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燈 ともしび
2026-05-26 20:43:42
24329文字
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ぎゆさねオメガバ【熱と衝動】
ぎゆさねオメガバース。
教育実習生🌊×教師🍃の歳下攻です。
🍃さんの妊娠描写があります。
あとぎゆさねの子どもが出てきます。
苦手な方はご注意下さい。
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「う、ッあ、はァ」
予定外のヒートは気を失いそうなほどキツくて、でもここで誰かにうなじを噛まれてしまうのだけは避けなければと思っていた。それが理性を失ったアルファーの生徒だったら大変なことになってしまう。うちにはまだ手も金もかかる弟や妹がいる。俺がここで安定した教師という職を失うのは絶対に駄目だ。
身体が熱い。苦しい。
助けて。
でも、どうか誰も来ないで。
クラクラする頭と自由のきかない手足をなんとか使い、誰もいない空き教室へと這いずって中に入る。
震える手でなんとかドアの鍵を閉められたが、理性を保てたのはそこまで。身体中から力が抜けて床へと倒れ込む。冷たい床の感触が一時だけ熱を冷ましてくれたが、すぐにまた熱く、呼吸も荒くなる。
今日は本当にツイていない日だったのだ。
忙しさからしばらくオメガ専用病院へ受診出来ずにいた。週末には行こう。そう思っていたのに普段は規則的にやってくるヒートが予想外に乱れてしまい、いきなり始まってしまった。
しかも普段は微熱程度の軽いヒートしかこないのに、今回のに限って一人で立っていられないほどの酷いヒートが起きた。
自宅で起きたのならともかく、ここはアルファーの生徒もたくさんいる学園内だ。生徒相手に事故を起こすわけにはいかないと、最後の力を振り絞ってここまで来れた。
入り口ドアは施錠出来た。あとはこのヒートの匂いでベータかオメガの教師が助けにきてくれれば。
床に倒れ落ちてからもう目が開けていられない。多分、すぐに理性も失って俺は『教師』の不死川実弥ではなく『オメガ』の不死川実弥となる。そうなってしまえば、ひたすらにアルファーを求めてしまうだろう。
なんでこんなことになった。
静かに涙がこぼれ落ちる。
第三の性は生まれた時から決まっていて自分で選べない。支配階級のアルファー、一般階級のベータ。そしてアルファーとの子どもを孕んで産む為だけに存在しているかのようなオメガ。
俺はオメガだけれど、必死に勉強して安定した仕事に就いて。それは苦労してきた母親を楽にさせたかったからだし、弟や妹たちに自由に生きさせてやりたかったからだったのに。
それだけが望みだったのに。
なんで。
なんで俺はこんなことに。
怒りと悲しみから拳を床に叩きつける。
ヒートのせいで痛みも感じない。理性も薄れてきた。右手が下半身に伸びそうになる。
「だれか
……
」
たすけて。
「右手が赤くなっている。可哀想に」
だれ?
なんとなく聞いたことのある、こえ。
でもこれはアルファーだ。アルファーの匂いだ。
逃げろ。
頭の中で警告音が鳴り響く。
でも、もう身体は動かない。
「ごめん」
なんで、謝るんだ?
記憶にあるのはそこまで。
誰かの腕に抱き上げられたような感じかしたけれど、そこからはもう記憶もない。
ただ、抱きしめられた腕から香る匂いは安心する良い匂いだった。
「妊娠してますね」
「え
……
」
あの日、気がついたときには病院の白いベッドの上にいた。俺を見つけてくれたのはベータの伊黒だった。
けれど、無事では無かった。
俺の身体には誰かの体液が残されていた。ヒートになって俺は誰か知らないアルファーに抱かれてしまっていたのだ。
それは事故として内々に処理された。妊娠していなければ全て何も無かったことにして欲しいと俺が願ったからだ。うなじを噛んだアルファーはまだ見つかっていないせいもある。少なくとも学園長の調査では同僚教師のアルファーでは無かった。それならばアルファーの生徒である可能性が高い。
妊娠さえしていなければ俺は仕事を失わずに済むし、相手のアルファーにも何もない。
どうか。
お願いだ。
祈るような毎日だった。
けれど、最悪は続く。
胃のムカつき、吐き気、貧血。しばらく後にそれらの症状が俺を襲った。
あの事故の後、すぐにアフターピルを飲んでいた。完璧とはいかなくても、ある程度の妊娠を防げる強めのものだ。
けれどオメガ専用病院で今日、妊娠を告げられてしまった。医師が言うには運命の番にはアフターピルの効果が薄くなる傾向があるという。
ふざけるな。なにが運命の番だ。
俺の意思を無視して抱いて勝手に孕ませておいて運命の番だと?
俺はそれで仕事を失うのだ。クソッタレが! 反吐が出る。
つわりで食欲も無く、眠れず、怒りと悔しさと絶望感が俺を襲う。
けれど、堕ろすという選択は選べなかった。
ひとつの命。生きている、いのち。
事故で授かったとはいえ、この腹の中にいるのは紛れもなく俺の子どもだ。この子に罪はない。産んでやりたかった。
覚悟が、決まった。
妊娠報告と産みたいという意思を告げに行くと、学園長は穏やかな顔で「そうか」と笑った。
この学園は進学校ゆえに教師も一定以上のレベルが求められる。だからこれからつわりで体調がキツくなる時にここで働くのは辛いだろうと。
それは分かっていた。だから俺はここを辞めるとも告げた。
「それは駄目だよ」
「え」
「実弥は縁があって僕の学園にきてくれたのだから、ここで君の手を離すことは出来ない」
「でも! お腹の子の父親は、ここの生徒かもしれないんです! 妊娠している以上、学園にはいられない」
泣きながら訴えると学園長はまた穏やかな顔で笑う。
「大丈夫。それはもう考えてあるんだ」
飛行機と在来線を乗り継ぎ、最後は一日一便だけの船に乗らなければ辿りつかない。人口が少なく、かろうじてまだ一貫校として学校が残っている小さな島。
腹が膨れてくる前に、学園から出向という形で俺はこの島の教師になった。年明け一月で、年度途中という不本意な時期ではあったが仕方ない。
ここはキメツ学園の姉妹校であり中高一貫校だが、生徒の数は全員で三十人にも満たない。おまけに空港のある隣島との交通手段は一日一便だけの船便しかないので全寮制だ。通信環境が整えられているのでハイレベルな授業も受けられるが、キメツ学園よりも穏やかで長閑な校風だった。
俺は知らなかったのだが、オメガの教師が妊娠してそれがあまり大事に出来ない場合、この学園へ出向になることが過去にもあったらしい。
学園よりも穏やかに過ごせるし、知り合いに遭遇する心配もない。この島はキメツ学園が出資しているために、オメガが安全に分娩出来るような病院も整備されている。ここで出産まで教師として働けるということは家族に仕送りも出来る。
何から何まで至れり尽くせりな環境を学園長が整えて下さったのだ。
「産んで落ち着いたらまたこっちに戻っておいで。待っているからね」
泣き出した俺を学園長は優しく抱きしめて送り出してくれた。本当にありがたかった。
この島の学校は衛生通信での授業が主なので俺もほぼ定時に仕事が上がれる。最近つわりが酷くなってきてしまった為、少しでも早く家に帰れるのは助かる。家も学園の借り上げで、海近くの平屋の一軒家だ。子どもが産まれても泣き声が迷惑にならないように配慮してくださったのだろう。
おまけに近くのおばあがつわりでも食べやすそうなご飯をたくさん差し入れてくれるので、それで生き繋げているような状況だった。
今日は具材多めの汁と煮物がタッパーに入って玄関に置かれている。俺がこの前とても美味しかったと伝えたからか、いつもよりも量が多い。食べきれなくても明日の朝ご飯にすれば良いこと。ありがたく手を合わせていただいた。
いつもよりしっかり食べられたからか体調が良いので、借りていたタッパーを洗っておばあの家へと返しに行くことにした。
「こんなのいつでも良いのに」
「今日は体調も良くてたくさん食べられたんだ。おばあのご飯のお陰だ。ありがとう」
家族からの差し入れに入っていた菓子を付けて渡すととても喜んでくれた。おばあは甘いものが大好きだから、差し入れの中に送ってくれるように母さんに頼んでおいたのだが良かった。
「そういえば、昼間にあんたんちに若い男が尋ねてきてたわ」
「え?」
若い男? 覚えが無くて戸惑う。
「なんか長めの黒髪の、どっかの俳優さんみてぇな綺麗な顔してたわ」
その瞬間、頭からつま先まで電気が走ったような衝撃がきた。
長めの黒髪で、綺麗な顔をした男。俺はそんな容姿の男に心当たりがあった。学園にいた時に実習生として受け入れ、しばらく指導していた男
……
冨岡義勇。そいつがそんな容姿をしていたのを思い出したからだ。
黒髪で綺麗な顔をしただけの男なら世の中に他にもいるだろう。けれど、訪ねてきた男が冨岡かと思ったのは理由がある。
あの時、突然のヒートで這いずって空き教室に逃げ込んだ時。確かに入り口の鍵をかけた。けれどその鍵を開けて中に入ってきた奴がいたのだ。
そして聞いたことのある声も。
仮説をたてる。
もし、あの日俺が逃げ込んだのが実習生用の控室だったとしたら、冨岡は鍵を開けることが出来ただろう。そして、しばらく指導していたのだから声も聞き覚えがあって当然だ。おまけに冨岡は長めの黒髪に切れ長の瞳の整った容姿をしている。あの時の実習生は冨岡以外は女生徒のみだった。
マジ
……
かよ。
せっかく美味しく食べられたおばあのご飯を戻してしまいそうになって、慌てて自宅に戻る。
明日が休みで良かった。そうでなければ目の下に酷い隈を作って授業しなければならなくなるところだ。
でも、なんで冨岡はこの島に? こんなに離れていて、来るのだって大変な場所なのに。
手足が震える。
妊娠に気付かれた? それとも俺に金でもせびるつもりとか?いや、被害者は俺だろうよ。事故とはいえ。
頭が働かなくてぐるぐるする。
だから、思い出せていなかった。
この島の船は一日一便。しかも午前のみ。
なので昼間にこの島にいたのだとしたら、冨岡は今もこの島に滞在しているということに。
ピンポーン。
壊れ気味で間延びしている玄関チャイムが鳴った。
この島の住人は朝が早いから夜も早く寝る。おばあもきっとあの後すぐに寝ただろう。おまけに人を訪ねるのにチャイムなんて鳴らさない。「おるか?」と声をかけたら勝手に中に入ってくる事が多い。
なら、このチャイムの鳴らした主は。
サーっと血の気が引いていった。
玄関近くの廊下で座り込んでしまった。
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