蒼翠
2026-05-24 04:19:52
20586文字
Public
 

Take off 🌿🎈全年齢版(Rカット)

こちらはRシーンをカットした全年齢版となります。そのため話の流れがやや分かりにくい箇所がありますがご了承下さい。
完全版🔞(Pixiv)→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28158952

榊類
⚠️ 榊類、過去司類、類成年済、捏造過多
類が榊の演出助手についている世界線(捏造)。海外の新作舞台のために長期滞在している二人。ある夜、類が榊に誘われる。榊は単に欲の処理のため、類は過去に司と付き合っていた思い出を消すために了承し始まる二人の話。D&dイベントの劇中劇をモチーフとした会話あり。司は出てきません。
SNSにて「交渉」というタイトルで投稿していた短編から続きを書いた話です。

Take off > 離陸する、出発する、始める、取りかかる、うまく行き始める、軌道に乗る、取り去る、外す、脱ぐ、(化粧を)落とす、救い出す、切り離す、連れ去る、熱中する 他


 必要なものを買い揃え、戻ったホテルの自室。シャワーを浴びているうちに酒も抜け、神代と交わした会話の記憶も、覚めていく酔いと共にどこか現実味を失ってしまった。
 あれはただ……その場の空気に流されて、適当に返された言葉だったのかもしれない。
 半信半疑のまま、雑に髪を乾かす。鏡に映る自分の指先に目が留まり、ドライヤーを止めて爪の状態を確かめる。

 急に、居心地が悪くなった。

 ……俺は、何をやっているんだ。

 バーを出てから、もう小一時間は経っている。やっぱりもう寝るか、と思った時。
 入り口のドアがノックされた。

 ————本当に、来た。



……好きに使っていいですよ」
 ベッドの上。Tシャツと下着姿の神代は、他人にペンを貸すかのような温度でそう言った。
 部屋に招き入れた後、本気かと訊ねる俺に「誘ったのは貴方でしょう」と躊躇いもせずアウターを脱ぎ始めた男。調子が狂う。どちらが先導しているのか分からない。
 では遠慮なく、と押し倒したところで先程の言葉が放られた。怯えも色気もない、感情の起伏がないその声からは本心が見えない。
「好きに、の意味を聞いても?」
「言葉通りの意味です」
「そうは言ってもね……誘っておきながら今更だけど、嫌なら断ってもいいんだよ」
「この状況で、それ言います?」
 被さって組み敷きながら、どの口が。まあ、そりゃそうだ。
「はは……こんなにあっさり了承されると思わなくてね。仕事じゃないんだから気を遣う必要は無いよ。俺も無理強いはしたくない」
「大丈夫です。同意です」
「そういう意味じゃないんだけどな」
 どうぞ、とでも聞こえそうな従順さで神代が指の力を抜いた。脱力した掌が顔の横に投げ出されている。好きに『使う』って、自分を道具みたいに言うなよな。
 相変わらず内面を読み取れない男の首筋に、仄かに糖分を含ませた声を塗りつける。
……ならせめて、雰囲気くらいは創らせてよ」
 脳内でト書きを書き込む。

 従順な男に、手を這わせる。
 耳の淵へ噛み付くと、雄が甘い声を上げた。



 もっと、道具みたいに、欲の処理に使われるだけだと思っていた。
 触れ方と言葉を選びながら進める様子は、さながら恋人同士であるかのようで戸惑う。そもそも相手を求めた理由すら曖昧だ。人肌が恋しいのか、疑似恋愛がしたいのか。この甘い空間は、どうせなら良い雰囲気で進めたい、といったところか。
 理由は何でもいい、求められていることに応じるまで。この人が創りたい空間を察して協力する。
 手際と知識から、男を抱いたことがあるというのは本当だと推測する。
 ただ——僕の方が、経験値が高そうだ。
 数え切れないほど男を受け入れたこの身体が、脳で考える前にそう判定した。この人も決して下手では無いけれど、男を抱き慣れているとは言い難い。
 明らかに僕の方が、行為に慣れている。
 確実に経験を積んでいる。

 ——相手はひとり、だけれど。

 肌に触れる自分以外の手。最初に触れられた瞬間、僅かに身体が強張った。他人との行為でしか得る事のない、耳や首筋へのキスに過剰に反応してしまった。頸に腹に這う指の速度、かかる息遣い。
 甘い言葉が降ってくる。気遣うように撫でられる肌のぞわぞわする感覚。

 この感触を僕は知っている。

 
 抱かれている最中に、優しい声がした。

 ————あ。

 優しさが、記憶を引きずり出す。
 重なっていく感覚。瞼の裏に見えるのは見慣れた天井、金の髪、飴色の瞳、それから、

 ————『類』

……っ!!」
 慌てて目を開けた。視界に飛び込むホテルの壁に長い前髪、無精髭と眼鏡がなくて慣れない見た目、間接灯を吸って色を変えた薄緑の瞳——
「さかき、さん」
「ん? どうした、痛かった?」

 ああ、そうか声があれば。
 体格も、手の大きさも、意識すれば。
 そしたら『彼』ではないとわかるから。

「何でも、ないです」
 しまった。ほら困った顔をされている。

 幾度となく感じる違い。
 目の前の、僕に触れる人は彼ではない。
 
 当たり前を身体で理解してしまう程、『僕ら』は一体どれだけ身体を重ねたのだろう。
 行為の間、目を閉じてはいけない気がして榊さんを見つめる。
「情熱的だね」
 ごめんなさい、そうじゃないんです。

 肩と腕にしがみつく。さっきから気付いている。この人は唇にだけはキスをしてこない。きっと彼なりの気遣いなんだろう。

 懐かしい声が脳内に響く。

……っ!」
 思い出すつもりがなくとも、体勢が、身体の奥が、覚えていた音声を勝手に再生する。

 違う。違うんだ。
 今僕を抱いているのは、『彼』じゃない。

 心の奥底に押さえていたものが浮き上がって暴れ始めた。

 蓋が、開いてしまう。

……さかき、さん」
「なに?」
「乱暴に、して下さい」
 動きが止まった。咄嗟に視線から逃げる。
「その方が……好みなんで。少し、痛いくらいに」
……俺、その趣味ないんだけど」
「僕に、あるんです。我儘を聞いてくれませんか」
 何か訊きたそうな気配が伝わる。僕はそれを無視する。選択に迷う沈黙の中、それから、と続ける。
「時々、声をかけて下さい。あなたに、抱かれていると分かるように」
 息が吐かれる音がした。
……いいよ」

 正直少し痛くて苦しい。
 でもそれは、自分が強請ったことだ。
 彼を——思い出すくらいなら、雑に扱われた方がいい。


 久々の行為に鈍い痛みと違和感が残る。腰を庇いながら仰向けに寝転がろうとした時、ベッドのスプリングが軽く跳ねた。反転した視界に入ったのはベッドサイドに立つ後ろ姿。
 え、あれ。
 榊さんは冷蔵庫からペットボトルの水を二本取り出し、その片方をサイドボードに置いてくれた。
「ありがとう、お疲れ様。身体大丈夫?」
……あ、もう、いいんですか」
 榊さんの手元から、カチカチと開封される音がする。
「はは、明日も朝から仕事だからね」
 喉仏の上下に合わせて揺れる水面を見ながら、自分の思考に唖然としていた。

 ……そうか。何度もするんじゃないのか。

「シャワー先に使う?」
 半分になったボトルを片手に、榊さんがいつもの調子で僕に問う。
「いえ、自室で浴びますから。どうぞお気遣いなく」
「そう。悪いね。立てる?」
「これくらいなら全然、大丈夫です」
 一瞬目を丸くした彼が、何か言いかけて口を閉ざした。返答の正解を探して表情もややこしい感じになっている。

「そう」
 
 出てきたのは、とても無難な一言だった。



 神代の声が耳にこびりついたままだ。
 熱めのシャワーを頭から浴びる。
 
 ——『乱暴に、して下さい』
 ——『その方が……好みなんで』

 嘘だ、とすぐにわかった。
 演出家を舐めるなよ。
 けれど、あえて指摘しなかった。何かを堪えるような、俺に何かを隠そうとする顔をしていた。
 あいつだって色々あるだろう。別にそれを暴きたいわけじゃない。俺が誘った行為だ、負担だってあいつの方が重い。要望があるなら聞いてやるべきだ。それだけの事。

 想像以上に、抱かれ慣れていた。
 迷いがなかった。ごく自然に、さりげなく俺をリードしていた。
 だから途中から手加減をやめた。神代が求める通り、あるいはそれ以上に。

 何度か、呆けていたように見えた。
 最中も、終わってからも。

 性欲は落ち着いた。むしろ半端な女よりよほど上等の色香があった。肌も声も、想像以上だった。
 なのにすっきりしない。
 モヤモヤした塊が胸の奥に残る。
 うまく言葉にできない。

 シャワーを止める。
 俺は、何に手を出してしまったのだろう。