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望月 鏡翠
2026-05-21 20:15:50
28762文字
Public
庭師は何を口遊む 霊山班
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交番勤務比叡巡査
#庭師何を口遊む_霊山班/ネタバレなし
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二十四時間の勤務シフトに備えて出勤をする。朝八時からの勤務といっても、八時に警察署についていればいいわけではない。
前日のチームからの引き継ぎを終えて交番勤務に入るのが朝八時である。その前に警察署に向かい制服と装備一式の貸与を受ける。お決まりの警察バッジ。人を殺す道具にしては軽いが、金属の重さをずっしりと感じる拳銃。着替え終われば、講堂に集まっての朝礼がある。
近頃、轄内で強盗事案が発生している。見回りを強化するとともに、防犯意識の向上に努めること。人事異動で本庁より新たな警部補が交番配属された。交通安全週間が始まっているので、交通部門の刑事に協力して、職務にあたること。立哨の時間割など実務的部分は各交番に任せる。
などなど。
それが終わってから配属されている交番への移動である。自転車移動が多いが、都内だと電車移動ということもある。遠方にあれば警察署から職場である交番への移動に時間がかかるので、どんどんと出勤時間は前倒しになっていく。
比叡明治は、都内の交番に勤務する巡査である。
駅前の繁華街に位置しているため移動は楽だ。しかし人の出入りが多い繁華街にあるというのは、トラブルも多く通報の多い忙しいハコということになる。
継続勤務年数を鑑みて、現場をフォローできるベテランを配属するという考えなのだろう。今はまだ、そういう評価をもらうことができている。
だが警察という組織に身を置いていられる時間は、どのくらいあるだろう。
制服いうのは目立つもので、出勤途中であっても制服を着ていれば〝お巡りさん〟だ。周囲に与える印象に、気をつけなければならないし、職務にあたっているものとして、扱われる。真顔な顔をして車窓の外を眺めながら、考える。
警察という仕事は、楽ではない。私生活にまで及ぶ制約。事件が起これば休日返上で職務に当たらねばならず、勤務時間は二十四時間ということになっているが、当たり前のように超過していく。税金で生活している公務員という立場上、市民からの目は厳しくクレーマーじみたご意見も多く届く。
それでも警察官という仕事を選ぶ人間は、個々人の中に確固たる理想や志を持っていることが多い。当たり前だ。年収は高い方だが、命の危険と拘束時間に見合うものではないし、公務員の安定性を求めるのなら、選択肢は別にある。
正義を信じていること。それを成そうとすること。他者のために奉仕することに躊躇いがないこと。それらの心を共有していなくとも、警察官になることはできる。ただ、周囲と比べたときにどうしようもなくズレは感じる。 命を預けるという、考え方によっては恋人や家族よりも深い場所に置く仲間と考えたときに、根本の価値観が噛み合わない相手というのはどうしたって不適格だ。
それでなくとも職務内容から、警察というのは自分たち以外に仲間のいない組織であり、身内で強く団結しがちだ。
その中に置いて、比叡 明治という男は完全に群れからはぐれていた。
警察官という職業を選んだのは、生活のためだった。
病気になって入院した父を置いて、母は離婚し家を出て行った。
それからあとは、父が亡くなったあともずっと親戚の家で世話になっていた。子供一人面倒を見るのが大変だったというのは、大人になった今なら理解できる。父の残した遺産があるとはいえ、経済的にも大きな負担だったはずだ。高校卒業まで面倒を見てくれたことに、感謝している。
しかしそれでも、ことあるごとに母のことを人でなしと悪様にいう親戚の家は居心地が悪かった。歓迎されていないということも、わかっていた。
一刻も早く家を出て生活するために、警察学校に入った。全寮制で、生活の面倒を見てもらうことができる。制服の手入れから始まって生活のことを徹底的に叩きこんでもらうことができる。卒業しても独身寮に入ることができる。学校と銘打っているが、入学時点から給与が支払われる。公務員で生活も安定している。後見人となった親戚からしても、文句のない人生選択だ。
生きていく術が、他になかった。少なくとも世間知らずの子供の立場では、思い浮かばなかった。
だがそんな消極的モチベーションで続けていけるほど、警察官は甘くない。早いものはもう巡査部長に昇進し、交番ではなく警察署への勤務を目指して、邁進している。出世に興味がなく前線での活躍を望んでいたとしても、警部補まで目指すのは基本中の基本だ。
比叡は三十歳を目前にして、まだ巡査部長への昇進試験すら受けたことがない。現場のベテランとして好意的に受け取ってもらえる時期は過ぎつつあり、そろそろ見込みのない警察官として、目をつけられるだろう。
やる気がない。それだけで、警察という組織の中では輪を乱す存在なのだ。警部補までが基本と言われるのもそれが理由である。
なら、これから先どうするのか。
警察官という仕事は、社会的信用が高い。もう子供でもない。転職して他の仕事でやっていくこともできるだろう。だが、比叡自身の目的のため、警察官という組織への籍はまだ必要だった。
正義の心を持ち合わせないくせに、警察官にしがみついている異物。
これから齟齬はどんどんと広がっていくだろうし、これからどうするのかを問われる場面はもっと増えていくだろう。
比叡の目下の悩み事はそれであり、出勤の最中もずっと頭を占めていた。
交番に到着し、前日の警察官から引き継ぎを受け、そのまま時間割に従って巡回や立哨と行った勤務に入るというのが、通常勤務だ。
だが今日は、交番内の様子がいつもと違っていた。同じ勤務シフトの同僚が電話を片手に困惑した声を出している。
「え、はい? はい。ええ
……
いえ、仕方がありませんよね」
そこでチラリと比叡に視線が向く。何か嫌な予感がした。
「比叡巡査」
電話をおいたあと彼は命令を下すときの口調で比叡を呼び、居住まいを正す。
「今からいう場所に、警部補を迎えに行ってくれ。ここの新しいトップで、お前の新しいバディになる」
「はっ!」
勢いよく返事をしたあとで、初見の情報がいくつかあったことに気づき、眉間に皺を寄せた。
「新しい、バディ?」
思わず佐合の顔を見た。
交番は最低二人必要となる。ここは駅前の繁華街であり仕事が多いから、五人一チームの勤務となり、比叡とよく行動を共にしているのが、佐合 達志巡査部長だった。
「というか、新しいトップとは
……
」
脇腹に佐合の肘が入り、言葉が途切れる。
「朝礼で言われてただろ!」
耳打ちをされて、朝の共有事項を思い出す。
交通安全週間、強盗事案、あとは人事異動。あの話か。
後輩ならともかく、自分たちより階級が高い人間が、比叡の仕事に関わってくることなどない。そう思って聞き流していたのだ。
(あれ、ここの配属だったのか
……
)
それで比叡がバディを組まされるというのも、解せない話である。
上の人間はともかく、同じ交番で勤務していれば、比叡の扱いにくさは承知しているはずだ。人当たりがよく社交的な佐合が相方にあてがわれているというのも、狭いコミュニティ内で不要な軋轢を生まないためである。
新しい上司にあてがうには、全く不適格と言ってもいい。
新人いじめのようで気は進まないが、上の決定であれば疑問なく黙って従うのが、一番下っぱである巡査の立ち位置である。気に入らなければ配属後に変えてくれればいい。
その権限は、誰かわからないがその人に委譲されることになる。
「それで車は?」
一般的な交番に、車両は配備されていない。
「徒歩でいい」
「徒歩で、迎えに?」
これから交番勤務だというのに送迎が必要だというのも、いい身分だと思う。だが徒歩で出迎えに行って、何の意味があるのか。むしろ失礼ではないのか。
「道に、迷ったらしい」
「道に迷った? 交番勤務ですよね」
流石に聞き返してしまった。
何を言われているのか理解できないが、命令は命令である。比叡は乗ってきた電車に引き返し、指定された駅に向かった。
野兎町駅前交番に配属される新しい警部補は、本来、比叡たちと同じく交番に直接ここに出勤し引き継ぎ後に勤務を開始する予定だった。
だがいつまで経っても到着しない。交番に電話があり、本人から道に迷ってたどり着けないから助けて欲しいと要請があったのだという。
野兎町駅前交番はその名称の通り、駅前にある。電車を降りて改札を出れば、そこにある。迷うような立地ではない。
何かの意図で、交番勤務の人員を試そうとしているのか。到底迷ったという言葉をそのまま受け取ることができるわけがなかった。
何らかの意図があるはずだと、勘繰らずにはいられない。
妙な方面にやる気を出されると、現場が荒立つからやめて欲しいというのが、正直なところだ。
新しい警部補がこういうタイプだったのなら、比叡と組ませようと決めたのは、ある意味で英断だったのかもしれない。
警部補の階級と、突然の人事異動を合わせて考えると、おそらく昇進に伴う交番勤務だろう。
警部補以上は、単なる昇進ではなく管理職としての能力が求められる階級となってくる。一般企業と異なり、警察官は事件事故災害、あらゆる有事に際し出動を求められ、いざとなれば自分の担当かどうかを問わず、行動を求められる。
管理職としての責任に、地域社会の治安と他人の命がかかってくるのである。
そこで警部補に昇進した際は、一度交番から警察署に異動した人員であっても、実働部隊の最小単位であり地域社会と関わる最前線としての交番のトップに据えられるのである。
平たくいえば管理職の実地研修に、交番が使われる。
最速三ヶ月ほどで研修を終えて立ち去るトップである。
交番にいる人員からすれば、所詮すぐにいなくなる上司だ。出世の足かけで据えられた管理職が、現場のことにあれやこれや口を出してくるのは、面倒臭いのだ。
管理職といえども、他の面々と同じく〝お巡りさん〟としての通常勤務を行う。それならば、同じくチーム内で足並みが揃わず、疎ましい比叡を相方に据えて、困らせてやろうというのが、彼らの気分だろうか。
佐合が同情すると言いたげに肩を叩いて、送り出してくれた。交通安全週間の幟が、交番の前で揺れていた。
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