いを
2026-05-30 17:33:45
1780文字
Public 刀神
 

潮月抄・第二幕

「海月譚」
青嵐


二、透明な標本

 昔、夜の薄暗い海水に、光るものを見た。家庭教師が持ってきた図鑑を読んでいると、海月という生物がいることを知った。あれは海月かもしれないと思ったけれど、きっと違った。あれは海に浮かんだ月。幻――
 おおきな水槽のすみに、アカダマクラゲと書かれたプレートを見た。その文字を指先で触れる。わずかな凹凸。薄暗い中、指でそれを読む。その海月は南日本の沖合で生息していると綴られていた。暗い海水のなかで虹のようにひかり、触手を波うたせながらうごめいている。私は美しいと思った。彼らには骨も脳も、中枢神経もない。ただ外部刺激に反応しているだけである――。私には彼らがこの世でもっとも純粋な生物に思えて仕方がなかった。私はずっと、そういう存在を探していたのかもしれない。