錘(つむ)
2026-05-24 23:38:32
13108文字
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緑色の目の

ドゥリーヨダナに声をかけられ、弟にされてしまう!と怯えるジョン・ラックランドだったが…

 何なんだよあいつ、何なんだッ。

 カルデアの廊下を駆けるジョン・ラックランドは、あがる息の苦しさと、状況のわけの分からなさに目尻に涙をにじませた。それでも逃げなければ、捕まったら、あんな誰とも知れない奴の弟にされてしまう!
 特に走るでもない気配のうるさい足音は、正確にこちらの逃げる先を読んでいる。
 逃げ足にはそこそこ自信を持っていた。自分を見つけたら物凄い俊足を披露してくる兄を相手にしているのだ。概ね捕まってはいるが、それはあの兄であるからで、そうでなければ逃げおおせる自信があった。だから逃げたのだ、あんな機敏とは程遠い大男から。

 古代の王子だとかいう。名前は、ドゥリーヨダナ。

 会ったのは半日にもならない前だ。
 ジョンの宝具には同時に出撃するサーヴァントの属性によって威力を増すという特色があり、その対象となるかどうかを実測するためにエミュレーターで実験的な戦闘を行っていた。その一環で、ドゥリーヨダナも一戦だけ加わった。
 戦闘前にマスターに引き合わされて、名乗りあった程度で、特段親睦を深めるような時間はない。他に同じ計測を受けるため、何騎も控えているのだから当然だろう。身分を告げられなくても統治者と分かる、金回りのよい王族以外に身につけられないだろう布地のつややかさに、装身具の選びぬかれた品質の良さ。高い身長から見下ろしてくる。遠慮など一切ない値踏みの眼差しは、年を経た自分なら受け流すのだろうが、この子供の姿には威圧と反感が強く、負けないように背を張るのが精一杯だった。
 敵として配置されているのは土色のゴーレムが3体で耐久に特化させており、なおかつ初手だけは無敵で防ぐように設定されている。
 ドゥリーヨダナは前に進み、背をこちらに晒した。手に棍棒を出現させ、ゴーレムに向ける。
「では、わし様からだな。此処に在るは我等が勝利。百の王子が集いて地を駆け吠える」
 つむじ風が足元から湧き出るように、戦馬に跨ったよく似た姿の男たちが勢いを殺さず敵に向かって走る。ドゥリーヨダナもいつの間にか貴人用の天蓋付き戦車に乗り、鼓舞の声を張った。
「蹂躙せよ、我が最強の軍団よ! 『一より生まれし百王子』!」
 数を暴力に、奔流はゴーレムたちを巻き込んでいく。ダメージから保護されていなければ、この時点で崩壊していただろう。足元をよろつかせ、だが怖じける機能を与えられていないゴーレムは程なく態勢を立て直した。
 ドゥリーヨダナの宝具が消えるほんの一瞬、一人がこちらを振り向いたように見えた。
 疑問はあったが、次はジョンの番だ。ぼうっとしていると思われたくない。ドゥリーヨダナはすでに出番は終わった顔で、手並みを見るかのように敵ではなくこちらを向いている。
「神託の下に大憲章は敗れ去り。王も民も貴族すらも全ては虚空に落ち惑う」
 かつての感覚を手繰り、イメージを把握し直す。悪なる王の名のもとに行われた悪逆の力そのものを絡め取り、引き抜いて我が物と使う。地が枯れて、ヒビが入り、水の代わりに浸される呪いは大地を潤すことはなく、その上に立つものを咎人と呪う。
「思い知るがいい……。暗愚の呼び起こす、跪く大地すら与えられぬ暴虐を!」
 呪いが爆ぜる。ゴーレムたちはすべて土に、エミュレーターの無害なデータに還った。
 倒しきれた安堵に息をついてから、ジョンはマスターを振り返った。
「余の方では威力が高まった感覚はなかった、マスター。そちらの記録ではどうなってる?」
 マスターである少女、リツカは「おつかれー」と言いながら駆け寄ってきた。
「こっちの計測でも一緒だって! やっぱり、わし様ちゃんはプリンスだもんね」
 妙な呼称はドゥリーヨダナのものであったようで、大男は大げさに顔をしかめた。
「つかこれ必要だったかぁ?」
「念のため、だよ。人によって判定が違ったりするじゃない」
「ふーん。ンま、終わったからもうよいな。帰る」
 一方的にそう言うと、ドゥリーヨダナは手をひらひらさせて消えた。マスターも慣れっこのようで、端末から次のサーヴァントを呼びつけていた。