ドル閣下
2026-06-05 20:23:26
18320文字
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きっと君を照らす泡影(かけら)

野薔薇が渋谷で退場してから最終決戦に戻って来るまでの間に、どこかも分からぬ不思議な場所で出会う人々。野薔薇の体験と感情を通し、傷ついた仲間たちと触れ合いを深めていく追想記。誰かの記憶の中に漂う欠片があるだけで、人には生きた価値がある。原作軸完結後if。オールキャラ。
出演…釘崎野薔薇、虎杖悠仁、伏黒恵、七海建人、五条悟、脹相


六、 記憶の泡影かけらたち


 虎杖は、黙って私の話を聞いていた。一言ひとこと噛み締めるように。一言も聞き漏らすまいとするように。

「ありがと、釘崎」

 背中を丸め、膝の間に両手を挟んだまま、やがて言葉にした。

「脹相は釘崎に会いに行ってくれたんだな。俺や、皆のために。それが聞けて嬉しいよ。俺の兄貴のことを思い出してくれて、ありがとう」
「私の方も、今の今までアンタの兄貴とあの人が結び付かなくて、悪かったと思ってる」

 正直なところ、特級呪物と虎杖の間に何が生まれ、どういう関係ができあがったのか、私には知りようもなかった。とは言え、私はこれでも呪術高専の生徒だし、何より呪術師なのだ。少なくとも、呪術に関しては一般人ではない。虎杖と九相図兄弟に何らかの呪術的血縁がある、と言われれば、陰陽と因果の世界ではそういうこともあり得る、と呑み込むことはできる。私のいない間にこの二人は、他人には分からない特別な絆を築いたらしかった。
 
「話を聞いた時はびっくりしたわよ、そりゃ。そもそもおかしいと思ったのよ。史上最悪最強の呪物を飲み込んで、ヘーキな顔をしてるアンタを。よく考えれば、アンタが九相図兄弟入りしても何も違和感ないわ。それにさ、お兄さんは五条先生とはタイプが違うけど、ちょっとその辺にはいないくらいの爆イケで、思わず見惚れちゃったし」

 嬉しそうな顔をするな。虎杖のくせに。天涯孤独だったアンタに、少しの時間でも兄貴と言える家族が寄り添ってくれて、なぜか私も嬉しいわよ、全く。

「釘崎にそう言ってもらえたらホンモノだな。あれでも、皆に結構馴染んでたんだぜ。兄貴風は吹かしてたけど、天然の百五十歳の子どもだったからさ、皆優しくしてくれたと思う」
「皆が彼のことを『脹相が』って親しげに呼ぶし、猪野さんも会いたいとよく話題にしてるし。あの人は皆にとっても、すっかりアンタの兄貴だったのね」

 そして、忘れてはいけない。私たちを共犯にしたあの兄弟の兄でもある。彼にとって、私は間違いなく仇敵だった。

「あの、あのさ、兄貴は壊相と血塗あの二人について何かお前に言ってた?」

 私たち二人の心に刺さった大きな棘だ。私はともかく、兄弟同士が殺し合うことになった一部始終を、この兄と弟はどう乗り越えたのだろうか。そのことを考えると、心臓を掴まれたように苦しくなる。

「何も。何ひとつよ。恨み言なんて一切口にしなかった。せめて言ってくれてたらよかったのに。だから、呪胎九相図だなんて気付きもしなかった」
「そっか……そういうヤツなんよ」

 憎んでいるはずの私に、なぜ大切な弟を託し、願いを置いて行ったのだろう。そのことは言葉にしなくても、虎杖も痛いほど感じているはずだ。私はその意味をこれからずっと考えていくのだろう。いつか心の傷が平らになって少し色褪せてきたら、アンタとこの話ができるといい、と思う。

「アンタに、あの兄貴がいてくれて本当によかったわ。どっちにしろ私には何もしてあげられなかったけど」
「うん、そーね……もっと長くいてほしかったよ。ナナミンにも、先生にも、そして兄貴にも」

 虎杖の声が突然震えて、背中が小刻みに揺れていた。あの虎杖が泣いている。コイツが泣くなんて。気付くと、手を虎杖の背中に当てていた。鍛えられて飛び出た肩甲骨が、悲しいほど揺らいでいた。私は黙ったまま、そっとさすり続けた。声を殺していた虎杖は、堪えきれずに嗚咽し、しばらく背中を預けたまま泣いていた。
 大丈夫、そばにいるから。先生、このことよね。うん、大丈夫、任せて。

⭐︎⭐︎⭐︎

「悲しい時は悲しいと言っていいって、さすが最強ね。すぐ役に立ったわ」

 思いっ切り泣いてしまったせいか、虎杖は魂が抜けたように呆然としている。虎杖はずっと我慢してきたのだ。頼りになる先輩や、大好きな先生を失ったことを。同じ血で結ばれた掛けがえない存在を喪ったことを。自分の孤独が遥か昔からの因果によって紡がれて来たことを。泣いていいよ。私がそばにいる時には。

……なんか久しぶりに泣いた。変にすっきりした。力が全部抜けちゃったよ」
「単純なヤツめ。でも分かる。私も死ぬほど泣いたことあるから」
「お前でも泣くの? 意外……
「失礼ね、か弱いレディに向かって」

 いつだって理不尽は目の前にある。私にも、虎杖にも。それを嘆いても仕方がない。でも、悲しい、悔しい気持ちは吐き出していい。そうやって前に進むしかないのだろう、と思う。先生、約束守れているよね、私。

「そろそろ戻ろっか。俺、全然試験勉強してねぇわ」
「ホント、なんで座学なんかあるのかしら。術師は術式の鍛錬が全てでしょ。私たちだけ体練多めで成績付けて欲しい」
「いや、お前こそ勉強した方がいいんじゃねぇの、せめて英単語くらいはさぁ」
「アンタに言われたくないのよ」

 どうでもいいやり取りの途中で、彼の目に陽の光が差し、あっと思った。光を通して淡く輝く琥珀色の瞳。あの兄と同じ色、同じ煌めきだった。似てるところは一つもないなんてガッカリしてたようだけれど、あるじゃない、そっくり同じものが。
 そう思ったが、虎杖を喜ばすだけなので、まだ今は教えてやらないことにした。いつかアンタが『もう限界』という時が来たら、とっておきの秘密として教えてやることにしよう、と思った。

ー了ー



きっと君を照らす泡影(かけら)