燈 ともしび
2026-02-15 22:13:05
13281文字
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ぎゆさね【空っぽの大丈夫】

独自解釈を含むオメガバです。現役軸。
リクエストでいただいたお題だったのですが、楽しくて連載になってしまいました。
この度無事に完結したのでまとめます。

-第一夜-

 大丈夫だなんて言葉、大っ嫌いだった。
 そう言われて大丈夫だった試しなどない。それなのに簡単に大丈夫と言う奴は信用できない。
 ずっとそう生きて来たのに。
「大丈夫。大丈夫だ、不死川」
 抱きしめられた時、ああ、本当に大丈夫なのだと思えた。この腕の中にいれば大丈夫。ここは、安全。
 冨岡の腕の中は、涙が出るほど大丈夫だった。


「なんだ、それ」
 ある日突然頭がぼんやりとして身体中が熱を帯びた。熱病でも貰ったか。そう思い、薬でも飲めば治るだろうと蝶屋敷へと行った。それだけだった。
 俺の身体を診察した胡蝶は一切笑わず、真剣な顔しかせず。そうして一言。これから俺を地獄に叩き落とすような言葉を紡いだ。
「不死川さん、あなたはオメガです」と。
 オメガ、だなんて初めて聞いた言葉だった。俺がそうなのだと言われても分からない。
 困惑している俺に胡蝶は丁寧に説明をしてくれた。
 人には男と女以外に第三の性があり、それがアルファーとオメガ、ベータなのだという。
 ほとんどの人間はベータ。第三の性として特に何も起こらず過ごす。けれど、その中からごく稀にアルファーとオメガの人間が突然変異で生まれるのだという。生まれた時はベータなのに、ある日突然アルファーやオメガに身体が変わってしまう。変化してしまうスイッチは分からない。けれど一度でも変異してしまったのなら二度とベータには戻れない。
 俺はそのごく稀な存在、オメガになってしまっているのだと言うのだ。
「その、オメガってのは何なんだ」
「オメガは産むことの出来る性です」
「は?」
「本来なら女性しか子どもを産むことは出来ません。けれどオメガは元が男性だったとしても子どもを孕み、産むことが出来るのです」

 待った。待ってくれ。
 いつも胡蝶の話はわかりやすい。けれど、今はその口から出てくる言葉全てが頭の中を通り過ぎていく。
「はら、む?」
「そうです。オメガは男性体でも女性体でも子どもを産めるのです。ただし、子どもを孕むのはアルファーと交わった時だけです」
「交わる……
「オメガには本人が望まなくとも定期的な発情期が存在します。その間、頭がぼうっとなったり、身体が熱を帯びて怠く、俊敏に動けなくなります。鬼殺隊、特に柱としての任務に対しては最悪の状態と言えます。その状態で任務につくのは危険過ぎます。許可出来ません」
「ち、ちょっと待て。俺は、その……オメガってやつになっちまったとして、今のこの状態はもしかして発情期……なのか?」
「私もこの目で診察したのは初めてですが、おそらく」
 目の前が真っ暗になる。こんなことは滅多にない。
 この世の全ての鬼を殲滅してやる。そんな気持ちでずっと戦ってきた。そのために血反吐を吐きながらも必死に強くなったのだ。
 それなのに、自分の意思ではなく身体が勝手に変えられて、しかも発情期があって子どもを孕むオメガとやらになってしまった。
 なんだ、それ。そんなの絶対に駄目だろう。
 今夜も鬼を一匹でも多く斬るのだ。そのためにここへ来たのに。発情期のせいで動けなくなるだなんて駄目だ。許さない。
「胡蝶! 薬はあるんだろう? ならそれを出せ! 俺はすぐにでも鬼を斬りに行かなくちゃいけねェんだよ!」
「駄目です! 不死川さん……発情期を抑える薬は無いのです。しばらく蝶屋敷で静養していただくしかありません」
「そんないつまで続くか分からないもんに構ってられるか! 俺は柱なんだぞ!」
「駄目です! ただでさえ貴方は稀血。そこに発情期が加わってしまったら動けなくなったところを鬼に食べられてしまいます! 風柱を失うと分かってるのに行かせる訳にはいきません!」

 胡蝶は蟲柱であり、鬼殺隊内で誰よりも医学に精通している奴だ。だからこそ俺と分かり合えない。止めようとする。
 理性では分かっている。胡蝶が正しいと。
 でも、俺はすぐに鬼を斬りに行きたかった。行って俺は何も変わってなどいないと証明したかった。オメガだなんて言われても関係ないと示したかったのだ。
 大声で言い合いをしてしまった。俺は体調が悪いから、胡蝶は小柄だから、お互いに肩で息をしているような状態になっている。これでは泥沼だ。
 
 しばらく。胡蝶は息を整えたあと、俺にひとつの提案をした。
「発情期を早く終わらせる方法はあります。けれど、それは不死川さんの望まない行為を必要とします」と。
 一体それはなんだ。薬以外で方法があるのなら教えて欲しい。
 回らない熱っぽい頭でそう言えば、胡蝶はこちらの真意を問うようにじっと俺の目を見た。見て、そして。
「オメガとしてアルファーに抱かれることです。アルファーに抱かれればすぐに発情期は治ります」

 その瞬間、頭を殴られたような気がした。もちろんここには胡蝶と俺しかいないのだからそんなことはされていない。が、それほどの衝撃だった。

「俺が……抱かれる?」
「そうです。オメガの発情は子どもを孕むためのもの。なのでアルファーに抱かれれば治ります。けれど……
「けれど?」
 なんだよ。
 怖い。予想がつくのにその先を聞くのが怖かった。
「発情期にアルファーに抱かれれば、不死川さん、貴方は子どもを孕むことになります。もちろん、子どもが出来ない可能性もあります。けれど孕むのはかなりの確率です。それでも、望みますか?」
 その覚悟はあるのか。胡蝶はそう視線で訴えてくる。
 引くべきだ。ここで。そう思っていたのに、回らない頭は余計なことを言ってしまう。
「もし……俺がそれでも良いと言ったら?」
 馬鹿なことを言っている。やめておけ。それなのに口が止まらない。頭が働いていない。熱のせいか。
「アルファーなんて居ねェんだろ、どうせ」

「いますよ」

 また、身体に衝撃が走った。
 アルファーなんてほとんど存在しない。少し前にそう言ったくせに、オメガと同じくアルファーもいると胡蝶は言う。

「鬼殺隊の柱の中にいます。不死川さん、本当に望みますか? 呼べますよ。ご希望通りに」
 胡蝶は笑っていない。本気で俺を静養させようと、止めようと必死なのだろう。頭を冷やせ。目を覚ませ。胡蝶の言うことが正しい。
 それなのに、熱に浮かされた頭は最適解を捨てる。

「呼べよ。今すぐ」
 理性とは真逆の言葉を口から吐き出していた。