蒼翠
2026-05-24 04:19:52
20586文字
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Take off 🌿🎈全年齢版(Rカット)

こちらはRシーンをカットした全年齢版となります。そのため話の流れがやや分かりにくい箇所がありますがご了承下さい。
完全版🔞(Pixiv)→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28158952

榊類
⚠️ 榊類、過去司類、類成年済、捏造過多
類が榊の演出助手についている世界線(捏造)。海外の新作舞台のために長期滞在している二人。ある夜、類が榊に誘われる。榊は単に欲の処理のため、類は過去に司と付き合っていた思い出を消すために了承し始まる二人の話。D&dイベントの劇中劇をモチーフとした会話あり。司は出てきません。
SNSにて「交渉」というタイトルで投稿していた短編から続きを書いた話です。

Take off > 離陸する、出発する、始める、取りかかる、うまく行き始める、軌道に乗る、取り去る、外す、脱ぐ、(化粧を)落とす、救い出す、切り離す、連れ去る、熱中する 他


 帰国まで、あと二日。公演は想定以上の成功を収め、トラブルや怪我もなく全日程を終えることができた。
 今は滞在残りの数日を使って、複数の舞台関係者と次回案件の打合せを進めている。その最後の一件を終えた今、長期滞在で散らかったホテル自室の撤収準備に掛からねばならない。
 隣を歩く自分より片付けの苦手そうな男を横目で見る。
 あれから神代との接触はぱたりと止んだ。二人で店に寄ることも、まして触れることもなく、演出家と助手という本来の関係として残りの期間を過ごしてきた。
 必要最低限の会話に戻った今、共に行動していても沈黙の時間の方が多い。ずっとこの雰囲気のままと言うのもな……と考えていたから、「良ければ、最後にあのバーに寄りませんか」という神代からの提案は正直助かった。

 いいね、と返して路地を曲がる。



 流れるピアノ演奏と薄暗い照明。様々な言語が混ざるざわめきの中、定位置のカウンター席へ二人迷わず足を向けた。
 氷が溶けていく。慌てる必要がないから、その変化を眺めながら少しずつ口へ運ぶ。

「長丁場の割に、終わる時はあっけないんだよなぁ」
「そうですね……でも沢山学べました」
「言葉に不自由しない、君の強みが効いてるよ」
 本当はもっと話すべきことがある。お互い分かっているのに切り出すことができず、細切れの無難な会話で場を繋いでいる。

「久々の日本だねぇ」
……はい」
 あ、今なら。
……戻ったら、連絡取るの」
 それだけで正しく伝わったらしい。神代の手が止まった。
「わかりません。僕からは……

 あーーー。……イライラする。

「まだそんな事言ってんの。何のために最後あんな抱き方したと思ってんだよ」
「あんな……って、あれやっぱりわざと、」
「ああ嫌がらせだよ」
 本当は言うつもり無かったのに。
「どうせ気づいてたんでしょ」
「っ……
「さっさとヨリ戻しなよ。離れた理由なんか俺ぁ知らないけどさ」

 ——『その怪物がもしもまた人を傷つけたら、あなたにその責任が取れますか?』

 またあの、劇中の台詞が。

 …………責任、ねぇ。

……んなの、知らねぇよ」
「え」
「傷付けるだのなんだの、離れた時点で最大の傷を付けてきたんじゃないの」
 こいつの言い分は、所詮お綺麗な自己満足。己の欲に忠実に動けば、多かれ少なかれ必ず周囲に傷を刻んでしまう。才能での蹴落とし、ポストの奪い合い、望まない人生の選択。芸術の世界はその繰り返し。

「甘いんだよ」

 傷付けるかもしれないから手放した? そんなこといちいち気にしていたら、この業界で生き抜くことなんか出来やしない。それで傷付いた方が負けだ。
 責任? そんなこと言ってる奴は、一瞬で振り落とされる。世界の舞台相手に闘ってりゃ、それは日常の一部。
 だから————

 もう、慣れた。

「神代。日本戻ったら……いや、今日だ。今夜、天馬に連絡取れ。まだ好きだって言え。とっととやり直せ」
「ちょっと榊さん」
「俺はもう少し残って飲んでくから。先ホテル戻りな」
 ほとんど氷だけになっていたグラス。自分の分だけ追加のオーダーをかける。
 
 すぐ横で戸惑う気配がする。物言いたげな空気もヒシヒシと伝わる。
 手元だけを見つめて、全部無視する。
 これ以上踏み込ませない。視線で見送ることもしない。

 お前は、お前たちの関係で生きろ。


 しばらくの間の後、ようやく声がした。
「はい……そう、してみます」
 ギ、と覚悟していたはずの胸が軋んだ。
 それでいい。それがきっと本来の形。
……あの、ここのお代は」
「今更聞く? 受け取ったことないでしょ。そんなのいいから。はいはい、お疲れ様」
 手をひらひら振ると、申し訳なさそうに頭を下げられた。まったく。
「ごちそうさまでした……お先に失礼します」
「ん。気をつけて」

 スツールが戻され、足音が遠ざかる。
 これでやっと一区切りがついた。

 グラスに手を伸ばす。新しい氷はまだ大きくて、口にした液体はほぼ原液。
 強い刺激が口内を染めていく。



 追い出されてしまった。
 何も言えなかった。
 ホテルに向かって歩き始める。街並みの飾りは季節と共に少し変化したけれど、道沿いの建物と街灯の明かりはこれまでと変わらず僕の視界に流れていく。

 数分歩いたところで、足が止まった。

 同じなんかじゃない。
 足りない。大きく欠けた要素……僕の隣。

 そうか。
 この道を、独りで歩くのはあの日以来だ。準備をするからと先にホテルへ戻った、緊張と不安とアルコールが混ざって覚束なかった帰り道。
 それからは、ずっとあの人が一緒だった。 仕事の話。くだらない会話。饒舌な日も無言の日も、機嫌の良い日も悪い日も。

 —— 『傷付けるだのなんだの』

 浮かぶのは、あの人の横顔。
 優しい顔で覆い隠して僕を見下ろす顔。

 —— 『離れた時点で最大の傷を付けてきたんじゃないの』


 最大の傷。


 離れた時点、で————


「ぁ……!」

 踵を返す。
 来た道を駆け出した。




 グラスを傾け、琥珀の液を流し込む。度数の刺激はわかるのに肝心の味がしない。
 左の視界が広い。もう誰もいない隣の席。

……っ」

 軋んだ胸がギリギリと痛みを増し、視界が滲んでいく。楽器の音も人の声も、逆流する体内の音に掻き消されて消えていく。
 瞬きしたら雫が落ちて、一瞬視界がクリアになった。それが合図だったのか、ボタボタと涙が止まらない。

……は、はは……

 あー、格好悪い。バーカウンターで独り泣く男とか、どんなシーンだよ。却下だ却下。
 顔を覆う。抑えきれない。
 相手は助手、はるかに歳下。そいつには良き理解者で似合いの相手がいる。
 嗚咽が漏れた。大人としての体裁も、余裕も、呆気なく全て剥がれていく。ほんと最悪。

 と、カウンターに両肘をついたそのとき。
「!?」
 突然背後からの衝撃。驚いて顔を上げた。
 強く抱きしめられている。回された腕と視界に入り込んだ紫の毛先。
……なんで戻って、」
 振り返ろうとしたら、抱きしめられる力が一層強くなった。
 首筋に強く埋められた体温、それが離れたと思うと両肩を掴まれ横に向かされて、そして——

 唇が触れた。

 な、まて、これは。何で?
 押し付けられた感触に混乱が駆け巡る。俺がずっと避けてきた唇へのキスを、何故今ここで、それも、こいつから? 

 温度が離れていく。
 目を見開いて固まる俺に、神代がフフと笑う。
「おま……こんな、人前で」
 掠れ声。どこまでもサマにならない。

「帰国したら、もっと出来ませんから」
「その手前の理由を訊いてるんだけど」
 ああ、多分耳まで赤い。返答次第では許さん。
「店を出て、歩きながら考えたんです。……傷付けたくない人、榊さんの顔ばかりが浮かびました」
「っはぁ!? ちょっと、何恥ず、」
「仕方ないですよね、どうやら上書きされちゃったみたいなんで」
 上書きって、まさか天馬をか?
 俺で? 正気か?
「放って置けないとも、思いました」
「それお前にだけは言われたくないよ」
 整った顔の、整った眉が困ったように下がる。
「普通の人間では、僕も……貴方も、止められませんから」
「止める……?」
 どういう意味だ。

 ああ——もしかして。

「『一度楽しいと思ったら止まらない。自分の欲を……どこまでも優先してしまう』……か?」
 神代が嬉しそうに目を細め、続ける。
「『だから、そうなったときは、お前が、俺を殺せばいい』……僕たちは、どこまで行っても怪物です。きっと、それは変えられない」
「だから、互いに監視して相手を殺す、ってか? 俺は……残すのも残されるのもごめんだよ」
 神代が笑う。

「いいえ。」

 ああ、良い顔するじゃん。

「その時は、二人で刺し違えて死ねばいいんです」

 まいった。
 こりゃとんでもなく熱烈なラブコールだ。

「心中モノ、やったことあったかな……
「フフ。今度の題材それにしますか? 危機迫る演出になるかもですね」
「洒落にならん」
 いつの間にか、涙は止まっていた。カランと音を立てた氷がウィスキーに沈む。

「僕は、あなたの……榊さんのそばに居たい」
「物好きだねぇ。後悔するよ」
「お互い様です。怪物のまま、孤独だけ消せるんですよ? 名案でしょう」
「まぁ……利害の一致、かな」
 素直じゃない。俺の方がガキみたいだ。
「一緒に、帰りましょう」

 こんな都合の良い展開が現実だというなら。あと一つ、欲を掻いても許されるだろうか。

……俺の部屋に?」

 笑顔に見惚れた。形のいい唇が弧を描き、花咲く様に開く。


「はい。」