燈 ともしび
2026-02-15 22:13:05
13281文字
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ぎゆさね【空っぽの大丈夫】

独自解釈を含むオメガバです。現役軸。
リクエストでいただいたお題だったのですが、楽しくて連載になってしまいました。
この度無事に完結したのでまとめます。



-第五夜-

 冨岡しかアルファーを知らないからとか。同じ柱だから気兼ねなく言いたいことが言えるからとか。
 きっかけはそんなものだったけれど、冨岡だけに抱かれてやるってのは無意識のうちに口から出た言葉だった。

 胡蝶に貰い損ねてた避妊薬は冨岡が持っていて、そして何故かいつも使っている傷薬まで持っていた。
 いや、なんで。不思議に思って聞いてみれば
「不死川に関することは俺が全部でやりたい」
 と真顔で言われたから大笑いした。
 変わった奴だよ、お前はさァ。そんなお綺麗な面してどんな女でも選び放題だろうに、なんたってこんな傷だらけの厳つい、しかもオメガなんて面倒な俺を選ぶんだよ。
 問いかけると、冨岡は少し伏し目がちになって
「不死川には分からないだろうな」
 なんて言う。
 ああ、分からねェな。まだ。面倒なことは好きじゃねェんでなァ。
 でもお前の身体は好きだ。気持ち良くしてくれるし。
 褒めたのに冨岡はまた伏し目がちに笑っていた。


 それからも数回発情期がきたけれど、冨岡は毎回律儀に俺のところへ来ていた。一晩過ごして、そして俺をぎゅっと抱きしめてから帰って行く。
 帰り際に必ず「好きだ」と言われたが、それに俺は返事をしていない。だって好きとかそんなの分からねェし。それで何か返事をするのも違う気がしたので。
 冨岡が使っているコンドムとやらのお陰か、それとも気休め程度と言われていた避妊薬が効いているのからなのかは知らないが、今も俺は孕んでいないし、柱として鬼を斬ることが出来ている。ありがてェこった。そこには感謝している。
 胡蝶が言うには律儀な冨岡のお陰で俺の発情期の周期が整っているらしい。男性体のオメガでは珍しいんだと。
「男性は例え自分がオメガだったとしてもアルファーに抱かれるなんてごめんだとおっしゃる方がほとんどなので」
 ねぇ、と胡蝶はコロコロと鈴のように笑う。それは俺へのなんか当てつけみたいなもんか? 
「分かんねえが冨岡とだと楽だし、気持ち良いんだわ」
……それを言うのは私ではないのでは?」
 さあ、これから私はまた出かけないといけないので、と胡蝶に思いっきり背中を押されて診察室から追い出された。どいつもこいつもなんなんだ、と思ったが、目の前でぴしゃりと扉が閉められてしまったので何も言い返せなかった。


「遠方へ任務で出なければいけなくなった」
 律儀に発情期と共にやってきていた水柱サマは別れ際にそう言って俺を抱きしめた。
 少し不在が長くなる。不死川が心配だ。
 いつもは好きだのなんだのと言ってすぐに出て行くのに今朝はぐだぐだと言って終わらない。
 俺はオメガだがその前にテメエとおんなじ柱なんだがな。忘れてんのか。
 強めに背中を叩いて離せと促すと、冨岡は咽せながらも発情期までには戻ると言った。いや、戻りたいだったか? 
 生きて戻ってこいや。今度は宥めるように背中を叩くと、冨岡はすがるように唇を合わせてきたので俺も嫌がらずに受け止める。
 重なった胸から聞こえる心音が二人同じに感じて思わず目を閉じた。そうでなければ泣いてしまいそうだった。
 でも何故なのかは分からない。


 冨岡が忙しいように俺も忙しい。遠方ではなかったが任務は山ほど。感傷など感じている暇はない。
 負傷者多数と聞いて駆け出したのはそんな時だった。隊士が山の中で動けないでいると。
 クソッタレが。力もないくせに鬼殺隊に入るからだ。
 毒吐きながら向かえば、そこには予想とは違う光景が広がっていた。
 確かにたくさん隊士が倒れている。けれど怪我をしたとかそんな様子ではない。おまけに辺りには変に甘い匂いが漂っている。おかしい。
 呼吸を整え、甘い空気を吸わないように慎重に進むと、山の中腹あたりに赤い鬼が立っていた。その手には隊士がいる。が、動かない。
……美味そうだ」
 鬼の手に居る隊士が生きているのか見極めようとしていると、鬼ははっきりと俺の方を見てそう言った。稀血に反応したか。対峙するために腰を低く落とす。
「お前、オメガだな」
 は? 今なんて言った?
 オメガと言ったか。
 その一瞬の隙に鬼はこちらに近寄ると俺の足を狙って攻撃を仕掛けてきた。身をかわして飛び上がると粘液のようなものが足元に飛んでくる。それからは先ほど嗅いだ甘ったるい匂いがしてきた。
「オメガ、苦しいだろう。そろそろ発情期か」
 ニタニタと鬼は不快な笑みを浮かべてきた。
「俺はアルファーだった。人間のときは。何人もオメガを食った。美味かった」
 鬼はその後もニタニタと笑いながらオメガを食った話を続けてきたが、最後まで言わせず、俺は刃を振るってその首を落とした。ただただ不快で、首を切り落とした後は口の中に血の味がした。多分、唇を噛み締め過ぎて裂けたのか。
 鬼は灰になって崩れ消えたのに、その灰を草履で念入りに踏み潰した。この世から跡形もなく消えろ。クソッタレめ。


 隠が来て倒れていた隊士達は蝶屋敷へと運ばれた。風柱様も。そう気遣うように言われて素直に従う。
 大勢運び込まれたので蝶屋敷内は忙しそうだったが、偶然目の前を通りかかった胡蝶から聞いたのはあの山に居たのはオメガが多かったらしい。鬼の手に居た隊士も。
 あの鬼は生前に食ったオメガの味を忘れられず、わざわざオメガだけを呼び寄せて食おうとしていた。アルファーのくせに人間だった時からオメガを餌としか認識していなかったのだ。やっぱりもっと苦しませて斬ってやるべきだったし、もっと踏みつけてやれば良かった。また口の中に血の味が広がる。
「冨岡さんは違いますよ」
 胡蝶はそう言ってまた駆け出した。
 そんなの、とっくに分かってるっての。

 胡蝶の継子に簡単に診察されたが、当たり前だが俺は無傷だし無事なのですぐに解放された。蝶屋敷を出ると爽籟が心配そうに降りてくる。
「サネミ、無事カ」
「当たり前だろ」
「ヨカッタ」
 肩に乗って頭を擦り付けてきたから顎の下をくすぐってやる。血の気が引くほどの怒りで手足が冷えていたらしい。爽籟の体温がとても心地良かった。
「水柱ガモウスグクルト」
「あ? なんだって?」
 あいつ、任務もう終わったのか? 
 考えていたら、身体の奥から覚えのある熱や重怠さが湧き上がってきた。まだ発情期は先だと思っていたが。
 まァ、いい。冨岡が来るなら抱いて貰えば良いだけだ。そのまま自邸に急ぐ。

 もうすぐ門が見える。そこへ見慣れた羽織が見えてきた。こちらを向く。やはり冨岡だった。
「不死川」
 うるせぇな。聞こえてるわ。言い返そうとしたのに冨岡は黙って俺を抱きしめてきた。
「大丈夫。大丈夫だ、不死川」
 抱きしめられた時、ああ、本当に大丈夫なのだと思えた。この腕の中にいれば大丈夫。ここは、安全。口の中から血の味が薄れていく。
 あの鬼に食われてしまったオメガにはこの感覚を感じることなどなかったのだろう。ただ餌として食われた。そう思ったら自然と涙が出てきた。
 冨岡の腕の中は、涙が出るほど大丈夫だった。
 初めて、冨岡がアルファーでいてくれて良かったと思った。


 そのあと、やっぱり発情期がきて。いつものように冨岡を寝所に引っ張り込んだ。というより俺が冨岡にしがみついて離れなかったのでそうするより仕方なかったというのが正しい。
 冨岡は何度も大丈夫と言い聞かせるように俺を抱いた。俺はずっと涙が止まらなくて冨岡にしがみついていた。
 大丈夫。好きだ。
 冨岡から繰り返し注がれる言葉が、初めてちゃんと俺の頭と胸に届いた気がする。胡蝶は俺の胸に手を当ててみろと言った。これがそうなのか。

「俺も、好き」
 ぽろぽろと泣きながら冨岡に告げる。
 それを聞いて冨岡も泣いていた。
 冨岡の涙が俺の顔に落ちてくる。塩っぱい。生きている。
 俺の空っぽな心と身体に、冨岡の大丈夫が注がれる。
 それはすごい勢いで溜まっていって。そして。
「愛してる」
 そんな言葉に変わっていった。

-終-