四、月下の海月
故郷にも海月はいたのだろう。海水のしたで、無数に。彼らは月を眺めていたのだろうか。海月に目はないのだろうけれど月の光を刺激としてたゆたっていたのだろうか。そしてあのとき、目の前にいた海月たちも、ぼんやりとした人工の灯りを月と同じように
――。
そこで、手が止まる。
手記を書くことなど珍しくはないのに、少し、意識が茫漠としていた。たわむれに訪った水族館の、あの独特の潮の匂いと最低限のゆらめく照明、静かな、さざなみのようなひとの声。私はたしかにそれらを感じた。おなじ海の生きものでも、故郷とはまったく違った。
――あそこにはひとの気配はなく、数百年分の祈りと歴史
――そういった過去が薄膜のように私をつねに覆っていた。けれど水族館は、たしかにひとの手が入り、愛でたり、慈しんだりする気配がした。生きている、と思ったのだ。たしかに、私は今、生きている
――と。
では彼らは、あの海月たちは、望郷はあるのだろうか。あの海に還りたいと願っているのだろうか。だが私には理解できようはずもない。
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