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望月 鏡翠
2023-07-02 11:31:41
17630文字
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リアタイ
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灰は灰に
ウルフレグニ/グレイハウンドの過去 1/#DRE_C_享楽主義
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蛇足・グレイハウンドの部下
ケント・ハーネスは職を失った。
路上に彷徨い出てくる
ケントに言わせれば、それは飛行機のエンジンに鳥が飛び込んでくるような不幸な事故だった。避けようがない。
夜中で暗かった。近くにあるガソリンスタンド兼コンビニの灯も届かない場所だった。若い男女がそこで何をしていたのかは、想像に難くない。晴れていて星空が綺麗な日だった。砂地に住む毒蛇にでも噛まれちまえばよかったんだクソッタレ。そうなれば、ハイウェイをいちゃつきながらチンタラ運転する、腹立たしいカップルはトラックの前に彷徨い出てくる前に死に、仕事を失うことも前科をつけられることもなかった。
派手な車が路肩に止まっていた。いかにも親の金で青春を謳歌していそうないけすかないガキが好みそうなスカイブルーの車だった。それはきちんと視界に入れていた。
二人はその反対側から出てきたのだ。草むらで何をお楽しみしていたのか、足元はふらついていた。
コンビニの駐車場で少しばかり仮眠をとり、苦いだけのコーヒーを飲んで目を覚まし、給油して出発したばかりのケントは、スカイブルーの車体とその周辺に気を取られていた。
結果、若い恋人たちを車輪に巻き込み、低速でじっくりと踏み潰した。
裁判官はそんなところでいちゃついていた若者の不注意については、何も言わなかった。ガキの両親はまるで俺が諸悪の根源であるかのように、声高に避難してきた。
その過失の代償に、五年も刑務所に入った。五年の間に、仕事は他の人間に取られていた。妻は他の男を作って、家からいなくなっていた。ケントが捕まったからだという言い訳をしていたが、その前から彼女は長距離ドライバーの夫が家を空けがちであるのをいいことに、男を連れ込んでいたに違いない。
家には、買い足した覚えのないコンドームと男もののデオドラント、煙草の吸い殻。そういうものが生々しく残されていた。殴りつける相手はおらず、フラストレーションを甲斐性するために、次の職も決まっていないのに酒場に向かった。
自宅なのに、あそこはもはや自分の家ではなかった。他人の匂いが強すぎる。
ケントは、身を持ち崩す人間がどうやって転がり落ちていくのか理解した気がした。
意識に麻酔をする何かが必要だった。
それはアルコールだったりドラッグだったりするのだろう。一番マシな選択がアルコールのような気がしたのだ。顔馴染みがいる酒場に行けば、気まずいのはわかっている。いつもと違う酒場にいって、カウンターの一番奥の席で飲んでいた。
酒を飲みすぎて、意識が朦朧としたあたりで隣に誰かが座っていた。
いつの間にかテーブルの上のグラスは、水とすり替えられていた。余計なことを。グラスは二つに分裂したり一つにくっついたりしながら、カウンターの上でグラグラとしている。
「失敗したな。どうせなら、妻と浮気相手を跳ね飛ばしてやればよかったものを」
男の無神経な言葉に、ケントは顔を上げた。酒の席でいうにしたって、悪趣味なジョークだ。
「俺は、人殺しじゃ無いんだぜ。勤勉に仕事をしていた」
「そうとも。君は真面目だ。優良ドライバーだったとも。だがそれにしては車に修理の跡が多すぎる。勿論、人を轢いたわけじゃない。記録には何もないからな。だが、人以外は?」
夢と現の境目から湧き出た悪魔だろうか。嫌なことをいう。刑務所でみる自責の念が具現化した悪夢だろうか。
確かに人以外を轢いたことはある。仕方がない。路面にはたくさんの生き物がいるのだ。沼から上がってきたカニだとか、カエル。道路を渡るときの猫。野良犬。山から降りてきた鹿。牧場から逃げ出した羊。そういうものをいちいち避けなかったというだけだ。
「あれは事故だった。全部事故だぜ。自然管理局に電話した方が正しかったか?もしくは牧場主に」
「確かに事故だ。事故だったから現場の状況やブレーキ跡しかチェックされなかった。君は現場から逃げずに、即座に警察に電話した。前方不注意だったのは確かだが、あのカップルも不注意だった。だからコンビニのカメラは誰もみていない。私以外はね」
コンビニのカメラ。
そんな証拠は裁判では出てこなかった。
「彼女にいいところを見せようとして、トラック運転手をしているタフな男に噛みついてくる若者はさぞかし不愉快だっただろう」
「ああ、認めるよ。確かに喧嘩したさ。大人気なかったよ。俺も運転のあとで疲れてたんだ。だがそのあときちんと仲直りした。ビールを奢って乾杯した。おっと、ビールについてとやかく言わないでくれよ。無鉄砲な若者なら、みんなこっそりやってるさ。そういうコミュニケーションだよ。ちょっとばかりのルール違反が、俺たちの結束を強めてくれるんだ。それがあの二人の青姦の気分を高めて結果俺が轢いたとして、それは偶然だよ。不幸な事故だ」
一気に話したから喉が渇く。温くなった水を一気に飲み干す。空になったグラスに水がもう一杯注がれた。
一体この男は何者だ。記憶の片隅から這い出した悪魔なのか。何を知っているんだ。
「ビールの栓を抜いてから、外に持っていった。そして二人に渡した。それがカメラに移っていた」
そうだ。ビールの苦味で中に入っている薬に気づかなかった。バカなやつだ。
二人は泥のように眠っただろう。すぐにあとを追いかけると不自然だ。ケントはコンビニに残り、トラックで仮眠をとりそれから出発した。
二人は案の定、コンビニをでてすぐに車を止めた。眠気に耐えきれなくなったからだ。やはり飲酒運転をするのはよくない。引き返すのも億劫なほどに眠気は強まっている。車を止めて、仮眠をとった。
ケントはのんびりとコンビニを出発し、彼らの車を発見した。あの道はよく通る。夜間にほとんど人が通らないことは知っていた。仕込みをする時間は十分にあった。
「すぐに轢いたのかな。いや、それとも君は彼らが目を覚ますまで待ったんだろうか」
道路に二人を横たえる。暗闇で目を覚ました二人は、まず何をみただろう。
満点の星空。
あの日はよく晴れていた。道路に寝ていたから背中が痛くなっていたに違いない。それに内陸は夜になると意外と冷える。どうしてこんなところに寝ているのか、記憶がない。傍の恋人を起こして、立ち上がる。車を探す。
彼らは暗闇の中から、エンジン音を聞いたはずだ。だがヘッドライトの光は見えず、どちらから来るのかわからなかった。彼らに見えたのは自分たちが乗ってきた車の光だけ。明るいものがあれば、自然と目はそちらに惹きつけられる。
暗闇から襲いくる車体は見えなかったはずだ。万が一にも避けられないように。
ブレーキ音。
ブレーキを踏んだのは、路面にタイヤ痕を残すためでしかなく、どのくらいの速度を出していれば回避が間に合わないのかは、理解していた。今まで散々、哀れな野生動物たちで試してきたからだ。
ケントはトラックで突っ込んだ。二人が確実に命を落とすように車輪に巻き込んだ。
酔いは醒めていた。
男の話を誰か聞いていないかと、周りを見回す。
「証拠はあるのか。コンビニのカメラに俺が彼らと話すのが映ってたっていう、それ以外にあるのかよ」
「必要ない。俺は警察ではない。君の罪を暴くつもりはないんだよ」
「だったらなんで
……
、いや、いい。関係ないんだ。俺の知らない話だ。そんなデマ、吹聴するんじゃねぇぞ」
ケントはカウンターに金をおくと、足早に店を出た。商売道具のトラックに戻る。クソッタレな法律が飲酒運転を禁じたせいで、酔いを醒さないと家に帰ることができない。だが古い人間の多くは見つからなければいいと思っていた。ケントもそうするつもりだったが、運転するにはあまりにも心が乱れていた。
男の言葉を考えていた。自己のことを思い出していた。五年も前だがよく覚えている。五年前どころか全てを思い出すことができた。小動物を轢き殺したときのグシャリという感覚と僅かに上下する車体。ヘッドライトに照らされて、白く光る獣の目。そして暗闇の中に聞こえた悲鳴。それを聞くために、ケントは窓を開けていた。衝撃を楽しんだ。
車を降りて、自分がしたことの結果を見た。
ライトをつけると、路上に女の白い太ももが浮かび上がって見えた。胸は潰れていた。男の方は腰が潰れていた。まだ生きていたが、助かりそうになかった。
車から運び出したときの柔らかい体を思い出す。どうせミンチにするなら、寝ている女の中にぶち込んでやればよかった。青姦してたって設定なんだから、腹の中に性液が残ってたって問題ない。
いや、万が一検査でもされたら、それをきっかけにやったことが全部バレる。思いとどまって正解だった。
幸運にも、睡眠薬の検査はされなかった。その時点で勝利だった。
殊勝な顔をしていれば、娑婆に戻ってくることができる。そのはずだったのに、あの男が全てを台無しにしようとしている。
昼間ではなかったから、時間の経過はわからなかった。ハンドルを握りしめて駐車場でじっとしていると、店からあの男が出てきた。
通りに人はいない。いや、いても構わないんじゃないか。このまま走り去ってメキシコあたりに行ってしまえば、関係ないんじゃないか。車のキーをひねる。
サイドブレーキを外そうとしたその手がつかまれた。
こめかみにごりと銃口が突きつけられた。
「動くなよ」
運転席の後ろに、知らない男がいる。
「エンジンを止めろ。ハンドルから手を離せ」
実弾入りかそうじゃないかを確かめていられるような状況ではない。
ゆっくりと両手を上にあげる。
銃を構えている男の携帯に電話がかかってくる。応答し、それをケントの耳におしつけた。
『俺を轢こうとしたんだろう?』
フロントガラスの先にいる男が、遠くから語りかけてくる。
「何が望みなんだ。金はないぞ」
『お前にそんなものは期待していない』
君からお前になった。
男の言葉には、紛れもない侮りが滲んでいた。
『素直になったらどうだ。お前は事故で人を轢いたわけじゃない。圧倒的力が欲しいんだ。デカブツで無力な他人をファックしたくてたまらない。一度人を轢いてしまった。忘れられるか。今まで通り動物でも轢いて気を紛らわせるか。事故を思い出すときの感情は罪悪感だったか? もう歯止めは効かんのだろう。 俺のところに来れば、別のおもちゃをやる。無論トラックが欲しければ、それも持ってくればいい。望む闘争を与えてやる』
「お前、誰なんだよ」
グレイハウンドと電話の向こうの男は名乗った。
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