錘(つむ)
2026-05-24 23:38:32
13108文字
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緑色の目の

ドゥリーヨダナに声をかけられ、弟にされてしまう!と怯えるジョン・ラックランドだったが…



 一サーヴァントが営業している酒場があると、気分的には引きずられる感覚で連れてこられた。
「なーんだ、ここに来るのは初めてか! 良い店だぞ、酒の揃えもいいしな」
 ちょうど他の客はおらず、グラスを磨いていた店主が顔を上げ、胡散臭くも人懐こい笑みを浮かべた。モリアーティーという名のアーチャーで、若い霊基で別のサーヴァントがいるそうだ。来る途中にドゥリーヨダナが話していた。
「失望させてすまないが、酒の味は生涯わからなくてな。安酒ばかり飲んでいた」
 事実であるが、これで興味をなくしてほしいものだ。だがドゥリーヨダナは構わず、カウンターに腰を下ろした。
「では店主、大仰な酒を好まぬ者に合ういい感じの酒を。わし様は……この間のラム酒が美味かったな。ストレートで出してくれ」
 ジョンに渡されたのはカクテルにしては大きなグラスだが、ビールをジンジャエールで割ったアルコールの薄い飲み物なので丁度良い大きさだ。
「して、この愚王に何用か」
「愚王。愚王か、愚王とは何だ?」芝居ががった調子をピタリと止めて、ドゥリーヨダナは肩をすくめた。「……などと、言葉遊びをしてせっかくの酒をまずくするために声をかけたわけではないのだ」
「そうなのか?」
「したいなら構わんがー。そういうのは交渉相手の鼻っ面をへし折る時にやるもので、プライベェトには不要では。わし様とならもっと楽しい遊びが思いのままだぞ。酒でなければ美食のほうか。博打は好きか? やる方か、見る方か。見る方なら、わし様は強いぞう! 預けてくれれば増やしてやろう。いや、本当に。それとも服を仕立てようか。腕の良い職人に布地を預けていてな、注目を引くような豪奢な服でも、くつろげる肌に染み入るような極上の部屋着でも。装身具も合わせて見立てられるぞ」
「賭博であれば少々の心得はある」
 挙げられた中で、一番後腐れがなさそうだ。ここに来たばかりで資産に乏しい。全財産を巻き上げられたところで大した痛手にはならない。
 ドゥリーヨダナの笑顔が、ふと凪いだ。
「いや、やめておく。おまえ、賭け事自体、大して好きではなかろう。好きだとしても、執着がない。それでは意味がないのだ。執着しているものには、目の色が変わる。酒でも、色でも、財貨そのものでも。着道楽もあるし、目に見えるものでなくても知識を、あるいは物語を。飢えのように渇きのように。わし様の敵にもおったぞ、破滅したって骰子を手放せなかったやつが。『挑発されて武人として降りられなかった、哀れな聖王さま!』だとか。わかっとらんなぁ。我らは言い訳をくれてやったに過ぎん。ああ、あの時は面白かったな。あやつ、きっと死ぬまで賽の音に無反応ではいられなかったであろうなあ!」
 んふっ、と嘲りをここに居ない誰かに向けた後、ドゥリーヨダナは真顔になった。
「まあ、あんなやつのことはそのへんに置いといて、と。先程からなにか誤解があるようだが。そもそも、わし様、弟になれとは一言も言っておらんぞ。まだ」
……
 確かにそうだった。湿す程度にグラスを傾ける。力無い炭酸が唇を打つ。
「なりたいのなら吝かではないが。わし様は弟に褒め称えられたい欲で動いているのでな。ちんちくりんのほうのお前は兄を褒め称えるより駄目出しが得意分野のように見受けられる」
「否定はしない」
「やはりかー。末っ子だそうだな。マスターから聞いた。ヴィカルナといいドゥフシャラーといい、末に行くに従い駄目出ししたがるものなのか? 生まれてから死ぬまでパーフェクト頂点長男のわし様には想像もつかん」
 ならばいよいよもってなぜ、新入りのジョンにこれほど構い出すのかわからない。尋ねたわけでもないのに、ドゥリーヨダナは真っ正直にろくでもない本音を口にしだした。
「うーん。目がない遊びがあるなら誘って、熱中させているうちにどんな性質なのか見極めようと思ったのだが。こう、手応えがなくては遠回りが過ぎる。持って回っても仕方がないから直裁に行く」
 それを言ってしまうのか、というのを言えてしまうのがこの男の強みなのだろう。若い頃の自分だったら、いちいち驚いていちいち口を挟んで話が進まなかったに相違ないが、今は酒を飲んでいると自動的に話が進むという感覚でいられるから結果として良かった。いつの間にか出ていたむき身のアーモンドは塩気がついていて美味い。
「恥かもしれんがわし様のではないし。……弟は弟でも、わし様の弟のことでな。わし様は絢爛たる百王子、その長子であり、九十九人の弟たちの頂点に立つパーフェクトお兄ちゃん様である」
「宝具で見たな。見事な陣形と統率であった」
「そうであろうそうであろう。で、わし様のすぐ下の弟、次男だな。ドゥフシャーサナというのだが、お前のことをなぜか嫌がり、怖がる。理由を聞いても口を割らん。弟たちはわし様に内包されている存在ではあるが、すべて筒抜けでもないのだ。さすがに面倒になって、多少リソースを使っても弟を引っ張り出し対面させて別段こわくはないであろうがとやるつもりだったのだが」
 迷惑が過ぎる解決方法で、少年のジョンであればきっと巻き込むなと騒いでいるところだろうが、一度で気が済むなら面倒がなくていいと考えている今のジョンはドゥリーヨダナに向き直った。
「では、ここで対面をさせたいと」
「それがな、出てこんのだ」
 ドゥリーヨダナは渋面を作り、グラスを傾けた。
「弟たちにとってわし様の命令は絶対。どころか、わし様の望みそうなことは特に命じなくとも我先にと競い、あわよくば自分だけを褒めてもらおうと蹴落としあい手柄の取り合いをするくらいなのだ。とくにドゥフシャーサナはその傾向が強すぎて他の弟たちから自然に嫌がられているほどだが全く気にしておらん。お陰で兄弟喧嘩には事欠かなくてなあ。……それなのに、だ。今回ばかりは嫌だという」
 ただ、宝具を撃っただけだ。地が呪われる宝具を忌まわしいと感じたのかも知れないが、振り向いた男が次男だと言うなら、悪感情はその前からであるようだ。心当たりがない旨を告げれば、ドゥリーヨダナも頷く。
「そもそも怖がっているのかどうかすらもわからん。ここには弟たち全員を順繰りに殺していった奴さえいるが、怯むどころか挑発行為を繰り返しておる。恐れ知らずなのだ」
「余は兄たちとともに父王に叛き、兄の不在を狙って簒奪を試み、稚い甥とも玉座を競った。忌まぬほうがおかしい」
「このカルデアにいる古今東西の英傑に、親子兄弟相争ったものなど珍しくもないが、今まで何の反応もしなかったぞ。それに、弟たち全員がそうであるなら一定の納得もしようが、ドゥフシャーサナだけなのだ。わからんのはどうにもな。小石の入った靴を履き続けている気分だ。それにほうっておくとわし様に迷惑をかけた罪で他の弟たちが内部で吊るしかねない」
「活発な弟御たちだ」
「さっきも言ったがドゥフシャーサナは特に人望がない。すっごく、ないのだ。いい機会だと気持ちよくボコりかねない。わし様兄弟げんかは放っておく主義ではあるのだが。理由だけは把握しておきたいのでな。なぁ、末子にして戴冠せし者よ。その見識を借りてもよいか?」
 先程、ジョンの瞳の色に言及していたが、ドゥリーヨダナの瞳の赤が濃くなっている。見間違いではなく、明らかに変わっている。
 猫撫で声と相反して、これは、必要とあればどうとでもする者の目だ。
「他の者と違うのは、貴公が倒れた後にその後を継がねばならぬ点ではないか」
……ふむ。そこは深く考えていなかったな」
 去るものの視座と残されたものの視界は違う。
「羨ましいことだ」
言葉が滑り落ちる。考察が続くと思っていたドゥリーヨダナは脈絡を見いだせず不思議そうな顔をしたが、ジョンは構わず、小さく目を伏せた。
「身の内の弟御に伝えてほしい。貴公には、もはや兄を補佐し戦う誉以外の役割を与えられることはあるまい、と。実に、羨ましい」
 ドゥリーヨダナは無言で眉をひそめ、考え込むような顔をした。
「なにか?」
……いや。わし様にはよくわからんかったが、ドゥフシャーサナのやつ、今ので腹落ちしたらしい。静かになった。……わっけわからんなー」ガシガシと首筋を掻き、ドゥリーヨダナは残った酒を一気に飲み干した。「理由はよくわからなかったが。ドゥフシャーサナには無茶振りをした事もあるから今回の駄々は不問にしてやろう」
 ドゥリーヨダナは椅子を引き、続こうとしたジョンを留めた。
「煩わせたな。あとは好きなだけ飲み食いするといい。店主、全部わし様につけておいてくれ」
 はいよー、と店主が返事をするのを背中に受けて、さっさと出ていってしまった。
 残されたジョンがどうしたものかと考えていると、モリアーティはウィンクを向けてきた。
「二杯目はウィスキーをコーラで割ったやつとか、どう? ポッキー合うんだよネ」
「頂こう」