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花筵シヂマ
2026-05-09 22:45:21
22352文字
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玲瓏の花籠(序章~2話まで 秋ごろ 書籍になる予定)
後転男体化なので前は女の子のミズキが出てきますが、転生しておとこになり、例の村で父と再会します
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あの日は誕生日ではなかった。
ただ、物珍しいものを見せてやろうと叔父が急に家にやってきたのだ。山向こうの村に住んでいる叔父は、随分前から寺社仏閣を詣でることを好み旅の道中で度々土産を買ってくれた。
山の中で、生い茂る木々の色や動物や植物の変化でしか季節を知らない私には外界からの旅話を持ってくる叔父は新鮮な生き物だった。
薪割りと機織りの手伝いしかしない私は、叔父の話のなかで共に旅をしていた。
叔父の話の中で私は嵐の中、視界を奪われながらもたどり着いた村で財布を擦られたこともあったし、風変わりな主人の営む湯屋で傷を癒したこともあった。宿屋の子供と知らない童歌を教えてもらったこともあったし、食べたこともない煮物を食べさせてもらっていた。
勿論、現実ではなく、それらは私のなかで生々しい感覚を残すことはない。
だが、古ぼけた掘立て小屋に住む私より、旅する私の方が自由に満ちていた。
そんなわけだから、私は叔父が物珍しいものを見せてやろうと現れた時、既に胸を弾ませていた。
叔父は、紙芝居のような真四角な木箱を私に見せてくれた。叔父が観音開きの戸を開けると真四角の木枠の向こうには何もなかった。叔父の着ている紺絣の着物だけが枠の中に収まっていた。
「何もないけど」
私がそういえば、叔父は二体の人形を枠の中に登場させた。まるで、布切れで作ったてるてる坊主が豪華な着物を着せられていた。
白い布切れで作られた人形は、男女の組み合わせのようだった。一体は、人形にしては鮮やかな赤い色の着物に金帯を身につけており、もう一体は縹色に黄色の帯のおとこの人形だった。
「見てごらん」
叔父が手を離すと、ぱたり、と人形はその場に倒れ伏してしまった。何の変哲もない人形だ。しかし私は、すぐに目を見張った。
人形がひとりでに起き上がり、まるで引き寄せられるように抱き合ったのだ。決して離れないとばかりに抱き合い、そしてもつれるように倒れ込んだ。やがておんなの人形が逃げるように離れ、おとこに背を向けて木枠の外に出ようとした。
しかしおとこの人形が抱きつき、引き戻していく。
おとこが縋り、おんなが逃げる。そうしておとこの人形がからだを擦り付け始めたのだ。
最初は呆然としていた私も、あまりに酷いおとこの行動に吐き気を覚えた。
「嫌がってるじゃない!」
木枠に手を伸ばして人形を掴もうとした。しかし枠の中に手を入れても人形に決して手が触れない。
伸ばしても、伸ばしても。
「やめさせて!」
そう叫べば叔父は、見たこともない下品な笑みを浮かべていた。
「
……
こんなのいらない!」
私はそう吐き捨て、叔父から遠ざかり部屋を出た。お茶を運んできた母とすれ違ったが、もう二度と叔父には会いたくないと伝えた。
それから後、叔父はまた旅に出た。
その後はもう叔父に二度と会うことはなかった。
叔父は旅先で不幸な事故に遭い、命を落としたのだという。事故の詳細は知らない。だが骨一つも残らないような、そんな事故だったという。
葬式はどうやったのかは分からない。両親だけが山を下り、私は家で留守を守っていたからだ。
全てが終わって帰ってきた父が、叔父の家にこれが残っていたんだと私に小さな包みを渡してきた。
それはあの、薄気味悪い人形のおとこの人形だった。
私は恐ろしくなり、その日のうちに家の裏手で人形を燃やした。燃え盛る炎のなか、人形は身悶えるように黒く焼けていき、やがて消し炭になって消えた。
しかし奇妙なことに、この人形は翌日、私の枕元で鎮座していた。
「ひっ!」
確かに燃やしたはずなのに。
真っ黒に、炭にまでなったのに。
恐ろしくなり、私は再びこの人形を燃やした。
しかし何度燃やしても、縹色の着流しの人形は私の隣に戻ってくるのだ。
私はついに諦め、文机の上に人形を置くことにした。
やがて私は気味悪い人形を疎ましく思うこともほとんどなくなっていった。それを忘れ去るほど歳を重ねたのだ。
相変わらず質素な山奥の小屋で両親と二人で暮らしていた。
それ、がやってきたのは二十歳の誕生日の一ヶ月後だった。
山の下の村の遣いだという若者は、父の知り合いだった。父が村に薪を運び、布を売ることで生計は成り立っていた。決して知らぬ関係ではない。
若者は玄関先で蹲り、泣きながら頼み込んできた。
「お前の娘を神に嫁がせてくれないか」
父は狼狽し、母は怯えた。
神。
神とは、何なのだろう。
てっきり、父は怒ると思った。私に優しい父が、物のようにやりとりされることを拒むと思った。しかし、父は悲痛に眉を寄せ、すっかり白くなった頭から鉢巻きを外し項垂れた。
「すまない
……
みずき」
私は決して馬鹿ではない。
読み書きは村の下の学校で習い、織物も自分で呉服屋に売りこんでいた。
だからこそ理解できていた。
私は、その神とやらのところに行くことを拒めないのだと。
おとこが帰った後、母と父は暗い声で過去を紡いだ。
山の下の村に元々、両親は住んでいたらしい。しかし両親の双方の親がある罪を犯し、その娘息子同士が無理矢理くっつけられてこの山小屋に住むように言われたと。
山にはある、妖怪が住んでおり、彼らが村に害を為さないように監視する役割を両親が担っていたということだった。
そのおかげかここは数年は村は平穏だったが、急に度重なる不作や流行り病で若者がばたばたと倒れ、これは山の妖怪が怒っているという話になったらしい。
「
……
きっとアイツが山の妖怪から何かを盗んできたせいだ」
父が言うには、アイツーー叔父が山へ入った折に何かを拾ったらしい。叔父はそれを旅先で披露しては金策に用いて、旅を続けていたと言う。
「何かって
……
?」
父は眉を寄せ、母と顔を見合わせた。
「聞いた話によると、一人でに歩く人形だというんだ。それを返せ、返せと妖怪に迫られたが、アイツは無くしたと答えたらしい。だからアイツも
……
」
私の脳裏にはあの人形が浮かんでいた。
二つの人形が重なり、くねくねと混じり合う、浅ましい、吐き気を催すようなアレ。
あんな物のために叔父は死に、あんな物のために私は妖怪のところに捧げられる。
私は、無理矢理に笑顔を作った。
「
……
わかった
……
」
数日後、妖怪が迎えにくるという嘘のような提案を受けた。
私は素直に受け入れたふりをし、こっそりと荷造りをした。両親には悪いが、あんな人形のために死ぬわけにはいかない。私が直接妖怪の元に乗り込んで、全ては叔父のせいだと言ってやろう。
私はそう心に固く決めていた。
ふと、顔を上げると文机の上にあの人形があった。
何度燃やしても戻ってきたあの人形だ。
迷った末に、私はこの人形を持っていくことにした。
夜遅くに風呂敷包みを背負い、家の裏口から出た。春風が生ぬるく吹き付けてきた。青々と茂る草を掻き分け、妖怪がいると言う山奥を目指すことにした。
天高く輝く満月が私を見下ろし、道を照らしていた。月を背負うように私は夜道を走った。やがて振り向くと家のある方向はどこかわからないほど、暗闇の中に私はいた。
月だけが私を見、私の味方だった。
風呂敷包みを握りしめて、もう一度前を向いた。
そして息を呑んだ。
縹色の着流しを着た白い髪の少年が草むらのなかに佇んでいた。
少年の髪はおかっぱのようで、左半分が白い髪で隠れていた。何より恐ろしいのはその赤い片目だった。
少年はその赤目で、私を睨みつけていた。
私は息をするのも忘れて彼を見つめていた。
あまりにも似ているのだ。
あの、人形に。
「何者だ。
……
人間風情が、神の領域に入るか」
少年の白い髪が糸のように伸び、私の首に絡みついた。
それは物凄いちからで私を締め付け、殺そうとしてきた。けど私は何の抵抗もできなかった。
小柄な少年が、本気で殺そうとしているように見えなかったのだ。
「なぜ拒まない
……
」
少年は困惑した声でそう言い、私が取り落とした荷物を拾い集めた。少年の手は人形を掴み、そして動きを止めた。少年は凍りついたように微動だにせず、食い入るように人形を見つめていた。
やがて軋むように首を動かし、私を穴が開くほどに見つめた。
「お前、名は」
私は咳き込み、「みずき」と答えた。
少年はついてこい、と言って私を闇の中に導いた。
これが私と、後に私がゲゲ郎と名付けるおとことの、最初の出会いだった。
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