鹿
2022-07-03 15:58:23
22526文字
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スペース土斎連作集

土斎WEBオンリー開催おめでとうございます。七夕番外編ということで、スペース土斎です。
不死の呪いを受けて宇宙をさすらい続けるスペーストシゾーと、彼に様々な形で出会うスペースハジメサイトーのいろいろなお話。捏造しまくりなのでセイバーウォーズの設定とは異なる点が多々あります。
ツイッターにあげたものにちょこちょこ新エピソードを足した感じです。



「先生は、サーヴァントがリポップのたび記憶を失う理由って知ってます?」
 先生と呼ばれた男は、自分の正面で背もたれもない簡素な椅子に座り、俯きながら話す男を眼鏡越しに見つめた。男の表情はうかがえないが、声はひどく冷たく、組んだ手は力を入れすぎて白くなっている。
 今から言うことははおそらく目の前の男の求めているものではあるまいと察しつつも、『先生』は穏やかな声で答えた。
「原理、という意味では判然としていないと言うしかないかな。リポップはこれまで宇宙に蓄積された知識により概ね法則が判明しているけれど、その理屈はほぼブラックボックスだ。もっともこのサーヴァント・ユニヴァースに、筋道だった理屈をつけられることの方が少ないかもしれないけれど」
 何せ今ある粒子の活動だけでも一度の生では一種類を把握できるか、手元の資料をめくりながらそう続けようとする『先生』の声を、男は手を振って遮った。
「あぁ、あぁ、すいません、質問の仕方が悪かったですね。僕が言いたいのはね、もっと観念的と言いますか」
 言いながら再び組んだ手を、今度は落ち着かない様子で何度も組みなおす。
「どうして、サーヴァントはそういうありようを選んだ、いやこの言い方も違うか、そうならざるを得なかったか、というか」
 男の話は要領を得ないが、『先生』は促すように声をかけた。
「君は、その答えに、何かしら心当たりがあるのかな?」
 男は手の動きを止めて、眼の下に隈のしみついた顔を上げたが、まだ目線を合わせはしなかった。『先生』の白衣の襟あたりでとどまった目線は、しかしどこを見ているのか判然としない。どこか遠くの宙を見ているような眼だと、『先生』は思った。
「耐えられないからです。忘れるように進化しなければ、きっと生きていけなかった」
……何をだい?」
「一生分以上の人生に」
『先生』はただ、無言で資料を傍の机に置き、男に向き直った。沈黙は話の続きを促すものであることは伝わったらしい。男は堰を切ったように続ける。
「人間の精神は、結局のところ原始宇宙の頃からそう変わっちゃいないんじゃないかと思うんですよ。体がエーテルになろうと夜は眠りたい、何か食わなきゃ力は出ない、殴られりゃ痛い、いろんなことを嬉しいとか悲しいとか感じて、そうやって一生を終えて、けどその後同じ個体がリポップするとき、生まれてくる場所を選べるわけじゃない」
 男の声は徐々に熱が入ってくる。しかし『先生』には、話す男自身をじりじりと焼き付けるような、嫌な熱であるように感じられた。
「生まれなおしたその時、以前の記憶を持ち越していたら、きっと新たに与えられた人生を全うできなくなります。前はこうしていたのにどうして今は違うのかと嘆いたり、あるいは前に失敗したことを今度こそ取り返そうとしたり。なにせその記憶は一生分だ。生まれたばかりの自分の自我が耐えられるはずもない。さらに転生を繰り返すほどその量は増えるわけですからね」
 男の言葉は止まる気配がない。彼はこのことについて、いったいどれほどの年月考え続けたのだろう。
「でもね、以前の記憶を持っていたって、前と全く同じになれるわけではないんです。明日食うものにも困る環境で暮らしている人間が、前の生で貧しいものに施していた時の記憶を持たされたとして、前と同じ気持ちになれるでしょうかね? ……いいや、その時の自分の気持ちがわからなくて、苦しいだけです」
「確かにそうだね。真名持ちサーヴァントはある程度ありようが固定されるとはいえ、異なる環境で育てば違いは必ず現れる。その時に以前の記憶を持っているというのは、かえって枷になることもあるだろう」
 男の熱の入りように言いようのない危機感を覚えた『先生』は、遮るように話を続ける。
「君は、原始宇宙におけるサーヴァントについてはどのくらい知っているかな」
……その名前の通り、『マスター』と呼ばれる魔術師に仕える使い魔だった、というくらいですね」
「ああ、とりあえずその理解で構わない。それでその頃のサーヴァントというのはね、当然何かしらの戦いなど、目的のために『召喚』される存在だ。そしてここが肝心なんだが、召喚する魔術師の性質や召喚された土地に、サーヴァントは影響を受けるものだったらしい」
 男は相変わらず目を合わせないが、『先生』の話に集中しているようだった。
「オルタのような別霊基でなく同じ真名のサーヴァントでも、別の所で別の人間が召喚したら、能力や考え方に差が生じるし……前回の召喚の記憶はないらしい」
 男は頷きもしない。呼吸すら抑えて、強く組んだ己の手を見つめながら、ただじっと話を聞いている。
「厳密にはサーヴァントは召喚されるごとに別人、ということになるんだそうだ。リポップのシステムによく似ている気がするね」
……それで?」
「ああ、しかし何事も例外というのは存在しててね。時折以前に召喚された際の記憶を持ち越すサーヴァントはいたようだ」
 男の気配が、張り詰めたものになった。
「記憶を持ち越す理由ははっきりしていない。なにせ宇宙が更新される前のことだし、サーヴァントによって事情は様々だったようだ。霊基に刻まれるほど強烈な経験をしたから覚えていた、とか」
 男が、歯を食いしばるのがわかった。組んだ手に爪が食い込み、血が出るのではないかと思わせる。
……逆に、己の存在を丸ごと変えるほどの出会いは、決して次に持ち越さないとする者もいたようだ」
「どうして」
「申し訳ないが、そればかりは見当もつかない。どこか他で召喚された自分にすら渡したくないほどに大切だった、という解釈もあるけど……実際のところその瞬間の本人にしかわからないのだろうね」
 男は納得はしていないようだった。しかし、『先生』もまた、この辺境惑星にリポップして以来、コツコツこの星の古代の文献を漁る一サーヴァントでしかない。白衣は着ていても医者というわけでもない。かけられる言葉はそこまで多くはなかった。
「だからね、もし何らかの形で過去の記憶を引き継いだとしても、それは厳密には自分のものではない。その瞬間を生きた過去の自分のものだ。覚えているのだから今の自分にも大切なものだとか、逆に忘れてしまったからそれは重要ではないとか、そんな風に思う必要はないんだと思うよ。過去の自分がどう思おうと、今の自分には理解できないのならそのままにしておけばいい……難しいことではあるだろうけどね。でも私たちには今与えられたこの生しかなく、それを懸命に生きるしかないのだから」
 語り終えた『先生』に、男はやはり目を合わせようとはしない。それどころか手で顔を覆って、自分の表情も隠してしまった。
……違う、違うんですよ、先生」
 絞り出すような声だった。
「何が、違うと?」
「いえ、きっと先生は正しいこと言ってるんです。でもね、先生も言ってたでしょう、『例外』は何事にもある」
 訝しむ『先生』に、男は続ける。
「リポップってシステムから、外れたサーヴァントがいる場合です」
 突如として示された概念は、『先生』の思考を混乱させた。だが男は目の前の人間の混乱を気にする余裕ももう失っている。
「俺たちが生まれなおしてそのたび新しい人生を謳歌してる間、その人はずっと取り残されてるんです。その人にある一生できっとまた会いに行きますとか、ずっとお慕いしてますなんて言ったところで、次にリポップしたときは覚えちゃいない。その人は銀河のどこかでずっと戦い続けてたのに、そいつはそのニュースを聞いて、宇宙海賊だってさ怖いねえなんて言いながら、酒飲んで笑ってたんですよ。忘れてたことさえ、何かのバグで記憶を引き継がなきゃ気づくこともなかった」
 数千年前の戦いで不死の呪いを受けたサーヴァント、女神討伐チームのメンバー、青春の幻影のごときさすらいの宇宙海賊……遠いどこかの星系の噂話と聞き流していた情報が、頭の中に次々浮かび上がる。
……待ってくれ、君は、その宇宙海賊を置いて、転生を繰り返してることを罪だとでも?」
 ははは! と、場違いに大きな声が響いた。男の顔はまだ手に覆われて見えなかったが、それでもきっと笑ってはいないとわかる。
「冗談やめてくださいよ、罪悪感? 違います、俺はね、その宇宙海賊に怒ってるんですよ!」
 声の震えを隠すこともできなくなった男はもはや『先生』に話しかけてもいない。どこを見ているのかわからなかったあの眼は、ずっと彼方のその人を見ていたのか。
「そいつはね、自分一人だけずっと、以前に何があったか覚えてる。やろうと思えば前のリポップでお前はまた会いたいですとか僕のこと探しに来てくれますかとか、そんなことぬかしてやがったって言うこともできたはずなんだ、なのに……あんたを置いて旅立っていく俺に、達者でなって言うだけだった」
 そこにため続けた感情を暴れさせないようにするかのように、男は胸を抑えて語る。
「こんな不公平がありますか? こっちが一生をかけたところで向こうにとっちゃただの一瞬で、ならもう綺麗さっぱり忘れて関わらないでいようとするのさえ無理なんですよ? 忘れることにしたことさえ、死んじまったら忘れてるんだから」
 きっと男は、冷静ではないのだろう。ただそれでも、落ち着けとか考え直せと言うのはあまりに残酷で、『先生』は額を抑えた。
……だから君は、このコールドスリープ装置を使いたいのかい」
「ええ、死なないまま体を冷凍保存しておく技術なんて、進化と変遷を第一にするこの宇宙じゃ時代遅れもいいとこですからね。ここでひっそりと古代技術の研究を続けてらっしゃるヤマナミ先生くらいしか頼れる人がいなかった」
 ヤマナミの背後には透明な棺に似たポッドがある。この第四世代型コールドスリープ装置は、旧型ながらも耐久性は折り紙付きで、起動したら最後、物理的な破壊のみならず魔術的な干渉も一切通さないという代物であった。カタログスペックを信じるなら一万年は耐久するらしい。
「しかもおあつらえ向きに解凍方法の方は散逸してるんでしょう? ならそいつを起動させたが最後、『絶対に死なない』状態のまま誰にも邪魔されず眠り続けられるわけだ」
「君はきっと、一度の生しか生きていない私には、想像もつかないほど考え続けたんだろうね……それでも、やめておいた方がいいとしか言えないよ。君は今、どこにいるかもわからないその人のために、未来の生全てを棒に振ろうとしている。二度とリポップをしないというのは、そういうことだ」
 ええ、そうですねと男は答えるが、それでも意志は固く、揺らがなかった。
「先生、これが今生きている僕の、精一杯の決断なんです」
 そして数日後、この惑星から一つのポッドが宇宙に放たれた。万が一にも解凍方法を探られないため、少しでも遠くに飛ばしてほしいと男が願ったからだった。ポッドは宇宙速度を超えてなお全く燃える気配もない。コールドスリープ装置は起動後、空間に漂うアルトリウムなどのエネルギーを取り込み、稼働し続けられるはずである。
『ありがとうございます、やっぱり親切ですね、あんたは』
 そう言った時、男はようやくヤマナミと目を合わせたことを、空を見上げながら思い出す。あの男のことも、彼の言っていた宇宙海賊のことも、どうにも気になって仕方がなかったが、何もわからなかった。
「何か知っているはずという感覚はあるのにね。これが『一生分以上の人生は抱えきれない』ということか」
 ヤマナミの悔恨は、遥か彼方へ飛んでいくポッドには届くはずもない。
「私は親切なんかじゃない……きっとただ、臆病なんだと思う。だって、今からでも、何か君を無理やりにでも止めてくれるような、永遠に眠り続けるなんて選択肢を叩き壊してくれるような何かが起きてくれれば、なんて考えているよ」
 これが、現在から約三百年ほど前の出来事である。男の狙いは最初の二百年ほどは成功していたと言ってよかったが、残念ながら彼が生きるのは停滞を何より厭うサーヴァントユニヴァースなのであった。
……目が覚めましたね。いいですか、落ち着いて聞いてください。あなたがこの装置に入って眠っている間、あらゆる星系における太陽の加護持ちサーヴァントの一斉暴走事件が起き、なんやかんやで解決した後も宇宙全体の気温上昇は深刻なものでした。そこに『こんなに暑いならもう夏ってことにするしかないな』という宇宙的意思という名のテコ入れが働き……
「要は新シリーズまでの外伝期間、今回はサマーシーズンってコンセプトなんだと」
 腰にジェットパックを付けた女と肩にジャージを羽織った男は、水着姿で人を見下ろしながら理解したくないが、この宇宙に生きるものなら理解できてしまう概念について語っている。
「なにせ銀河全体が夏になってるからな。コールドスリープって概念ごと破壊されたらしいぞ」
……ふっっっざけんじゃねえよ!!」
 衝動のまま斬りかかるが、まるで身体に力が入らず刀はあっさり止められた。
 女はサマーシーズンではサーヴァントは水着にならないと満足に動けないんですよ! 速くこの黒ビキニを装備してください! と叫んでいるし、斬りかかられた男は耐えきれず笑っている。あまりに馬鹿げた状況に、かえって思考は冷静になってきていた。
「ああクソ、先生の言う通りだ! 抵抗もできねえ状態になんかなるべきじゃなかった!」
「そうだな。永遠に変わらない存在になることで俺に勝とうなんて、お前にしちゃ失策だった。宇宙がこんなことにならなくても時間はいくらでもあったから、そのうちお前を目覚めさせる方策を見つけたさ」
「ヒジカタさん、この人本当に強いんでしょうね? スペース不定浪士が夏に浮かれてアロハ化してるんですから、人手はいくらあっても足りないんですよ!」
 これがとある親切者の願いと関係あるのかは誰にもわからない。ただ、サーヴァントユニヴァースは、嘆きも怒りも全て押し流すように、今日も目まぐるしく変化していくのだ。