花筵シヂマ
2026-05-09 22:45:21
22352文字
Public
 

玲瓏の花籠(序章~2話まで 秋ごろ 書籍になる予定)

後転男体化なので前は女の子のミズキが出てきますが、転生しておとこになり、例の村で父と再会します




ずっとネコ女の部屋にミズキを置いておくわけにはいかない。ゲゲ郎の部屋にミズキを運びこんだ。ミズキは翌日には目を覚ますようになったが、疲れからなのかぼんやりしていた。警戒もなく眠そうに上目遣いで見上げてくるミズキに、作らせたお粥を手ずから与えた。
「ゲゲ郎、あの人形はどうなったんだ?」
 優しいミズキは我が身よりも人形が心配らしい。
 着物も乾かして髪も整えて、窓際に置いてある人形を示せばミズキは安堵の息を漏らしている。
「ミズキ、すまなかった。儂が判断を誤ったからお主はひどい目にあってしもうた」
「いや、お前のせいじゃないだろ、旦那様のせいじゃないか」
 ゲゲ郎が首を垂れると、ミズキが慰めるように背中を撫でてくれた。だが以前のようにその手に甘えようとは思えない。
「これからは儂の部屋には毎日来なくていい。部屋に来て欲しいときには呼ぶようにする」
 ミズキは悲しそうに眉を下げ、「俺のせいか」と弱弱しく呟いた。
 違うと伝えても、ミズキの落ち込みようは酷かった。そこまで思われていることに嬉しさを覚えると同時に、己が抱く思いとは別なのだと悟っていた。
 ゲゲ郎の精神は見目よりも随分と年を取っていた。いつでも見目を自由に変えられるせいで、誰からも正しい年を当てられたことはない。
 だからミズキがゲゲ郎を弟のように可愛がっていることも知っている。
 だがミズキは、ゲゲ郎がミズキこそ妹のように思っていたことを知らないだろう。
 妹のように思っていては、ミズキを守ることはできない。
 ゲゲ郎にできるのはミズキを妻にするか愛人にするか、もしくはこの屋敷から逃がすことなのだ。
 最後はあり得ない選択肢だ。ミズキをこの屋敷に縛っているのは父が村と契約したことであり、破棄することはできない。
 それこそ村を滅ぼさない限りは無理だろう。
「ミズキのせいではない。じゃが、約束しよう。落ち着けば必ずまた毎日顔を合わせられる」
 ミズキの湖畔のような藍色が不安定に揺れる。その瞳のなかに、住まう方法があればいいが見つけられそうになかった。


 ミズキは数日のうちに自室に戻っていった。
 ネコ女に連れられて後ろ髪をひかれて歩いていく姿にどれほど抱きしめてしまいたかったか分からない。今のゲゲ郎にはそれは許されていないのだ。
 ミズキと再び会うためにしなければいけないことがある。
 ゲゲ郎はミズキに背を向けて廊下の奥へと足を向けた。行き止まりがない廊下だが、ただ一つあることをすれば行き止まりに”行ける”のだ。
 己の髪を解いて髪紐に電流を流した。光の縄となった紐で斜に空を切るとばちりという稲妻のような音がした。
 やがて何もない廊下の空間が飴のように歪み、代わりに黄金色の襖が姿を見せた。
 父の部屋だ。
 この四季の屋敷の父の部屋は定まりがない。だが父が望まなくてもゲゲ郎が望めば行けるようになっている。
「話がある」
 低い声で叫べば、がたがたと襖が勝手に震えだし勢いよくすらりと開いた。襖の向こうから黒い着流しを身に着けたおとこがぬっと現れた。
 何度見ても忌々しい、己と同じ顔のおとこはゲゲ郎を見るなり目元を半月型に歪ませた。
「なんじゃ、お前がここにくるとは珍しい」
 父の顔は高揚しており、額も汗ばんでいる。何をしていたか、乱れた着流しを見れば一目瞭然だった。
「父上の言う通り、儂も子孫を残すためにおんなと交わろうと思う」
 父の赤い片目が驚きに大きく見開かれていく。そんな父の顔は、生まれてこのかた見たことがないかもしれない。
 父に動揺というものは無縁だからだ。
「じゃからミズキには手を出さんで欲しい」
 父はくだらなさそうに鼻を鳴らした。まるで子供が拗ねるようだ。
「そこまでしてあのおんなが好ましいなら、あのおんなを愛人にすればいいのじゃ」
……もし父上がミズキに妙な真似をしたらその際は、この屋敷の権限は儂に移らせる」
 父は瞬きを繰り返し、やがて腹を抱えて笑い出した。
 気が触れたかとおもうほど笑い狂う父は、いつか己がなぞる自分自身の姿にも思えた。
「父上はまるで日替わりの定食のようにおんなを食らうが、儂はそのようなものに熱を注がぬ。儂は自分の手に堕ちてくるものにこそ、価値を見出せるのじゃ」
 父は何を言われているかわからないうように顔を顰めていた。
「しかし息子よ、この屋敷の主になるということはすなわち、誰か子を孕ませなければならぬのじゃぞ」
 父のくせに、なんとおかしなことを言うのだろう。
 ゲゲ郎は笑おうとして引き攣ったような声だけが喉奥から出した。
「可笑しいことを。孕み産めるのは、ミズキだけじゃよ」
 言い切ってしまうと、どうにも笑いたくて仕方がなくなった。ゲゲ郎は口角を引き上げて、踵を返した。
 父は約束通りおんなを送ってくるだろう。
 ゲゲ郎はそれを食べて種を零すだけ。だが愛してなどやらない。愛も欲も種子も全て注げる相手は既に決まっているのだ。
 ——ミズキは何というだろう。
 あの幼い顔を悲痛に歪ませ、嫉妬するだろうか。悲しむだろうか。
 想像するだけで、今まで得たことがない高揚感が全身を駆け巡り、叫びたくなるほどに胸が高鳴っていた。
 
 



——

こちらはある程度Xで更新したのち、秋ごろに本に致します。