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那須野
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徳種
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群青
【徳種】原作軸翌年IF*徳川さんの高校最後の強化合宿、その前と後のふたりの話。鬼+入+徳/曲+種パートも少し。
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(四)
少し、場所変えよか。
そう言って歩き出した種ヶ島の背に、ついていくこと数十分。もと来た道を駅に向かって戻るのかと思いきや、彼はスマートフォンで地図を見ながら別の路線の駅を探し出し、黙々と車両に乗り込んだ。
いま乗っているのはモノレールで、眼下に広がる小さな街明かりの群れと景色が刻々と流れ飛び去っていくのを、徳川は電車に揺られながら彼の横顔越しにぼんやりと眺める。
『好きです』
先ほど彼に投げかけたはずの言葉は宙に浮いたまま、ほかに続けるべき台詞も見つからない。何を口にしてもすべてがなかったことになりそうで、ラケットバッグのショルダーベルトを握りしめ唇を引き結ぶ。
告白など、生まれてこの方したことがない。そもそもほとんど衝動で告げてしまったようなもので、
……
少なくとも、あんな形で伝えるつもりはなかったのだ。
知らずのうちに自身が口にしていた「次」という言葉を、当たり前に受け取って返す彼をただ、好きだ、と思った。後輩でも、選手としてだけでもなく、ただの自分自身として、種ヶ島との「次」の確約を欲していると気付いてしまった。
高校を卒業し、ユーステニスという繋がりに区切りがつけば、彼との距離は確実に遠のく。合宿前のあの晩、髪をかき混ぜていった指先の温度と優しさを、自分はいまでも忘れられずにいるというのに。
最後の強化合宿を終えるころには、彼への感情の正体がわかるだろうか。実際のところ、そんな悠長な構えでいられたのは合宿所に着いたばかりの時期までだった。
敷地の隅にぽつんと置かれたセグウェイ。
彼がよく飲んでいた炭酸飲料のラベル。
食堂の給仕スタッフと交わす何気ない挨拶。
焙じ茶が並ぶ自販機の光、夜更けの東屋。
――
なにより、コートで軽やかにひるがえるウェアの片袖の残像。
忙しなく充実した日々の中、ひとりの時間にそれらへふと意識を向けていることに思い至り、その手の話題には疎いはずの自分も自覚せざるを得なかった。ある意味では早々に認識できた分、対処もすぐに決められたのだから、決して悪い結果ではなかったのかもしれないが。
「
……
お待たせ致しました。まもなく○○、○○駅へ到着します。お出口は
――
」
乗り込んでから何駅目かになる到着アナウンスが車内に響き、意識を引き戻す。
一体どこまで行くのだろう。モニターに表示された路線図で現在地を確かめようと顔を上げた拍子、とん、と制服越しの手首に彼の手がふれた。「徳川」
「降りるで」
ひそめた声で呼ばれるだけでことりと心臓が逸るのがわかる。かすかに温む耳朶と頬は車内の暖房のせいにして、無言で小さく頷いた。
徐々に減速しながら、ホームに列車が滑り込む。完全に停車して開いた扉から一歩踏み出すと、駅舎のガラス張りの大窓の向こうに夜の埠頭が広がっているのが見えた。
ホームの案内板には、『海浜公園』の文字。
「
…………
、」
夏場の休日には人出で賑わいそうなエリアだが、平日であるうえに真冬のいまは駅構内の人通りも疎らだ。帰宅途中と思しい人々が足早に通路を抜けていくのを目の端に映しつつ、数歩先を迷いない足取りで進む彼の背中に続く。ホーム階から降り、改札フロアへ向かったものの
――
彼が足を止めたのは、改札口とは反対側の小さな待合スペースだった。
ベンチが数脚、外が見えるガラス戸沿いに並んでいる。電車の発着時刻が過ぎたばかりのためか、駅の片隅のそこは閑散としていた。
彼に仕草で促され、通路の最奥、まわりのベンチから少し離れて置かれた一脚に腰を下ろす。ラケットバッグを下ろし、同じように隣に腰掛けた彼が、ベンチの背凭れに背を預けてゆるく笑む。
「ちゃんと景色見たいやつらは外の展望デッキ行ってまうから、わりと穴場やねんで、ここ」
「はあ
……
」
「まあ、こない隅っこやから空調ろくに効けへんし、夏は暑くてあんま長居できひんけど。冬場は風が凌げるだけで十分や」
前を向いた彼の視線を追って、ガラス戸越しに外を見る。
駅前から一帯に広がる海浜公園と思しい景色は、いまはほとんどがとっぷりと夜の色に沈んでいて、海に映ったかすかな街明かりが遠くにぼんやりとちらついて見える程度だ。
水平線上を移ろっていく小さな光は何がしかの船舶だろう。このロケーションなら、遊覧船の類いかもしれない。あとは濃紺の夜空に散らばる星々と、
――
その中をゆっくりと点滅しながら斜めに上昇していく航空灯。
「ッ、」
思わず体ごと彼に向き直って顔を覗き込む。ふ、とひそやかな息を肺から細く押し出した彼が、擽ったげに目を眇めて自身を見ていた。
「相変わらず心配性やなぁ、徳川」
「
……
大丈夫、なんですか?」
「このくらいの距離やったらまあなんとか、ってとこやけどな。間に合うてよかったわ」
「え?」
「お前が海外出てまう前に、ちょっとでも進歩見せられて」
「!」
「お、やっぱ当たりや、その反応」
何気ない調子で続いた声に、返す言葉を取り落としたまま食い入るように彼を見る。
知っていたのか、否、今の口ぶりはそうではない。
彼はといえば悪戯めかした表情で、肩を竦めてちいさく笑んだ。
「やってお前、『好きです』しか言わへんし」
「
……
?」
「お前みたいなマジメなヤツは、自分がどーしたいかも言わんで相手に丸投げせえへんやろ。言えん理由でもない限り、な」
「
――
……
」
「聞こか?」
自分が彼を案じて瞳を覗き込んでいたはずが、気付けば立場が逆転している。ゆっくりと瞬く鳶色の思慮深さに、口を噤んで指先を握り込む。
深呼吸をひとつした。
「
…………
以前お世話になった留学先の方から、スカウトをいただいて」
「おん」
「この春から、しばらくは大会参加のために欧州に発つ予定です」
本来なら今日、駅での別れ際に伝えるつもりだった。
今回の海外遠征中に降って湧いたような話ではあったものの、もとより幼いころからプロを目指して鍛錬を積んできた身だ。
欧州各地にある拠点施設のうち、どこの所属になるかはまだ確定していないが、巡ってきたチャンスを掴まない理由などあるはずがない。
――
そして、また。
遠からず日本を離れると知りながら、彼に交際を申し込むなどできるはずがないこともまた、理解していた。
目元にわずかにかかった前髪の向こうで、彼のまるいひとみがゆるくまばたく。
「
……
やから、なんも言わんかったん?」
ひどく静かな声だった。短く頷く。
気持ちを伝えるだけで十分だ、と、殊勝な心積りでいられたならどれほどよかっただろう。
実際は口をついて出た感情をまともにコントロールすることもできず、そこから先を
――
「自分と付き合ってほしい」という言葉を抑えるだけで精一杯で、自身の未熟さが歯痒い。膝上に置いた指先をぐっと握り込む。沈黙。
しばらくのあいだ、彼も、自身も、どちらもなにも言わなかった。閑散とした駅に時折響く館内放送が、空白を埋めるように何度か降り積もりきったあと、ぽつりと彼が口を開く。「あんなあ、徳川」
「俺、構ってもらえへんのは好かんけど、離れとるくらい気にしいひんで」
「
…………
どういう、意味、ですか?」
それは真逆の意味の言葉ではないのだろうか。彼の言わんとするところを掴みきれずに疑問符を返した自身に、事も無げに彼が言う。
「本気で捕まえとく気があるんやったら、離れとってもなんとかなるやろ、っちゅう話」
「
――
!」
「
……
まあ、いうて遠距離確定やし、気軽に会うて出掛けたりもできへんし。正直、お前やったら向こうでだっていくらでも、」
――
いくらでも、なんだというのか。
その言葉のなかばほどまでが耳に届いた次の瞬間には、もどかしさに拳を握りしめていたことなど綺麗に忘れてすぐそばにある彼の右手を掴んでいた。
「それは嫌です」
「
…………
」
「俺は、種ヶ島さんと付き合いたい。アナタじゃないと意味がないんです」
ぎう、と握りしめた手のひらが、同じ温度にじわりと温む。彼は驚いたように目をまるくしてしばらくこちらを見つめたあと、くつくつと肩を揺らして笑い出す。
「
…………
、っふ、はは、」
「
……
なんですか」
「ほら、やっぱちゃんとどーしたいか言えるやん」
「
…………
っ、」
「これでやっと答えられるわ」
そんな言葉とともに柔らかくひるがえった彼の指先が、自身の五指にするりと絡む。
ラケットを握り続けた時間の手触りがする、厚みのあるしなやかな手。つよく重ねた手のひらから伝わる駆け足ぎみの拍動は、どちらのものかわからない。
身動ぎの気配で悪戯めかしたインターバルを仕掛けた彼が、子どものように目を細めてこちらを見遣る。
頬が熱い。
ゆらりと揺れる鳶色の水面に、自分だけが映っていた。
「おーきに。これからもよろしゅうな、徳川☆」
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