望月 鏡翠
2022-12-31 16:07:43
70411文字
Public リアタイ
 

Dear Mr.Cellophane

#祝福の塔3_ミスターセロファン/1P序/2P盲目の街/3P信仰の街/4P愚者の街/5P孤独の街/6P現実世界

 盲目の街の祝福は、言ってしまえば賢くなるための祝福であり、勤勉であるための力であるらしかった。
 街の居住区は上昇し、次の街に移動する。
 第三層は愚者の街。
 正しく愛し、愛される力。
 街は牧歌的な田園風景と素朴な街並み、そして田舎特有の同調圧力があった。
 街は全部で四層。どの祝福を選ぶのかというのを、そろそろ考えなくてはいけない時期になっている。
 どの街も、完璧ではない。少しずつ歪んでいる。
 巡礼をする中で、何度も投げ掛けられた一つの質問がある。

 Q.天使という存在が信用に足るのかどうか。

 天使とはつまり、この巡礼の案内役である女々しい男。自分のことを生まれてくる前に死んだ子供だといい、俺たちのことを兄と呼ぶ連中だ。
 彼に疑いを持つということは、生き返りのシステムやこの巡礼そのものに疑問を持つということだ。
 祝福をもらって生き返るだなんて、そんな虫のいい話があるわけがない。何か裏があるはずだと疑いを持つのは、真っ当な思考だ。
 それに対する俺の答えは、常に変わらない。
 信じるに足る要素がないから、信用できない。
 だが巡礼に参加している限り、その言葉に逆らうことには意味がない。だから疑念を態度として表す理由がない。容赦無く体は次の街に押し上げられるし、塔を出ていけるわけでもない。死んでも終わらないくらいなのだから、それくらいの力があるのだろう。
 疑いを持ったところで、だからどうすると決められる段階ではない。
 信じるに足る要素がないというのは、疑うべきと断ずる要素もないということで、どちらとも取れない相手は疑いの枠に入れておくというのは、俺の人間性の問題だ。
 わからないから、疑っている。それ以外であえて自分の立場を示すのならば、保留中である。
 信仰の街ゼロ地区にいた女は、不信を露わにして忠告してくれた。
 盲目の街の主は、過去の出来事を引き合いに出して語った。
 そしてこの街の聖女だったという女は、かつて巡礼者であった痛みを訴えた。
 だが他人の話を聞いたところで、相手のことが本当にわかるわけではない。
 塔の主が語る街の形だって、実態とはかけ離れていたじゃないか。
 相手がどんな人間であるのかなど、最終的には自分の目で見て判断するしかない。目の前の人間を信じるかどうかは、自分と相手の間にあるコミュニケーションの問題だ。
 そのために天使という存在の情報は集めよう。観察もしよう。警戒もしよう。
 だが十分だったと思えるときがくることは、ない。
 そして大抵、決断の瞬間は自分ではどうしようもなく押し付けられるものだ。逃れようもないし、先延ばしにもできない。
 手に入れた情報は不完全かもしれないし、自分が出した答えは間違っているかもしれない。何が起こるかわからないし、出た結果に責任を負えるなんて言い切れない。選択に後悔しないなんてこともないだろう。それでも選ぶしかないのだ。
 だからただ今は、目の前のものをみつめて、話を聞いている。
 その瞬間が訪れるのを、待っている。
 ただそれが自分の生死や今後の人生に関わると言われれば、多少の雑念が混じってくるわけだ。俺が目下気になっているのはつまり、隣の男がどう考えているかっていう問題だ。

自室③
 自称天使様曰わく、塔の中で死ねば肉体の時間が巻き戻される。
 そのため生き返る。怪我が治る。巡礼者を襲う不測の事態への配慮というより、そうしなければ巡礼に不都合が出るからという口ぶりだったように記憶している。
 肉体的には元に戻っているはずなのに、いつも以上に疲れている。
 巡礼者を生かすというのが前提ならば、本人の体から生き返りのコストが払われているわけではないはずだ。そうだったなら連続で死んだ人間は、いつか衰弱死するはめになる。今感じているのはきっと、心理的なものだ。
 部屋に戻る。
 同室の男とは打ち解けた。俺はそう思っているが、相手に確かめたわけではない。隣に立つことを許されるようにはなれていると思う。
 それでもまだお互いの関係や距離感を図かねていて、部屋に戻った俺はぎこちなく片手を上げた。
「もどった」
「おう」
 相槌を打って振り返った男は、俺の姿を視界に入れた瞬間に表情を硬らせた。
 まっすぐに歩いてくる。胸ぐらを掴まれたときは怒らせたのかと思ったが、そのまま服の襟を広げて寛げられた。ちぎれたボタンが、床に落ちる。
 襟を広げたまま、それ以上服を脱がせようともしない。
 色事に及ぼうという顔色でもなかった。
「ど、どうした?」
「お前、どっかで死んできただろ」
 その通りだ。
 どうして気づいたんだという疑問は、視線を辿り首の火傷に辿り着く。正確には、火傷があった場所だ。
「なんで?」
 絞り出すようにそれだけいう。
 表情をあまり動かさない男の顔が歪んだ。瞼から涙が滴り落ちる。
 声もなく、泣いている。
 どうしたらいいのかわからなくなったし、わけもなく動揺した。
 確かに俺は殺された。それが相手に必要だと思ったから、納得ずくでそうした。
 あとは単純に俺が弱いから。
 でも体は元どおりになって、こうして戻ってきた。
「ど、どうした? 苦しいのか」
 思わず、抱きしめようとした。涙を見せた相手を、放って置けなかった。
 俺が苦しいときに、頭を撫でてくれたように。そう考えていた。
 だが突き飛ばされた。
 拒否された。
 鳩尾のあたりがじくじくと痛む。それは飲み込むのに、酷く時間がかかりそうな痛みだった。
……俺に、失望した?」
 その涙が、どうして流れているのか俺にはわからない。わからないから、触れようがない。
「もう、いらなくなった?」
「わ……ッかんない」
 緩く首を横に振ったあと、俺を押しのけて扉に向かう。
 部屋を出て行った。
 追いかけるべきか、迷った。
 触れるのを拒否されたときの胸の痛さが、まだ残っていた。
 だが結局追いかけないという選択肢も、あいつを一人にするという選択肢も、俺の中にありはしないのだ。
 もう、街は日が暮れている。
 振り切られはしなかったし、近づくなとも言われなかった。
 ただ立ち止まりもしなかったし、振り返りもしてくれなかった。
 ただ二人で、街を歩いた。
 夜が更けるまで、このままのような気もした。
「俺、お前のことわかりたいと思ってる。でもお前が言葉にしてくれないと、全然わかんないんだ。ごめん」
 返事はない。
「お前のこと、傷つけたような気がしてる。この感じ方が正しいのかも、お前が教えてくれないとわかんないんだよ。だから、置いてかないで」
 足は止まらない。この二人の間にある距離が、あいつを傷つけた罪。
「ごめん」
 泣かせてごめん。
「なんもわかってないやつに、形だけ謝られたって、意味ないよな。でも他に言葉、わかんないんだ」
 ようやく男が足を止め、俺は顔が見る場所に行くことができた。
 まだ、泣いている。
 拒否されないだろうかと内心怖かったし、指先が震えていた。
 そっと、涙を拭う。
 拭った端から溢れるから、指先が温かかった。
「おまえ、何したの……?」
 声が震えないように、慎重に言っているというのがわかった。
「どこで……? 誰にされたの?」
 ここで嘘偽りを言ったら、俺は本当にこいつとの関係を諦めることになる。
「友達に、なったやつ。首絞められた」
 あいつが俺とそっくりだったからだ。分かり合えたかもしれないと思った。
 側にいてやることができたら、何か変わったのかもしれない。何が必要なのか気づいてやることができたのかもしれない。
 だが、俺にはもうお前がいた。お前の傍に居たいし何かやってあげたいと思ったから、苦しいのがましになった。立ち上がれた。
「俺はもう、お前を選んだから。他のやつの手取るつもりはなくて、だからあいつのことは助けられないって思った。だからせめて苦しいのは、受け止めてやらないといけないって思った。助けてやれないから。今いっぱいいっぱいになってんのは、どうにかしてやんないといけないと思った。だから、殺されんのわかってたけど、抵抗しなかった。ごめん」
 俺の言葉を聞き終わった瞬間は沈黙だった。
 だが次の瞬間に、鋭い蹴りが飛んできた。
 言葉はない。
 膝をついたまま、その顔を見上げる。
 手を、掴む。
 手首が掴み返された。強い力で体を持ち上げられる。
 髪が掴まれて仰反る首元に、強く歯を立てられた。
 察しの悪い俺はそこまでされてようやく、目の前の男が何に対して怒っているのかがわかった。
「ごめんな、戻ってこれるのわかってたけど、お前のこと一人にした」
 掴まれていない方の手で、頭を撫でる。
 首に噛み付く力が強くなる。
 息が苦しい。突き立つ歯が、皮膚を破りそうだ。
「ごめん。ごめんな。頼む、たぶん死んでももどってくるけど、その間、お前がひとりになる。それは殴られるより、やなんだよ」
 連れて行って欲しいといって、傍に居ると約束したくせに置いて行った。
「お前に泣かれるより、ひとりにするより、殴られた方がマシなんだ。頼む」
 一際強く噛み込まれたとき、死ぬかもしれないと思った。だが、感触を確かめるような甘噛みのあと離れていった。
「抱きしめていい? それはまだ、許してもらえない?」
 沈黙。
……い」
 目をそらされた。
 いやなのか、いいのか。返事を待つ。
「いいよ」
「ごめんな」
 俺はこの浅はかさのせいで、せっかく手に入れた大切なものを手放しかけた。
「一緒に部屋帰ろ?」
…………うん。次同じことしたら許さない、から」
 わかってる。
「殺されんのは、俺の意思じゃどうしようもならないことあるだろ……。でも、気を付ける。お前のために。ちゃんと生きたままお前の隣に戻ってくるから。もう無抵抗で殺されたりするようなヘマしない」
「ん……うん」
 ぎこちなく背中に手を回して、抱きしめ抱き上げる。
「俺がお前と離れたくないんだけど、このままじゃダメ?」
……お前殺ったやつ教えてくれんならいいよ。名前と特徴」
 風也は友達だ。友達になった。
 そもそも俺が挑発をせず、きちんと抵抗していたらこんなことになっていなかったはずで、あいつにだけその責任を負わせるのは、きっと間違えている。
……やりかえしたり、しない?」
 目逸らされた。
「我慢、する……?」
 本当に、我慢できるのか。
 同室のこの男の暴力は容赦がなくて苛烈というのが、一番の問題だった。
「ちなみに、お前のそれどういう感情? 俺は、気にしてないよ。あいつにやられたこと。それでも許せない?」
……うん。嫌」
「う〜〜〜〜ん、嫌か。俺がもう殺されないようにするって約束して、今一緒にいても駄目?」
「お前そいつに殴られた?」
 嘘を言ったら、風也は守られるだろうか。だがばれたときにいよいよ目の前の男の信用を失いそうな気がする。
 それが怖くて、結局正直に白状した。
「一発だけ」
「じゃあ二発だけ。それ以外は何もしない」
「な、なんで一発増えたんだよ。一発に一発返してそれでイーブンだろ」
「や、お前と俺の分」
「そしたら、俺の分はいいから、お前の分だけにしようぜ? 駄目?」
「無理」
「わかった。それも、お前の気持ち考えずに。無用心に殴られてきた俺が悪い。そんかわり、俺の見てるとこにして。そいつも俺の友達だから」
 酷くしそうだったら、止めに入ろう。そして事情を説明して、謝ろう。
「うん」
 そんなときだけ、心の底から嬉しそうな笑顔をする。
 ごめん風也、勝手な約束した。
 なるべく二人でいるときに会わないでくれ。
 俺は心の中で友達に祈った。

同行者⑥ 鹿籠 まごも
 ケーキを配っている、と聞いて足が引きつけられた。
 愚者の街の人間は善良さが売りであるらしく、頼まなくてもあれやこれやと世話を焼いてくれる。食べ物もその中に含まれているのだが、いかんせんどれもこれも味が優しくて現代人の味覚からするとそっけなく感じられる。
 だがそのケーキを作ったのは巡礼者であるらしく、味に期待が持てそうだったのだ。
 俺は甘いものが好きだ。
 味覚の一部が抜け落ちた俺でも、甘いものは甘いと明確にわかる。
 広場に行くとそこでケーキを配っているのは、見たことがある顔だった。
 初日の俺は、鷹道を演じるのならば世間知らずな女性に甘い言葉でも吐いて、暗がりに連れ込むかなどと考えていた。
 手ひどく扱ってそのまま捨てて仕舞えばいい。どうせ、巡礼の期間だけで終わる人間関係だし、現実世界と違って罰する法律も取り締まる人間もいない。
 そんなことを考えていたのが申し訳なくなるくらい鹿籠の瞳は真っ直ぐで、罪悪感と共に俺は思わず目線を外した。
 花で飾り付けたヨーグルトケーキは、酸味が効いていて後味が舌に纏わり付かず美味しかった。
(俺だけで食べるのもな)
 四種類のケーキを見比べ、同室の男なら何を食べるのだろうと考える。
 フランスパンに何もつけずに食べるような男の趣味に合いそうなケーキ。噛んでたら甘味がわかるとか、言ってたっけ。
 蒸しパンが、素朴な味がしそうだ。
「あー、あと友達の分一切れ、もらって良い?」
 いつも健康的な朱色に頬を染めた鹿籠は、嬉しそうに笑っている。
「お友達と一緒に食べますか? それならもうひと切れ、ミチくんの分も」
 彼女の言葉が理解できず、俺は一瞬言葉に詰まった。
 なんで、俺の分も。
……俺の分もいいの」
 皿の上の二切れのケーキを見つめる。
 一緒に。二人で。
 彼女にとって、それは当たり前のことだったんだろう。
 だから自然にそうしてくれただけだと、わかっている。
……ふふ、あんがと。すげー嬉しい。そうだな、友達と一緒に食べる」
 誰かのことを想って、その隣に当たり前のように自分を加えてもらったこと。
 それは俺にとっては、全然当たり前ではなかった。
 今までずっとしたことがなく、されたこともなかった。
 だから何かを許された気分になって、泣き出したくなっていた。