燈 ともしび
2026-02-15 22:13:05
13281文字
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ぎゆさね【空っぽの大丈夫】

独自解釈を含むオメガバです。現役軸。
リクエストでいただいたお題だったのですが、楽しくて連載になってしまいました。
この度無事に完結したのでまとめます。



-第三夜-

 覆い被さってきた冨岡からは、甘い甘い匂いがしたから夢中でしがみついた。


 目が覚めた時には冨岡はもう居なかった。
 真っ暗だったはずの部屋は障子の向こう側から光が差して見えて、這うようにずるずると窓辺へと移動し、思いっきり開けてみたら目が焼けた。
 昨日、蝶屋敷に来るまでにずっと感じていた熱っぽさや重怠さ、頭が痺れるような感覚は全て消えている気がする。いや、消えている。身体が軽い。
 その代わりに朝日に照らされている己の身体はそれは酷い有様だった。あちこちに噛み跡と吸われた跡が残されているので肌がまだらになっている。俺が頑丈な作りの成人男性だったからこの程度で済んでいるけれど、もし俺が華奢な女の身体だったら今も目覚めずに気をやっていただろう。
 これはまァ、俺が悪いのだ、多分。どちらかといえば冨岡は淡々と抱こうとしてくれていたのに、俺がそれにムカついて焚き付けた。アルファーだとかオメガだとか、孕むだのなんの、全てにムカついていたので全部壊して貰うつもりで抱かせたのだから。
 右腕を上げる。内側の柔らかいところに噛み跡が見える。冨岡は歯並びが良いらしい。綺麗な歯型だったので思わず笑ってしまった。感心するところか、それは。まだ頭が痺れてんのか。

『噛んで』
『もっと強くて良い』
 そう強請ったのは俺だ。なんせ初めてだというのにびっくりするくらい気持ちが良かった。冨岡が上手だったのか、それとも俺がオメガだからか。二人分の身体が溶けて、少しずつ混ざり合っていく感じがした。発情期ってやつは恐ろしい。
 腕に触れる。あちこち跡は残っているが、汗や体液は拭いてくれたのか残されていない。俺はさっきまで呑気に寝てたから冨岡が拭いてくれたのだろう。気が利く。あと、うっすらと避妊薬を冨岡が飲ませてくれたのは覚えていた。もう力が抜けきっていたから口移しで。
『もし、もしも不死川に子どもが出来たら』
 その時、冨岡は何か言っていた気がするがその後は気絶したから知らない。興味もない。
 そもそも、冨岡も胡蝶に渡されたのかコンドムとかいうやつを被せていたのだからそれも避妊の効果はあるんだろうに。最後は中に出しやがったけどな。

 部屋の中にぐるっと視線を巡らせる。俺以外の痕跡は消えている気がする。俺の身体を拭いたであろう布も無い。冨岡が片付けたのか。
 けれど、枕元に避妊薬を包んでいた紙は残されていた。見落としたのか。
 手のひらに載せる。折り目のついた紙。
 これを開いて冨岡は自分の口に入れ、白湯と共に俺に飲ませた。素直に飲み込むと、こぼれた分を冨岡の指で拭われた。冨岡はその指を舐めていたが、テメエが舐めても意味ねェんだよ。孕むとしたら突っ込まれた俺のほうだろうに。
 ふ、ふふ。
 また面白くなって笑いながらその紙に唇を寄せた。実らせるための行為をしたのに、実らせないように使われた薬。無駄と無駄。でもお陰で身体は軽くてすっかりいつも通りだ。
「ありがとよォ、水柱」
 不本意だったろうに最後までしてくれたのだから礼でも言っとくか。気持ち良かったしなァ。
 肩を回してから立ち上がる。持っていた包み紙は力一杯握りつぶした。

 身支度を整えて蝶屋敷を出ると、入り口のところで胡蝶の継子とすれ違った。ガラス玉みてぇな目をしてこちらに会釈をしてきたので手を振って立ち去る。
「お大事に」
 後ろ頭にそう呼びかけられる。何がお大事になんだか。アルファーに抱かれただけだぞ。また笑いそうになった。


 それからしばらくはいつも通りに過ごした。発情期とやらがどれくらいの周期でくるのか分からなかったが、とりあえず三月経っても何も無い。意外と間が開くらしい。それなら良い。俺もいつも通り忙しく鬼を斬るだけだ。それだけ。
 冨岡とも胡蝶ともあれ以来会っていない。当たり前か。元々柱同士は忙しくて柱合会議でくらいしか顔を合わせないことも珍しくないのだ。次の柱合会議は一月後だ。なら会うとしたらそこか。会っても何もないが。

 けれど、そんな時に限って間が悪い。
 廃神社に複数の鬼が棲みついており、下級隊士のみでは歯が立たないと要請されて俺が出向くことになった。全く、どいつもこいつも情けねぇ。数はいるくせに誰も斬れねぇとか舐めてんのか。
 夜を待って現場に向かうと待っていた隊士達が俺を見て動揺している。なんだよ。どやしつければ
「水柱様が」
 なんて言う。
「水柱がなんだってェ?」
「実は水柱様が少し前にいらしていて、もう廃神社に行かれているのです。まさか柱が二人もいらしてくださるとは思わなくて……
 はァ? 聞いてねぇぞそんなの。途端に苛つきがつのる。
 周囲から固めていくつもりだったが作成変更だ。何故冨岡の野郎がいるのか知らねえが、それならとっとと片付けるまで。隊士達には見張りと待機を申し付けて俺も廃神社へと向かった。

 駆け上がって行けば、冨岡はちょうど手が異様に長い鬼と対峙していたのでその隙をついて後ろから鬼の首を斬り落とす。そして冨岡はそのまま俺の背後にいた黒っぽい肌の鬼の首を斬る。これで二匹。
「俺が一匹斬ったのでこれで全部だ」
「そーかよォ」
 冨岡は刀に付いた血を払うと表情も変えずに淡々と告げる。
 なら終わりじゃねぇか。俺は必要だったんか、これ。どう考えても柱が二人も必要な現場には思えない。

……そろそろなのだと」
「ア?」
「多分、不死川にまた発情期がくる」
 ンだそれ。冨岡を睨みつけるが全く気にする様子は無い。
「胡蝶に聞いた」
「あー、そうかよ。ありがとさんなァ。テメエには関係ねぇのに?」
 睨みつけたままそう言えば冨岡は黙り込んだ。
「関係ある」
「はァ?」
 冨岡は真顔のままこちらに近付いてくるから俺は後ずさりをした。こめかみが痛む。嫌な予感しかしない。
「不死川が発情期の時は全部……俺が相手をする」
「勝手に決めつけんなァ。俺は別に身体が楽になるなら誰でも良いがテメエ固定とかありえねぇんだよ」
「駄目だ」
 後ろが大きな木で後ずさり出来なくなったら途端に両肩を掴まれた。馬鹿力。指の跡が付いたらどうすんだ。やっと身体の噛み跡が消えたってのに。

「俺だけだって言え」

 無表情。それがテメエの標準だろうが。
 なのに、なんだってんだよ。
 なんだって。

「なんでテメエは泣きそうなんだよ、冨岡ァ」
 訳が分からない。
 分からないが、分からないまま冨岡の方へ身を寄せた。するとしがみつくように抱きしめられる。
 痛いっての。
 でも不思議と俺の口から「離せ」とは出てこなかった。