サブさぶれ
2026-06-07 19:01:53
14307文字
Public 原作軸
 

Gift to me , Gift to you

【2024.2.9 執筆・公開】
バレンタインのスグアオ。(アカ→タロ要素もあります)
番外編クリア後時空、のつもりです。付き合ってます。
※視点がコロコロ切り替わります!ページ上に【side S】と書いてある方がスグリ、【side A】と書いてある方がアオイ視点です。読みにくいかと思いますがご了承ください。
大したことないですが、モブおばさんが出ます。


【side A】

 リーグ部の部室で、アオイはぼんやりカレンダーを眺めていた。ちょうどど真ん中に書いてある日付まで、あと何日あるだろう。いち、にい、さんと数え始めた矢先、頭のはるか上の方から、ツンと澄ました声が聞こえてきた。

「アオイ、あんた、今度の日曜暇でしょ? あたしの部屋集合だから、よろしく」

 見上げた先にいたのは思っていた通りの人物。仲良しの友達で、頼れるお姉さん・ゼイユだった。
 特に驚くこともなく、アオイはにっこり笑って頷いた。彼女から要領の得ない約束を一方的にぶつけられるのにも、すっかり慣れてしまった。エントランスロビー集合ではなく、彼女の部屋に来いとのことなら、観たい映画でもあるのだろう。

「いいよー。スグリも来るでしょ?」
「はあ? スグ呼んだら意味ないでしょ! あの子、チョコ楽しみにしてんだから」

 チョコ。チョコレート。カカオの実を使った甘くて美味しい、主に茶色をした食べ物。食べすぎちゃうとオデコに嫌なものができてしまうので、あまり沢山は食べられないのが残念な、スグリも大好きなお菓子の一つ。
 いつもより輪をかけて要点がつかめない。アオイは頭をひねりながら、そのまま疑問をぶつけてみた。

「チョコ……? んっと、ごめん。どういうこと?」
「バレンタインチョコに決まってんじゃない! あんたちょっと鈍すぎよ」

 今日は二月六日。来週にはバレンタイン――男の人が恋人に花を渡す、甘くてドキドキなイベントが訪れる。アオイは大好きな恋人・スグリからステキな花束がもらえるんじゃないかと、ここ最近カレンダーを見つめてはニヤニヤしていた。
 『バレンタインチョコ』。まったく耳慣れない単語だ。なのに、妙に嫌な予感がする。アオイは引きつく口角を隠すこともなく、おそるおそるゼイユに疑問を重ねた。

「え、え……? バレンタインにチョコ渡すの?」
「当然でしょ。バレンタインなんだから。……って、これウチの国だけの風習だっけ。まあいいわ。とにかく! スグはあんたからのチョコ楽しみにしてんのよ。『どうしよー、俺朝ご飯抜こうかなー』とか言っちゃってさ。本っ当お子ちゃま。……だけど、当日知りませんでしたー、ありませーん、なんて、このあたしが許さないんだから!」

 歯をむき出しにさせ、握った両手を震わせながら、ゼイユはアオイを睨みつけた。蛇ポケモンにそっくりな強い瞳に見据えられても、アオイはちっとも気にしなかった。気にしている余裕などなかった。
 血の気がサッと引く。なのに、背中じゅうに嫌な感じの汗が噴き出してきた。楽しみすぎて、先に花瓶だけ買ってしまった自分が恥ずかしい。
 ゼイユはきっと、毎日バトルに明け暮れて、何の支度もしてなさそうなアオイに危機感を覚えたのだろう。彼女の分かりにくい優しさが、じんと沁み渡る。

「教えてくれてありがとー! スグリのことガッカリさせちゃうとこだったー!」

 半ベソをかきながら頼りになるお姉さんの手をしっかと握る。ちょうど窓パネルを背に立っていたためか、彼女から後光が差しているように見えた。ゼイユはあっという間に麗しい女神の顔に戻り、得意げに笑ってみせた。

「そんじゃ、次の日曜ね。エプロンくらいは持参しなさいよ」
「うん! 次の日曜! よろしくね!」

 アオイはゼイユの手をブンブン振り回し、ドドゲザン以上にたくさん頭を下げてから部室を後にした。
 気合いは十分。ひとまず、スマホロトムを開いてエプロンを注文するところから始めた。

 〇 ● 〇 ●

 二月十一日。約束の日曜日。
 アオイはゼイユの部屋をノックした。返事の後、ドアノブを回す。いつもならスッキリ片付いている簡易キッチンには、所狭しとお菓子作りの材料が並べられていた。
 ホットケーキの粉、砂糖、チョコチップ、カットフルーツの缶詰、牛乳パックの赤ちゃんみたいなサイズのパック、その他多数。板チョコの塔は赤、黒、ピンクの三種類が立派にそびえ立っていた。

「来たわね」
「ゼイユ! 今日はよろしくお願いします!」

 勢いよく頭を下げてから、蜂蜜カラーの真新しいエプロンを取り出した。普段から料理をしていないのが丸分かりで、今すぐ『穴を掘る』を覚えたくなった。
 アオイの様子を気にすることもなく、ゼイユがパンと手を叩いた。

「さて。一通り必要かなっての、テキトーに揃えてみたけど、こっからどうするの?」
「どうって……。え? ゼイユ、作ったことあるんじゃないの?」
「はぁ? ある訳ないでしょ。あんたこそ、お菓子作りくらいヤバソチャさいさいでしょ?」

 よくよく見ると、ゼイユが身につけている藍色のエプロンもアオイの物と同じく、何の汚れもなく、丁寧に折りたたまれていた姿が容易に想像できる皺がくっきり残っていた。
 暑くないのに、額の横から汗が一筋垂れてきた。ハッとしてから、アオイは顔の前で手をブンブン振った。

「ないないない! お菓子なんて作ったことないよ!」

 普段やってるサンドウィッチ作りだって、しょっちゅう爆散させているレベルだ。

「じゃあどうすんのよ!」

 理不尽モンスターは眉を吊り上げて、アオイに怒りをぶつけてくる。アオイは必死で頭を回した。

「えーっと、えーっと……。あ!」


 しばらくして、重苦しい部屋の中に扉を叩く乾いた音が響いた。ゼイユが沈んだ声で「どうぞ」と言うと、ガチャガチャと金属音を鳴らしながらタロが入ってきた。

「タ、タロちゃ〜ん!」

 呼び出されて早々、泣きつかれたことにタロは面食らっていたが、優しく面倒見のいい彼女はすぐに緊急事態だと察してくれた。
 二人はこれまでの経緯をざっくり説明した。

「急に『お菓子作れる?』って電話きて驚いちゃいましたけど、なるほど。……事情は分かりました。それにしても、好きな人にチョコを渡す習慣なんて、ゼイユさんの国の風習、可愛すぎですよー! いいこと聞いちゃったなぁ」
「タロちゃんは誰かに贈りたいとかあるの?」
「もちろん、私の父に! あとはリーグ部のみんなにですねー」

 好きな人がいるわけじゃないんだ。赤い髪の同級生の顔が一瞬思い浮かんだ。よかったね、と、これから頑張れ、のエールをこっそり送る。
 タロは持参してきたお菓子作りの本をめくり、作るものの算段をつけ始めていた。

「ゼイユさんもアオイさんもお菓子作り初心者ですよね。だったら失敗が少ないレシピの方がいいですよね…………あ、これとかどうですか?」

 顔を上げたタロがアオイとゼイユを見回す。開かれたページには『かんたんおいしい! カップケーキ』と書かれていた。

「ふぅん。結構簡単そうじゃない」
「はい! 初心者さんにもオススメですよ! 苺フレークとかハートチョコとかポケモンビスケットを上に載っけたら、すっごーく、可愛くなります! 何より……

 タロの指がレシピの下、カップケーキに関する豆知識の最後の一文をなぞった。
 パアッと目の前が開ける。スグリに想ってること、伝えたいことの全てが、その一文に詰め込まれていた。

「いいかも……! タロちゃん、私これ作りたい!」
「じゃあ決まりですね! ゼイユさんはどうします?」
「あたしは別に……。ま、このトリュフってやつにしようかな。たくさん作れば部の連中にも配れるし」

 別のレシピ本を読んでいたゼイユが平坦な声で言った。彼女が開いているページには、カラフルな丸がたくさん並んでいた。
 これもいいかも、ついでに作ったら喜んでくれるかな。アオイの頭にはスグリの笑顔しか映ってなかった。
 タロは手際よく、大きいクリップでカップケーキとトリュフのページを留めてから、胸の前で「むんっ」と拳を握った。

「それじゃあ、張り切ってやりましょー! えい、えい、おー!」
「えい、えい、おー!」

 その後、ゼイユが呼んだネリネも合流すると、いよいよ寮の簡易キッチンでは窮屈になってきた。それでも乙女たちはかしましく、はしゃぎあいながら、思い思いのお菓子を作りあげた。