浅葱
2026-02-14 23:08:42
8763文字
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26.2.21_夢チェリ公開分過去SSログ



【愛の証を朝に囁く】


「大崎様。いつまで寝ておられるのですか」
 寝室の扉を開きながらかけられた声に自分の意識は浮上した。どうやら随分と深い眠りについていたようだ。共に寝付いたベッドから一度新橋さんが起き上がり部屋を後にしたことにさえ気が付かなかった程度には。
 しかし、それほどまでに眠っていたというのに、瞼は思うように開いてくれないし、身体を起こすことも難しかった。起きなければと思う気持ちより、もう少しここで眠りについていたいという気持ちの方が大きいらしい。
 今日はそれほど朝早くから恋人の家を出なければならない日でもない。いつもよりゆっくりできる日だからこその気の緩みなのか、それとも、一気に冷え込んだからと出された毛布が心地よいからか。自分の家の薄い布団であればこんなことは思わなかっただろう。家主の匂いが染みつき始めたやわらかな毛布だからこそ、もう少しだけここに居たいと思った。隣で新橋さんも再び横になってくれたら理想なのだが。
「もう少し、新橋さんとここで眠っていたいです」
「なっ……俺もそうしたい気持ちはやまやまですが、あなたは今日もお仕事なのでしょう?」
……今日は早くありません」
 この家に通うようになってすぐの頃は新橋さんの方から、ここに留まっていてほしいという視線を感じることが多かったように思うが。だが、こうしたやり取りができるのも、彼が付き合いの内に、自分は再びここに戻ってくると信頼してくれるようになった証にも思う。今日ばかりは、少し寂しくもあるが。
 やがて、一向に起き上がる気配のない自分に痺れを切らしたのか、頭上から、
「仕方がありませんね……
と、ため息交じりの新橋さんの声が響いた。ようやく折れてくれたのか。それならばそのまま彼の手首を掴みこちらへ引き入れたい。
 そう思ったところで、
「っ、」
 急激な寒さに身を震わせた。瞼は未だに開かないが、状況から毛布を剝がされたのだとすぐに理解した。くるまるものが無ければ起き上がると思われたのか。しかし、自分の考えはまたしても否定されることとなった。
「っぐ……
「!?」
 小さな呻き声がやけに近くで聞こえた。それは気のせいではなく、次の瞬間には自分の身体はベッドから離れ、浮いていた。
「新橋さん!?」
 あれほど開かなかった瞼が、衝撃でいとも簡単に開いた。視界には自分を見上げる新橋さん。その腕は自分の背中と膝裏にそれぞれ回されていた。
「夢……ですか、これは」
 驚かずにはいられなかった。自分の図体が一般的にみてかなり大きい部類だという自覚はある。そして新橋さんは印象よりも華奢な身体つきをしていることもよく知っているからこそ。
「この期に及んでまだ寝惚けておられる?」
 しかし、返答は間違いなく現実の新橋さんから届いた。
「あなたには記憶にないかもしれませんが、俺は意識のない、それもずぶ濡れのあなたを運んだこともあるのです。当然重くはありますが、少しの間抱え上げることも可能ですし、何かあれば力づくで抵抗もできます。覚えておいてくださいませ」
 自分を抱え上げたまま、いつもよりもゆっくりとした足取りで新橋さんは寝室を出た。廊下は寝室よりも冷えていた。新橋さんの腕の中でなければ凍えそうなほどに。
「自分は、愛されていますね」
「今更お気付きでございますか……あぁそう。抱えることはできると言いましたが、流石にこの状態で階段を降りるのは危険ですから」
 そう言って新橋さんは階段前で自分を降ろした。床についた手足から途端に冷えていく。
「愛されている自覚をお持ちなら、早くご自分の足で降りてきてくださいませ。俺だって、せっかくあなたがゆっくりできる日なら、その日にしかできないことをしたいのですよ。たとえば、共にゆっくり朝食を摂るなど」
「新橋さん……
 耳まで赤くしながら、振り返ることなく新橋さんは先に階段を下り始めてしまった。彼の向かう先には微かに珈琲の匂いがした。


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