しきっている少女が、己の気持ちを知ったらどう思うだろう。
避難場所、安全地帯だと信じ切っているこの部屋が、本当は全然そんな場所じゃないと知ったら。
泣くだろうか。軽蔑するだろうか。恐がるだろうか。敵意を、持つだろうか。
そんなことになったらきっと耐えられない。
信頼を失うのが恐くて、ルカは抱きついている彼女の腕を押しのけた。
「さ、充分なぐさめてあげたでしょ? 今日はもうレッスン終わってるんだし、そろそろ帰りなさい」
「もうちょっとー」
猫みたいにすり寄ってくる可愛らしい少女を、拒むことなどできようか。
それでもこの体勢では、いつストッパが外れてしまうか判らない。これみよがしな溜め息をひとつついてから、ルカはソファの空いている箇所へ腰を下ろした。
「じゃ、せっかくだから今日のおさらいでもしましょうか。ミクは時々ブレスを外すから
……
」
「ルカさんって彼氏いるの?」
「
………………
」
いきなり何を聞いてくるんだろうこの子は。
「
……
ミク、私の話、聞いてた?」
「聞いてたけど、そういう話したい気分じゃないんだよね」
女子高生ってマイペースだ。「で、いる?」「いません」嘘をついても仕方ないので正直に答える。
「そっか。良かったぁ」
ホッとした様子のミクに、そんなわけがないと思いつつも妙な期待感を覚えた。「なにがいいのよ?」声が上ずらないように気をつけただけだったのに、不機嫌そうな口調になってしまった。ミクもルカが気分を害したと勘違いしたようで、慌てて両手を振りながら弁明する。
「変な意味じゃなくて。ほら、わたし最近ルカさん家に通っちゃってるから、彼氏とかいたら迷惑になってるんじゃないかなと思って」
期待はあっさり裏切られる。当たり前だ。彼女がこちらに対してそんな感情を抱いているはずがない。
「別にそんな心配しなくても大丈夫よ。今もいないし、これからできる予定もないし」
「そうなの? ルカさんもてそうだけどな」
実を言えば声をかけられるケースは少なくない。音楽業界でも大学でも、食事に誘われたりコンサートのチケットを差し出されたりする機会は、月に二回では足りないくらいだ。その全てをルカはその場で断っている。人間関係を円滑にするうえで必要と思われる誘いであってもだ。その姿勢は頑なと言って良い。
そちらへ傾いてしまえばいっそ楽になるのかもしれないと、思わなくもないのだけれど。
「そんなことないわよ」大人をからかうんじゃありませんという表情を作って、ミクの額を手の甲で軽く叩く。彼女も反省しない子どもの顔で笑った。
「じゃ、もうしばらくはわたしがルカさん独り占めしちゃってもいいかなー」
子どもの顔で笑いながら、腹這いの姿勢で膝に乗ってくる。どうしてこう、罪作りなことばかり言うのだろう。
「独り占めでもなんでもいいけど、ボイトレはちゃんとしましょうね。あと勉強」
「
……
うー」
「また英語の成績下がったでしょ? 前に一度いい点数取れたのに、どうしてすぐ戻っちゃうの」
「あの時はご褒美があったから頑張れたんだよー。何もないのに頑張れって言われても無理だもん。むしろ無駄だもん」
「学校教育を根底から否定しないの」
呆れた持論をなんの負い目もなく主張するミクだった。教師の苦労がしのばれる。
「大体、ご褒美って言ったって私がミクって呼ぶようになっただけじゃない。大したご褒美でもなかったと思うけど」
「そんなことないよ。ルカさんって基本的に名字とさん付けで呼ぶでしょ? それじゃ嫌だったの」
くるくると喉を鳴らしながら、ミクがこちらを見上げてくる。
あるいはその瞳に何かが潜んでいたのかもしれないが、奇妙に嫌な予感を覚えてルカはそこから目をそらした。
「なんで?」
「ナイショ」
彼女の考えていることは、よく判らない。
ミクがむくりと起き上がって、ふぅっと小さく息をついた。先ほどまでの重苦しさが消えている。気分転換は済んだようだ。
ソファから立ち上がると敬礼のように右手を額にかざす。
「そろそろ帰るね。お邪魔しました」
「じゃあ、気をつけて」
「引き止めてくれないんだ」彼女が唇を尖らせる。「必要ないもの」わざと素っ気ない態度を取った。
玄関までミクを見送って、鍵をかけてから、こめかみに手のひらを押しつけた。
そろそろ、何かを望んでしまいそうだった。
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