サブさぶれ
2026-05-09 17:25:24
14364文字
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原作軸③

原作軸のSS・短編置き場③です。


今日は何してあそぶ?


 何てことない、でも俺には想像もできないくらいに最高に素敵でピカピカした思いつきを、アオイはしょっちゅう口にする。
 サンドウィッチの具をどこまで高く積み上げられるかチャレンジとか、幻の黒いメテノを探そうとか、ミラーボールみたいなテラリウムコアの上で踊ってみたいとか。それってちょっと不良だべってことも平気で提案してくる。――監視って口実で結局乗っかって楽しんでる俺も俺だけど。
 そういう、多分普通の友達同士でやるのよりちょびっと刺激的な思い出をたくさん重ねている。クタクタになるまで走って、笑って、ときどき口喧嘩して、即座にバトルに発展して。でも最後は必ず笑って、また明日もいろいろやろうねって約束する。毎日が信じられないくらい楽しい。目の前の大したことなかった光景の何もかも――パネルに映ったつまんねぇ色した空でさえ、きらめいて見える。はじめて鬼さまの話聞いた時並にワクワクしてる。今日は何して遊ぶのかなって浮き足立ってる。そんな毎日を過ごしてた。
 この日の〝遊び〟の集合時間は早朝。起床のベルが鳴る二時間前。無人のエントランスロビーで待ち合わせして、俺はカイリュー、アオイはコライドンを外に出した。二匹の竜がそれぞれの主に「寒い。まだ暗い。起こすな」って顔を向ける。俺だって寒いし眠い。発案者のアオイだって、さっきブルブル震えながらあくびを噛み殺してた。なのに胡桃色の目は爛々に輝いてて、ああ、やっぱズルいなとか思ってしまった。
 ご機嫌取り用のマトマの実を食べさせてからカイリューの背中によじ登る。アオイも特製サンドウィッチを食べさせ終えたところだった。目と目で合図する。頷きあって、そして――一気に空へと飛び立った。冬の風が容赦なく頬に突き刺さる。耳がもげそうだ。だけど、今度から徹夜したい時はコレやればいいのかなって考えられるくらいには余裕があった。
 学園がただの点に変わった辺りで、夜闇に似つかわしくない極彩色がピタリと止まった。彼らに倣ってこちらも止まる。遠くの方にうすぼんやりした街明かりが浮かんでる。すれ違うのはビュウビュウうるさい冬の風と雲ばかりで、野生のポケモンの気配すらない。俺たち二人きりの世界。
 ここで、夜明けを待つ。一緒に朝を見る。それが今日の遊び。
 朝日って何時に上ってくんの、その前に今何時? って、何回も思った。眠気覚ましにポケモンっこの技名しりとりしたり、これまでした遊びの中でどれが一番しんどかったか発表会したり、少し黙ってから豆腐はサンドウィッチの具に適してるか討論したり。そうやってる内にアオイ曰く「気まぐれでじっとしてられない性質」だというコライドンがクルクル回ったり遠吠えと歌の中間みたいな声を上げだした。あんだけ〝あくび〟くらった直後の顔してたカイリューも、負けじと動いたり吠えたりしてる。このいじっぱりで負けず嫌いなとこ……誰に似たんだべ。
 コライドンの翼から出た光の粒が、アオイの少し赤くなった顔をキラキラ照らす。空と海の境目をじっと見てた真剣な瞳が、俺の視線に気づいてフッとほどけて、即座にニカッと歯を見せてきて。こぼれる一つひとつの表情の全部がすごくキレイで、めんこくて、やっぱりアオイって『特別』だなって実感させられた。
 遠くからキャモメたちの騒がしい声が聞こえだした頃、ようやく空が白んできた。濃紺の夜が地平線の向こう側からやってきた淡い光に追いやられていく。幻想的な風景なのに、なんか、イヤだなって思っちまった。
 眩い光線に触発されたのか、勝手に涙がにじんでくる。やだな。こんなつもりじゃなかったのにな。ツンとしてきた鼻を啜って、気分を変えてくれそうな話題を振ろうとした時だった。

「スグリー!」

 数メートル先でアオイが叫ぶ。俺も肺いっぱいに空気を吸って、へそん上に力を込めた。

「なにー!」

 コライドンの上でアオイが頭をのけぞらせた。それから口の横に小さな手を添えた。

「だいすきー!」

 ふわふわでギュッとなる言葉が明ける空に響く。嬉しくて切なくて、すかさずアオイの真似っこした。氷の粒混じりの空気が唇や喉をピリピリ刺してくる。

「俺も! 俺もアオイんこと、大好き!」

 アオイがまた大きく揺れる。

「ずっと、ずっと! 大好きだからねー!」

 なんだかまるで、もう一生会えないみたいな言葉だ。別にそんなことないのに。ただちょっと――今日でアオイの留学が終わっちゃうだけなのに。
 もうすぐ終わりが来るって分かってたから、復学してからの一ヶ月間いっぱい遊んで毎日「大好き」って伝えあってきた。他の人から見たらもう充分だべってくらい沢山思い出作ってきたはずなのに、いざ当日になるとやっぱり寂しくて苦しくなる。アオイも同じ気持ちだったのか、ついに両手で顔を覆ってしまった。ここからでも小さな肩が震えてるのが分かる。指の隙間から、朝焼け色を映した雫が流れ落ちていく。今この場面で「泣かないで」なんて嘘吐いても困らせるだけだから、別の言葉――休学明けからずっと考えてた決意を渡すことにした。

「アオイ!」

 切なさに揺れるきみの瞳が、まっすぐ俺を捉えた。心臓がキュッとなったけど、無視して息を吸い込んだ。

「今度は俺がパルデアさ行く! そんで、またいっぱい遊ぼう! いっぱい、いろんなことしよー!」

 両腕ででっかい丸を描いて、口を最大限開けて。これで終わりじゃないよ、いつでも続きできるんだよって、今伝えられる気持ちを精いっぱい込める。俺の誘い文句を聞いたアオイが一瞬眩しそうに目を細めた。そしてコライドンの頭を撫でて何かを指示した。直後、赤い体躯がするりと目の前まで飛んでくる。コライドンが放つキラキラの粒が顔に当たる。なんだか少し、あったかかった。

「絶対だからね」

 はためく翼の隙間からアオイが顔をのぞかせる。目の周りと鼻の上がほんのり赤い。多分だけど、俺も今、同じ顔色をしてるだろう。

「うん。何がなんでも行く。だから、」

 だから。……言いたい言葉を飲み込んでから、俺はニカッと歯を見せた。

「次やりてぇ遊びさ、いっぱい考えといてな。俺もいっぱい考えっから」

 俺の強がりな顔を見たアオイがハッとしたように固まる。わずかに涙が残っていた瞳を拭って、アオイもニカリと笑顔を作った。

「任せて! 500個は考えとくから!」
「んだば俺は501個考える」
「えー! じゃあやっぱり502個にする!」

 軽口を言いながら二人同時に手を伸ばす。冷たくなった指をからめて、お互いの存在だとか気持ちだとかを伝えあう。言葉にしなくてもきっと、おんなじこと考えてるよなって信じて、そっと握りあう。

「楽しみだね」
「うん」

 朗らかな笑顔がキラリと輝く。新しい太陽はすっかりのぼりきっていて、いつの間にか二人きりの夜が終わってしまった。だけど、不思議と寂しい気持ちはなくなっていた。


 パルデア行きの飛行機が出るまであと数時間。さあ、次は何して遊ぼうか。