花筵シヂマ
2026-05-09 22:45:21
22352文字
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玲瓏の花籠(序章~2話まで 秋ごろ 書籍になる予定)

後転男体化なので前は女の子のミズキが出てきますが、転生しておとこになり、例の村で父と再会します





 宝玉のように美しく丸い濃紺の双眸が、色を無くして消えていく瞬間がここまでゲゲ郎の心臓を冷やすと思わなかった。
 ゲゲ郎は水に濡れたミズキの肉体を抱き上げた。その軽さにまた戸惑いを覚えてしまう。抱きしめる腕の力を緩めると途端にこの肉体が消えるのではないか。そんな不安がゲゲ郎のなかを過ぎる。
 ミズキと出会ってから毎日が不安でならない。
 紫の御簾を捲る白い手が現れなければどうしよう。
 いつものように、ゲゲ郎と呼んでくれなくなければどうしよう。
 その不安の分だけ、ミズキが現れると幸福で満たされるのだ。
 そのミズキが、ゲゲ郎の腕の中で血色の失せた青い顔でぐったりしている。早くなんとかしなくてはならない。しかしゲゲ郎には治癒術などできない。
 秋の庭を抜けたゲゲ郎が向かったのは、ネコ女のいる春の庭だった。ミズキの部屋の隣部屋から、ちょうどネコ女が洗濯籠を抱いて現れた。
 ぶつかるほどの勢いでネコ女の前に躍り出た。
「ネコ女! 後生じゃ、助けてくれ!」
 ネコ女と一気に距離を詰めて叫んでいた。ネコ女は面食らって飛び上がっている。尻尾もぴんと真っ直ぐに伸びている。
「なっ、なんだい!?」
「ミズキが、ミズキが!」
 抱き抱えたミズキを見せつけると、ネコ女の顔色も険しいものに変わった。
「すぐにアタシの部屋に連れてきて!」
 閉めたばかりの戸を乱暴に開けてネコ女は大股で部屋の中に入った。


 屋敷に来た時より随分と短くなったミズキの黒髪は、今はほんの少し伸びて肩まである。その黒髪も気のせいか艶もない。
 伏せられた瞼は開かず、浅い呼吸を繰り返す胸が動くことがミズキが生きていることを教えてくれている。
 そんなミズキの白く冷たい手を握りしめても、いつものように握り返してはくれない。
 ネコ女はゲゲ郎が持ってきた人形を観察していたが、やっと結論が出たらしい。人形を机に置いてため息をついた。それはどうしようもないという結論を先に吐き出しているようだ。
「おそらくこの人形に、ミズキの魂が少し入ってしまったんだろうね。人形が乱暴をされるとミズキも傷つく。……可哀想に、相当苦しかっただろうね」
 ネコ女は眉を下げ悲痛そうに呟く。子沢山のネコ女にとって、ミズキもまた我が子のように可愛いのだろうか。
 子供などいないゲゲ郎には、少しもその気持ちはわからない。
「坊ちゃん、アタシが面倒を見るからおかえりなさい」
「いや。ここにいたい。ミズキが目を覚ますまでここに」
 ミズキの手を自らの頬に寄せた。柔らかな皮膚に唇を寄せると、少しだけ反応があった。
 しかし未だ、ミズキは眠り続けている。
「坊ちゃん……ミズキは人間だ」
 いきなり何を言うのだろう。そんなことぐらい知っている。眉根を寄せると、ネコ女は諭すような猫撫で声で続けた。
「今後もミズキと親しくすれば、子孫を残さない坊ちゃんに旦那様は業を煮やす。そしたらまたミズキが危険な目に合うんだ」
 ひゅっと、喉が鳴った。自分の喉から出たものだと一瞬おもえなかった。
 ゲゲ郎といれば、ミズキはまた苦しむのか。
 またこんな青い顔をして倒れるのか。
 握りしめたミズキの手をより一層強く握る。
「坊ちゃん、ミズキを解放してやるんだ。他の妖怪でも良いだろう。ほら前はネズミ男を雇ってたじゃないか」
「いらぬ……
「坊ちゃん!」
「ミズキしかいらぬ!」
 獣のような叫び声をあげていた。ネコ女は目を丸め、信じられないものを見たように顔を強張らせた。
「坊ちゃんまさか……まさか、ミズキを娶るつもりなのかい? あんた、ミズキを……愛しているとでも?」
 ネコ女に言われたことが、飲み込めない。
 異物を突きつけられたように脳が処理しきれないようだ。
 愛、娶る、ミズキを?
 考えたことなどなかった。そもそも、おんなと交わる行為など好まず、婚姻も永劫望んでいない。
 それなのになぜ、ネコ女はゲゲ郎がミズキを娶るというのだろう。
 無反応なゲゲ郎を見てどう思ったのか、ネコ女は静かに首を振る。
「そう、わからないのか。あんたは。……ならせめて、ミズキを守ってやってくれ。ミズキは脆い、人間のおんななんだよ」
 ネコ女は腰を上げて、「お茶でも持ってくるよ」と言い部屋から出ていってしまった。
 戸が開く瞬間、生温かい風が隙間から入り込みゲゲ郎の長髪を撫でた。
「おんな……
 仰向けに眠るミズキのからだは、確かにおとこのそれではない。柔らかな肉体の線も、豊満な胸も、おんなのそれだ。握りしめた手を唇に寄せ、その指を軽く食んだ。
 柔らかな肉の感触に喉がなる。
 ミズキはおんななのだ。
 孕むことのできる、おんな。
 這い出た舌先で爪の皮膚の間をなぞる。
 ミズキの唇が薄く開き、「う、ん……」の甘やかな声をあげる。
 握っていた手を床に置き、四つん這いになってミズキに覆い被さった。
 厚みのある形の良い“おんな”の唇をそっと啄む。
 下唇を喰み、そして長い舌で上唇をなぞりあげた。開いた口から弱々しい息が聞こえる。
「ミズキは儂が守る。誰も手が出せぬよう、人形とともに」
 ミズキをあの部屋から出さなければ良いのではないか。
 ゲゲ郎の部屋にずっといれば、父とて手を出せない。
 ちゅっと音をたててミズキの唇を吸い上げた。
 自然と吊り上がっていく己の口元を直すこともできず、ゲゲ郎は極上の笑みを浮かべた。