Romom🍙
2026-03-28 02:44:35
10756文字
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深追いは時に傷を生む②

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続いちゃった⁉️現パロ火兄弟です。火兄弟要素は二頁目、一頁目はシドとクライヴです。
大学生プロファイラーのジョシュアと、オリフレム大学で非常勤講師をするクライヴたちの短文(のつもり)です📕
※カプのつもりはないですが、前回より兄弟間の湿度が高いので、弟兄観が濃ゆいやもしれません🐦‍🔥🔥

今回の兄さん単体視点執行者について②

前回
深追いは時に傷を生む(ジョシュア視点)
執行者について(クライヴ単体)

 朝の栄養も滞りなく消費された正午暮れの頃。構内の学生たちが最も集う場所として、食堂はある。どこの大学でもそれは変わらない。
 年若い学生の中には、第二次性徴を過ぎて数年のものもいる。膨らんだ胃袋を携えた彼らを宥めるべくして、学食の厨房は大張り切りを見せていた。お陰で回転率は凄まじく、学生に扮した螽斯の列は、働き蟻より早く進んでいる。しかし、給料に見あっているのだろうか。
 学生も学生だ。理由が特に無いのならば、家から持ってくるなり、昼食を買っておくなりすれば、空腹で苛立つ螽斯から脱せるというのに。シドは、長蛇の列の中央を突っ切りながら、どうでも良いことを考えていた。肩をぶつけた背低の学生が、すれ違い様に、ザンブレク語の罵倒を呟いた。
 今の青年も、よりにもよって階段の踊り場で自撮りを行っていた少女らの不満顔も、警察手帳を突きつければ一斉に押し黙るだろう。だが、今日の目的はそんなことじゃない。青臭い無敵感を放つ青少年に、権力を見せつける趣味はシドにはなかった。
 漸く人混みから少し離れ、周囲を見渡す。そして、満足の舌打ちをした──見つけた。広い食堂の隅は、厨房付近と比べて煩雑さが薄い。そこに陣取って座る男。本を片手に、学食を注文したのだろうが、肝心のスープはすっかり冷めているようだ。読書眼鏡を曇らせたのは、解れたニワチョコボの肉塊ではなく、水筒から注がれた濃い色の紅茶だった。
「前の席、空いてるか?」
「ん」自前のカップから口を離せたみたいだが、生憎、活字離れは出来なかった目が、一切こちらに関心を寄越さず一度瞬く。「ああ、すまない」そう言って、若講師殿は広げていたプリント類──明日の講義で配布する資料の原本のようだ──を適当に纏めた。見ていないのに慣れたものだ。
 着席しても、彼はまだ気が付かない。興味の有無などを通り越し、彼の自我は、もはや大昔の大陸神話の登場人物に乗り移っているようだ。過集中もここまでいくと才能だろうか。
 シドは不意に腕時計を見た。こっそり感心していたかったが、時間も限られている身の上だ。咳払いで注意を逸らした。案の定、聞こえていない。
「読書中悪いが、少し話せないか? アンダーヒル先生」
 流石に、先生と呼ばれることへの反射はあった。少々剣呑を帯びた目付きだが、それが物語の湯から強制的に上がることになった温度差故なのか、心根からのものなのか、判断付きかねる。ただ、眼前に押し込み、不躾にも活字との逢瀬を奪った男がシドルファスその人だと知ると、碧眼が丸を描いた。
「ご機嫌よう、クライヴ」
「あんたは……シド?」不思議そうに周囲を見渡している。驚きのあまり、二人称に素が現れたことにも気がついていない様子だ。
「シド以外の何者でもねえだろうな」
「どうしてここに、また、何か事件でも」
 読書用の隔たり越しをやめたクライヴが、不安を纏わせて首を傾げた。すっかり現実の人間に立ち返った物腰は柔らかく、しかし、事件ともあれば緊張が姿勢の軸に見て取れる。
 先月末の教授殺害事件を皮切りに、全くもって事件に進展はない。だとしても、一旦は打ち明けずに話を進めることにした。シドの目的を果たすには、まだ強張っていてもらう方が良い。
「オリフレムの学食には、ダルメキア風のメニューもあるんだな」シドはそう言って、白い椀を指差した。世間話は体裁のいい躱しになる。クライヴが、肩透かしでも喰らったように、顎を引いた。
「お前さんが食ってる、それ。俺も似たようなもんをダルメキアの酒場で食ったことがある」
「まあ……でも、味付けはザンブレク風だ」クライヴが椀を下げる。「具材も」気ままに重なり合うレンズ豆に話題のフォーカスを当てる。食べ物に指をさすなどと、不躾な態度は見せない辺りが出自を思わせた。
「ダルメキアは、ひよこ豆を使うだろ」
「ほう。確かに、そうだった」
 記憶に遠いダルメキアの酒場を思い出す。言われてみれば、ころりとした豆だった気がする──記憶は存外当てにならず、他人の記憶が海馬内で顕在化することだってあるものだが、シドは頷くことにした。本当に、そんな気がするものだから仕方があるまい。
 クライヴが一笑を見せる。
「俺の知る店ならの話だが」
 言うと、完全に本を閉じた。
「思えば、チョコボのスープほど、土地の風味が出るものはないのかもな」
 案外、飯の話は通りやすいらしい。相変わらず、微々たる胡乱さは残れど、細めた眦は穏やかだ。歳の割には円やかな頬は、普段こそ薄生えの髭で輪郭を誤魔化しているが、こうなると元来の甘い顔つきが明らかになる。
 事件という単語を餌に釣り、全く関係ない世間話で焦らす手法。緊張を利用してやろうという不届千万な魂胆だったが、思いの外、感触の良い話題を提供したらしい。こうなったら、真正面から打ち明けるのが王道かつ近道だろう。今一度の咳払いは、ものの見事にクライヴの注意を誘った。
「チョコボの調理法についての講義は興味深いが、残念なことに、履修し損ねたもんでね。そろそろ、本題に移りたいんだが、いいか」
「そうだったな」クライヴが頷いた。「あんたは学生じゃない、警察が何のようだ?」
「執行者事件、身に覚えがあるだろう。それ関連で、お前個人に伺いたいことがある」
……ああ」
 気のせいだろうか。シドは、内心でメモを取る──『執行者事件』の名を聞いた瞬間のクライヴに、釈然としないものを感じた。覇気のようでありながら、諦観にも似た疎ましさが、秒針が一つ流れる間のうちに、彼の姿を突き抜けていった。
 まじまじと、軽く日焼けた鼻頭を見つめるが、当然ながら返事はない。クライヴが、困惑気味に視線を彷徨わせたのをいいことに、片手を振って茶を濁した。今日は話の筋がのらくらとしてばかりいる。気を取り直し、整理された内容を告げていった。
 今日のヴァリスゼア大陸の治安から、シドが勤める一課の役割。これまでに幾人もの殺人狂と応対したこと、それから、『執行者』の存在。このまま放っておくと、警察本部の威信に関わること。地区と地区の境界を踏み越えて犯罪に至るため、情勢としても芳しくないが、一向に進展が無い。依然として、プロファイリング通りの人物──かつ、犯人に在り付けないでいることを述べた。
「それから改めて話しておくが、お前の弟には、プロファイラーとして俺たちに協力してもらってる」
 俯いてるのか、はたまた考え込んでいるのか。或いは、物凄く長い相槌やもしれないが。とかく、弟の存在が文脈の譜面に現れた途端、クライヴの旋毛が跳ね上がって見えなくなった。あり得ないものを見る目とはこれのことだろう。参考資料として図画に収めるべき表情で、クライヴは身を乗り出した。
「前に訪問に来た際に……あれから、ジョシュアから聞き及んではいた……だが、どうなってる? あいつは、まだ学生だぞ。それだけじゃない、ジョシュアはロザリアの爵位継承者だ。守られるべき身分であって、危険に身を晒すなど許せるはずもない。兄としても、ロザリアの民としても」
 一体全体、ジョシュアは兄に何と説明したのだろう。あの日──クライヴの研究室に初めて訪れた夕暮れ時。シドも同行していた。巡査部長のガブもいたが、入り口付近でジョシュアとすったもんだしていた。生き別れだった兄弟が感動の再会に喜ぶのもそこそこに、シドの方から、「ジョシュアとは協力関係にある」と簡素にだが説明したはずなのだが。
「断じて看過することはできない」
 この態度を鑑みるに、十三年の内に過保護を拗らせた兄に心配かけまいとしたのかもしれない。要するに、守秘義務を超えて現場のことが伝わっていないし、兄貴殿の脳内では、さも陰惨なクライムショーが展開されているに違いなかった。
「ジョシュアには逮捕権限がない。捜査権もないから、現場には出ない」とはいえ、お前の弟は、偶然を装って、証拠なり近しいものを発見してくるくらいに強かだぞ……とは言わないでおくことにしよう。「身の安全は保証する、契約時に、互いに取り決めた」
「だからって……」何か言いたげに、浅く首を横に振っては眉間を揉んだ。兄というより保護者じみている仕草だ。
 唯一の弟を、本気で気にかけているのは事実だろうが、時は進んでいる。離別の頃のままではないのだと、彼はいまいち飲み込めていないのかもしれない。仕方がない部分はあるが、シドとしても引き下がるつもりはなかった。
「身内の安全も入ってるよ」
「身内? そんなもの、当然だろう。父上や叔父さん、それに、母上だって……
「お前も入ってる。この前、再会した日の晩に、『クライヴのことも守ってほしい』って電話で頼みこまれたんだ」
 他者を拒む組み腕が剥がれた。みるみるうちに、その表情が萎んでいく。頑是ない子供が言い難い我儘を咀嚼する時と同じ顔で、途端にへどもどとし始めた。よっぽど、ジョシュアに甘いらしい。弟による真正面の想いには、鎮火効果があるのだろう。兄君の怒るる炎が忽ち下火になる。
 齢二十八にもなる成人に、余計な世話だろうが、これはもう少し耐性をつけた方がいい。弟への愛情が、転じて本人の詰めの甘さだとか、御し易さに繋がっている。
 シドとしては、有難いに越したことはない。
「それだけなのか、話って」
 論争と共に横顔を向けた。白旗が黒髪の天辺で揺れている。お子様ランチの旗より小さい投了の合図が投げつけられる──そういえば、馴染む前のジョシュアも、子供扱いされると拗ねていた。仕掛けられた舌戦を、飄々と躱してやると、それはそれはもう小さな白旗を投げつけてくるのだ。
 兄弟揃って、負けず嫌いなのだろう。ともすれば、クライヴも、馴染めば良い仕事仲間になるのかもしれない。シドには心得があった、他者に対して極端な壁を敷く者との交流は、十八番と言っても良い。
「大切な弟を守りたいとは思わないか?」
「何を……当然だろ、今すぐにでも辞めさせたいくらいだ」
「それは了承しかねる。あいつの本意なんだ、無碍にしたくない」
「そんなこと言ったって……
「だからな、クライヴ。お前の力も借りたいんだ。俺たちの協力者として」
 多分、クライヴはこう思った筈だ──今日だけで、俺は何回驚かされるのだろう?
 そう書かれた顔で、呆けてしまったのを傍目に、眼前の学食トレーから紙ナプキンを一枚頂戴する。ジャケットの内側に仕舞っているボールペンを取り、紙の表面に滑らせたが、インクが出ることを拒んだ。締まらないものだ。
「すまん、ペンあるか」これから連絡先を渡す相手に、示しがつかないどころじゃないが、相手も相手だった。動揺のあまり、素直に筆記用具を差し出してくれた。借りた万年筆は重みがあり、色調を抑えた赤い軸に、銀の筆記体で持ち主の名が刻まれている。相当、良いものだろう。鋒で紙を破くまいと気を配る間もなく、電話番号を記した。
 念の為、下に『シドルファス』と書いてから、念には念をで『テラモーン』まで書き記しておく。
「どれだけ賢いか。機転が効いて、協調性があるか……ジョシュアから散々教えてもらった。おまけに、フェンシングの心得もあると聞いた。腕っぷしまであるなら、上々を越した賜物だ。ま、俺の監視下に来てもらう以上、勿論危なっかしい真似はさせない。約束する」
 クライヴは、眼前に滑らされた紙をちらと見たが、厳しく鼻を鳴らすだけだった。
「ジョシュアを側で守り抜く、覚悟ができたらそこに連絡を入れろ。俺に直接繋がる」
 そんなつもりは毛頭もないぞと言いたげだが、シドが立ち去れば、きっとすぐ手に取るのだろう。右肩が少し跳ねたのが証拠だ、受け取ろうとしたのを、理性と矜持で止めたのだ。
 本性を掘り下げる程、彼はどこか犬に似ている。躾けられた番犬。そういえば、ジョシュアが飼っている大犬は、元はクライヴが世話をしていたと聞く。幼少期に動物を愛玩し、仲良く育った人間には、稀に似た雰囲気を宿すようになるものもいるが──小馬鹿にする意図はなく、単にクライヴの所作や警戒心の強さがそう思わせるのかもしれない。
 あとは、この瞳か。どうしてこう、寂しげな色を失わないのか。
 詮索は余計だが、離別した上で、それが親権のいざこざではないことから、一角を覗かせる氷山は果てしなく巨大であることは窺える。シドの放っておけない性分を擽るのは、兄弟特有の性質なのだろうか。
「待ってるぜ。ああ、あと、万年筆助かった」
「どうも……
「やっぱ、良いもんは違うな──な、クライヴ・ロズフィールド」
 愛想と共に隠した身分を、少々大きな声で呼んでやったのは、シド曰く嫌がらせではない。寧ろ、寡黙なのに雄弁で、弟への想いを拗らせている健気な兄上を、すっかり気に入ったので、揶揄ってやりたくなったのだ。
「こ、声が大きい!」
 クライヴが顔を赤らめて叫んだ。周囲で駄弁っていた学生の視線が、一斉に注がれる。だが、誰も気にしていない様子で、各々のコミュニティに帰っていった。