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ドル閣下
2026-06-05 20:23:26
18320文字
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きっと君を照らす泡影(かけら)
野薔薇が渋谷で退場してから最終決戦に戻って来るまでの間に、どこかも分からぬ不思議な場所で出会う人々。野薔薇の体験と感情を通し、傷ついた仲間たちと触れ合いを深めていく追想記。誰かの記憶の中に漂う欠片があるだけで、人には生きた価値がある。原作軸完結後if。オールキャラ。
出演…釘崎野薔薇、虎杖悠仁、伏黒恵、七海建人、五条悟、脹相
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6
二、
現
うつつ
を彷徨う
魄
からだ
たち
「虎杖は
……
ホントに元気だと思う?」
中間テストに備えてノートだけは開いているが、手元は白紙のままで何も書き進んでいない。さっきからシャーペンをぐるぐると弄んでいるだけだ。隣の席では伏黒が、いつもの澄ました顔でノートに澱みなく何かを書き連ねている。よくそれだけ書くことがあるな。先ほどから紙を擦るペンの音が止まらない。
虎杖はここにはいない。持ち前の明るさは以前と変わらないように見えるのだが、気付くと教室から姿が消えている。そんなことがたびたびあって、自分たちに見せる笑顔も、わざと明るく陽気に振る舞おうとしているようにしか思えなくなっていた。
「そりゃ
……
普通に考えたら、元気なわけねぇだろ。半年も経ってないんだ。先生も七海さんも亡くなってるし、アイツの兄貴だって
……
」
伏黒は、もはや変えようのない事実は事実として淡々と言葉にできる客観人間ではあるが、さすがに最後は口ごもって視線を落とす。お姉さんを最も過酷な手段で亡くしている本人に、虎杖の兄の話は辛いだけだったかもしれない。それでも、コイツは虎杖の辛さを理解しようともするし、共感もする。今更ながら、自分の気の利かなさに溜息を吐きたくなる。
「俺だって、仲間のことは結構こたえてる」
「そうよねぇ。私は呑気に寝ていたから、皆の奮闘振りが見られなくて残念
……
」
と、ことさら軽い語調で言おうとしたが、途中で自分が最悪の人でなしに思えて言葉を切った。少しでも関わった人の死を思い出のように語るには、まだ感情が混沌の中にある。ひょっとしたら、この混沌を一生抱えて生きていくのかもしれない。
「ごめん。そんな風にふざけて口にすべきじゃなかった」
「お前だって呑気に寝てたわけじゃねぇだろ、俺たちが想像もできないほど大変だっただろうが」
「それはアンタも同じでしょうよ。よく戻って来たわよ。本当に」
それぞれの思いは違うようでいて、似ている。私は親しい人の死に際を直接目にしていない。本音を言えば、見ることなく終わってよかった、と思わざるを得ない。皆が普段と変わらず振舞おうとすればするほど、その悲痛な内心が静電気のように伝わって来るのが分かった。
目覚めてから後、寝ている間に何があったのか、詳しく当時の話を聞きたいと思った。皆の重い口を少しでも開こうと思ったが、同級生も先輩も、京都校の皆も、そして先生たちも、しばらくは詳しい戦況さえも口の端に乗せることはなかった。慌てているようで至極冷静な伊地知さんですら、辛そうな表情を浮かべ、公の報告書が出来上がるまで待ってくれと目を伏せた。それぞれが壮絶な死線を越え、胸を抉るような訣別を体験したのだということを、朧げに感じ取った。
薨星宮の跡地に漂う天元様の呪力と、宿儺の残した僅かばかりの呪力を残骸ごと封印し、新たな結界の柱として社を建て直してから、まだ数ヶ月だ。あの時、一年生のひよっこだった私たちは、何とか二学年に進んだ。
千年ぶりの最終決戦で、いくら高専生徒たちの力が術師側を勝利に導く一助になったとはいえ、学生の基本は勉学であることに変わりはないらしい。特別扱いは無しだ。人手も教育資源も、国の体制すらも臨時のハリボテのような状態だったが、それでも世間は徐々に日常らしき日々を取り戻しつつあった。一級への昇格については、戦前に推薦があったとは聞いているが、事実上の保留状態だ。審査どころではないのは私にも分かる。呪術総連は冥さんや楽厳寺学長を中心に仮の本部を立ち上げ、呪術界の再建に勤しんでいる。
虎杖と伏黒は、私が生還したことを喜んではくれたが、二人の中に今までなかったもの、そしてこれからも決して消えないであろう、得体の知れないものの影が見え隠れしていた。一人だけぽつんと取り残されたような気がした。
後ろ向きな考えを振り払うように、教科書を意味もなくぱらぱらと捲った。夢で見た場面が唐突に浮かび上がる。あの時、七海さんが夢に出てきたのは何故だろうか。何か理由があったのだろうか。
「七海さん、てどんな人だった?」
「釘崎は、七海さんとは会ったことあったか」
「渋谷で、呪詛師に殺されかけたところを助けてもらった。一級ってこんなに凄まじい力を持っているのかと衝撃を受けたわ。衝撃というより恐怖、畏怖みたいなものだったかも」
「そうか。あの人は本当に凄い。力も才能もあるけど、術師としての真摯な姿勢を見習うよ」
少し話が弾む。まるでそのうち任務で姿を現してくれるかのように話す。七海さんはもういないのに。
「虎杖はさ、」
「
……
うん」
「七海さんのこと尊敬してたわよね。いや、懐いてたのか」
「アイツは七海さんと一緒に行動していた時期があったしな。その時に、術師の覚悟や矜持をアイツなりに学んだらしいから、やっぱり思い入れがあるんだろ。七海さんの方だって、虎杖のことをよく理解しているような印象だったし」
虎杖が一度、ナナミンならどうするかな、と言いかけてやめたことがあった。何よ、まるで猪野さんじゃない、いいから言いなさいよ、と肘で突いた。
「いや、やっぱり俺はナナミンじゃねぇし、ナナミンにもなれねぇしな」
僅かにはにかんだような表情を作って、淡い
鴇色
ときいろ
の頭を掻いている。痒くもないくせに。
虎杖は、私たちの前ではほとんど泣き言らしい泣き言を言わない。腹減っただの、疲れたよだの、授業わかんねぇどうしようだの、どうでもいいことで弱味を見せるわりに、肝心な心の中の痛さを伝えてはくれない。だから心配なのだ。勝手に責任の重さを背負ったまま、黙って姿を消そうとするような人間だから。
「で、虎杖はどこをふらふらしてんのよ。勉強もしないで」
「さぁな。腹でも減って何か食ってんじゃねぇか」
そう答える伏黒も、半分はそうではないと思っている。私もだ。このところ虎杖は、ともすると姿の見えない時がある。薨星宮跡地に積み上げられた外縁の石に座ったまま、何かをじっと考えているのを何度か見かけた。伏黒の方は、校舎前の石段で何をするでもなく、虎杖が一人でただぼんやり座っている様子を見たらしい。私たちは結局、虎杖の気持ちを何とかして私たちと同じ場所に連れて来てやりたいのだ、と思う。方法はそれぞれ違うかもしれないが。
七海さんが会いに来た話を虎杖にすべきかどうか。魂の繋がりはこんな風に第三者を介して現れることもあるだろう、とも思う。が、私はまだ迷っている。
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