Romom🍙
2026-03-28 02:44:35
10756文字
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深追いは時に傷を生む②

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続いちゃった⁉️現パロ火兄弟です。火兄弟要素は二頁目、一頁目はシドとクライヴです。
大学生プロファイラーのジョシュアと、オリフレム大学で非常勤講師をするクライヴたちの短文(のつもり)です📕
※カプのつもりはないですが、前回より兄弟間の湿度が高いので、弟兄観が濃ゆいやもしれません🐦‍🔥🔥

今回の兄さん単体視点執行者について②

前回
深追いは時に傷を生む(ジョシュア視点)
執行者について(クライヴ単体)



「なんだか機嫌がよさそうだと思わねえ?」
 ガブが肩を組んでくる。もはや、馴れ馴れしい距離感も慣れたものだ。ジョシュアは全く気にせず、それどころか、大きく同意した。「シドのことだよね」
 人生経験以上の慧眼を持つ警視様は、機嫌の良し悪しを理由に周囲を脅かす真似はしない。だけど、今日に限っては、良い方向で普段と違う様子を見せていた。
 一課の端には、シド専用の私室があるにも関わらず、彼は外にいることを好む。職員たちの声を聞きながら執務を行ったかと思えば、暇な時は、一緒にハウス・オブ・カードに洒落込んだりと、かなり奔放な性格だ。ジョシュアも、最初の頃は驚いた。
 警察というのは市民の盾だ。しかも彼らは、主に連続殺人犯を追う、特殊殺人課に属している。地区の垣根を超えた捜査権限を所持する、責任ある立場なのに。絶対に、こんな大人にはならない──愛想笑いの裏で、注意散漫に考えていたことだ。
 今は、こんな大人になりたいと思っている。仕事中の彼らを一度でも見れば、どれだけ賢いかなど一目瞭然だ。連続殺人犯を追う以上、心身の摩耗は計り知れない。そんな中、限られた時間で、自他のメンタルケアを施している。公私──繁忙か、暇かの異常な緩急に対応しているのだ。彼らは、初対面のジョシュアが思うよりも立派な大人なのだ。
「とはいえ、珍しいよね。前にもあったのかい?」
「んにゃ、俺も新参だし……」顎を掻きながら、自称新参の巡査部長が返した。
「君が新参だってこと、完全に失念してたよ」
 二十一歳で巡査部長はとんでもない経歴だが、ガブもよく分からないらしい。つくづく、不思議なチームだ。シドに直接スカウトされて、特殊殺人課に籍を移す頃には、なぜか昇進試験の話が出ていたそうだ。その試験で、周囲の予想を裏切りシドの期待通りの結果を出したから、特例中の特例で今の椅子に座っている訳だ。
「ま、俺が警察になる前からシドのことは知ってっけどよお。それでもレアだぜ。娘さんからの連絡があった日くらいかな」
「へえ、話には聞いてるけど……カンベル大の?」
「そうそう。お前話合いそうかもな、頭良いし、まあちょっとばかし……やんちゃだけど」
 いつしか和気藹々な世間話に移行して、ガブの妹についての話題に移りかけた頃。徐に席を立ったシドが、窓を見に行った。肩を組んだまま様子を見守っていると、満を辞したような顔で、シドがこちらに矢を放った。「ジョシュア、俺のデスクに」背後の私室を指差す。
「ガブも来い」
「俺も?」
「面白いもん見たくないか?」
 悪い顔だ。前言撤回しようか迷う。こんな大人になりたくないかもしれない。
 裏切り者のガブは勢いよく肯首した。「見たい」
「よし、じゃあ来い」
「今から?」ジョシュアは慌てて、片手の中のタンブラーを見遣った。緩く閉めた蓋から、一本の紐が出ている。
 せっかく淹れた紅茶なのに、せめてあと二分待ってほしい。蒸らせば蒸らす程味が出るが、やりすぎると渋い。クリームダウンの可能性がないのは、幸いだろうか。
「おう、今からだ」
「ほら行こうぜジョシュア」
「ちょっと、ガブ!」
 仕方がない。ジョシュアは、十五時の紅茶を諦めることにした。あとで、ミルクを分けてもらおう。休憩室の冷蔵庫に置いてあった筈だ。引かれる腕のまま、三人で警視の私室に向かう。
 扉を開ける際、背後から呼びかけられた。
「ゆっくり開けてください! 風圧で、カードが飛ぶかも……


 部屋に入って五分程。ガブは、応接用に設置されたソファーの右側に、ジョシュアはその左側に座っていた。タンブラー内の紅茶プールでは、もう定年の茶葉が袋の中で踊り続けている。
 シドはというと、二人を部屋に入れたあと、一旦オフィスに出て、他の職員に何やら命じていた。今は、一服を嗜んでいる。部屋の隅っこでは、空気清浄機がとんでもない音を立てていた。
 なんの気無しに、灰皿の中に積もる吸殻を見ていると、オフィスから少々の騒めきが上がった。
 ガブと二人で腰を浮かせるが、シドがそれを制した。遮音性のある部屋越しでは、訪問者か外部の人間が来たことくらいしか伺えない。だが、その来訪者は、よっぽどの憤懣を抱いているようだ。足音を惜しげも無く打ち鳴らし、真っ直ぐに部屋に近づいて、伺いも立てずに扉を開け放った。
「おいシド! どうなってる! 先のメッセージはどういうつもりなんだ!」
 開口一番の怒号が部屋を揺さぶった。一斉に顔を見合わせる、ガブも目を見開いていた。
「俺は拒否したんだ! 聞けないからって、あれじゃあ話が違う!」
 背後に立った声の主は、熱り立つあまり、ソファーに隠れる二人の背に気がついていないらしい。ジョシュアには、彼が誰なのかすぐに分かった。
「まあ落ち着けよ、クライヴ、茶でも飲むか」
「シド!」
 初めてかもしれない。
 兄が──クライヴ・ロズフィールドが怒っている姿を見るのは。
 まるで烈火など霞んでみえる。彼の放つ地獄の火炎で、周囲の温度が忽ち上昇していく。もはや陽炎すら立ち込めている。外の職員が、何事かと扉を破りでもした途端、凄まじい勢いで炎が噴き出してしまうだろう。
 だが、シドは変わらず剽軽な態度のまま。徐にジョシュアに一瞥をくれた。
「茶、好きだろ」そういうことなのか?
 気まずい役に立たせてくれたものだ。誤用された役不足の定義に、ぴったりと当て嵌まる。
 隣のガブも、面白いとは到底言えない表情で目を細めている。だけど、ぼうっとしていると、また背後の黒炎が部屋を焼き尽くしかねない。ジョシュアは意を決して振り向いた。「あの、兄さん……」知らなかったが、兄は喉で蛙を潰せるらしい。短な驚嘆が、ぐうと鳴って、口を開閉させている。
「お茶……いる? あの、濃いけど」
……平気だ、い、いるよ。いただこう。いや、いいのか?」
 次いでガブが席を立つ。
「隣、座るか?」
「あ、ああ……感謝する……
 ジョシュアは横目でシドを見た。したり顔だ。混乱のうちに、完全に鎮火させられたクライヴは、座席にて遠慮がちにタンブラーの中身を啜っている。これを鎮火と呼んでいいのだろうか。彼の耳介が、羞恥か燻りかで真っ赤に染まっていることには、触れないでおくことにした。
「さて、神話のイフリート様も落ち着いたことだ」この場で唯一、平然を保っている賢人──ギャンブラーとも言える──が比喩もそこそこに言う。「ジョシュア、お前はここで、何を失った」
「僕?」二本目の白羽の矢。何故か隣のクライヴが咽込む気配がした。
「そうだ、うちの班に来て失ったものを話すんだ」
 質問の内容は、至って単純かつ突飛だ。兄の反応を鑑みるに、シドとクライヴ、二人の間でだけ通用する何かの暗号か、合図なのかもしれない。現に、場所を移したガブから「なんだよそれ」と抗議的な意識が滲んだ呟きが聞こえた。彼は、チームを良く思っているから、不遜を覚えるのも当然だろう。
 質問の意味をそのまま受け取れば──でも、シドルファスという男が、無益な質問を明け透けに問うだろうか? 彼は歴とした賢者だ。そのことに辿り着いたらしいガブも、非難を取り下げて考えている。
 だが、気にしていても埒があかない。
「少し、時間を」
「俺は構わんよ、なあ、クライヴ」
……ジョシュア……」掠れた音が名を呼んだ。
 失ったもの。
 ジョシュア自身、スカウトされた経緯は月並みともいえる。それこそ、作劇の脚本じみていた。
 ロザリス大学で起きた傷害事件が皮切りで、自分は、警察とは違う見解を示したのが、全ての始まり。
 明け方に構内で襲われた被害者を、一限目があった学生らが見つけた案件。ジョシュアも発見者グループの一人だったことで、警察による事情聴取を受けた。犯人はどんな人物なのか、最初は不安から訊ねたりもした。でも、聴取内容が『被害者の交友関係で、最近、変わったことはなかったか』に偏り始めた時だ。警察は、犯人を個人と認識していることに気がついた。
 それから、自分がどことなく異和を覚えていることを知った。犯人は個人ではなく、複数犯ではないか──突拍子もなく言い出したジョシュアを、唯一真剣に受け止め、更に事件解決に導いたのが、シドだった。馬鹿にすることもなく、真剣に推察に耳を傾ける姿。犯人逮捕にありついた時、律儀にも個別の連絡をくれたのだ。『お前のおかげだよ』そうして、ジョシュアはここにいる。
 だから、そう。幾ら思考したとて答えは変わらない。
「失ったものはない」
 結局、犯人は、寮生の数名だった。身内のいざこざで、元から素行が良くなかったグループの中から抜け出そうとしたから。それが動機であったらしい。大した理由だ。
 そのうちの何人かは、親しくはないが、講義で隣の席に座った者だった。ディベートで協力した者だった。隣人が殺人犯とまでは行かずとも、他人とは無条件に善人たるとは考えなくなった──それを、失ったとは感じない。誰だって、いつかは気がつく理の一つだ。ジョシュアの場合、事件がきっかけだっただけ。
「だったら」クライヴが口を開いた。少しだけ体を動かして、全身で問いかける。「お前が失っていないなら、ここで、何があった?」
「得たものがあったよ」今度は迷わない。ジョシュアも兄の姿勢に倣って向き直る。より近い方の膝がぶつかった。スラックス越しなのに、兄の体温が伝わる。
「お前が、得たもの?」──ああ、この人は、弟を案じてここにいるのだ。遅れて理解が視野を拡げた。クライヴ兄さん。あまり泣かないように振る舞っておきながら、割と涙脆い人。感情を顕にすることが珍しいだけで、実情の豊かさは誰よりも鮮やかで、琴線も逆鱗も人一倍大きいだろう。
「そうだよ、兄さん。僕は望んでここに居る」
 兄の頬を流れる、透明な涙を見た気がする。収まらない怒りの出所。弟が、自分の知らない姿になっているのではないかと怯えているだけだ。ジョシュアだって、今のクライヴを殆ど知らない。空白を埋め尽くすには、お互い知り合う時間が必要だ。
 でも、見た目より、あなたの弟は変わっていないよ。
 あなたもそうだと良い。気持ちが伝わるよう、精一杯微笑んだ。
「事件を追って、この場に身を置くうちに。なりたい姿っていうのかな……将来の夢とはまた違う、生き方とか、目標のようなものを、僕は得た」
 兄は、まだ悲しそうな目を逸らさない。ジョシュアは暫し思考する。喉奥に鎮座する一言を放つか、このまま見つめ合うか考えて、結局言うことにした。
「それに、あなたにも会えたんだ」とっておきの一言。押し留めていた堰が決壊しかねない想いを込めた。「ずっと、ずっと……会いたかった、兄さん」
 鼻腔の奥が凍えて痛くて俯いていれば、案の定、クライヴの手が伸びた。大きな、滑らかなそれが、髪を撫でつける。子供の頃、熱を調べあった日のように額を合わせ、瞼を伏せた。
……そうだな、こうして、また会えた。お前が頑張ったから」細い溜息。彼が何某かの意を決してゆく。弟の熱を理解したクライヴが、シドの前に立ち上がった。
「十分か?」
「あんたって人は、とんでもない奴だ……
 歳上の警視に向ける態度にしては、どこか子供っぽい。兄の知らない一面を垣間見て、反射で狡いなと思ってしまう。ジョシュアは弟だ、このような些か幼稚な彼の姿など、お目にかかれないのではないか。
 思えば、ジョシュアが産まれた瞬間から、兄は兄だった。当たり前だが、クライヴの幼児期は知る術がない。あるのは額縁越しの笑顔と、アルバムに飾られた横顔の数点。映像メディアは残っていなかった。
「でも、分かったよ」
「じゃ、メッセージの意味はわざわざ説明しなくても良さげだな」
「弟を現場にって、少しくらい……分かりやすい嘘にしてくれてもいいだろ」
 なるほど、メッセージか。シドは、彼を怒らせる旨の連絡を送ることで焚き付けたらしい。ジョシュアは知れず口先を巻き込んだ。偶に、こっそり──ガブ含む交流のある刑事が当番の時だけ、現場に忍び込んでいることを知られたら……今度こそ、ドルスタヌス島が沈むだろう。それこそ、クライヴがイフリートになって手が付けられなくなる。比喩が比喩じゃなくなってしまうのは避けたい。
 渡されたタンブラーを片手にぶら下げていたガブも、ほんの少し視線を逸らしていた。
「それで、あの件は?」
「ああ、了承しよう」
「あ? なんだよ、シド、クライヴ。話が全く見えないんだけど」ガブが割り込んだ。「なんか、俺、前も似たようなこと言わなかったっけ」ジョシュアは頷いた。
 そうして時は来たれり。シドが、一念発起を祝すかのように手を叩く。
「よし、挨拶回りの手間が省けたな。彼が今日から、我々、特殊殺人課の協力者となったクライヴ・ロズフィールドだ」
「厳密には」
 開いた口が塞がらないジョシュアに、クライヴが無邪気な笑みを向ける。口角を片方吊り上げて、悪戯好きの父とよく似た表情で、協定然と片手を差し出した。
「お前の協力者だ。よろしくな、ジョシュア」
 聞いてないぞ! 二人分の大声を浴びながら、とんでもない警視様と兄は笑っていた。